61.会議の後
斎賀とシエスタの回です。
休憩室へと続く廊下で、斎賀は背後から呼び止められた。
呼び止めたのはシエスタである。
斎賀も早足で歩いていたが、シエスタもそれ以上の早足で歩いてきたものと見える。
「今、チーム・アマリとチーム・ンデゲのセッションが終わったよ。斎賀もオバデレ准将から説明があったの?」
シエスタは、早口にそう尋ねた。
「ああ。オバデレ准将じきじきからだった……重要な作戦だったよ」
「それを、わたしたちには明かしてくれないの?」
「いや、シエスタになら良いだろう。ただ、空軍の外には明かさないでくれと言われた。俺たちの出撃先は……南極だ」
そう、斎賀は告げた。
「南極基地?!」
シエスタは、すこし驚いて言った。
たしかに、ジェマナイの南極基地は先日のアルスレーテ爆撃の拠点となった基地である。
そこには、数百機程度の無人機群が所属している。
しかし、有人機やビッグマンは配属されていないはずだった。
それなのに、なぜライジングアースが南極基地攻撃に駆り出されるのだろうか……?
「なんだそれ? 南極の攻撃なんて、無人機で良いだろう?」
「そう……とも言えないんだ。たしかに、ジェマナイの南極基地は重要な拠点じゃない。しかし、それも『今』のことだ」
斎賀の答えは慎重である。
「今後、ジェマナイの拠点となると?」
「放っておけば、そうなる。上層部もそれを危惧しているんだろう」
斎賀がかぶりを振りながら答えた。
それにシエスタも同意する。
「たしかに、南極からアルスレーテまでは近いからな……」
「それよりも、俺にとってはもっと不思議なことがある」
「それはなんだ?」
ちょっと顎をしゃくりながら、シエスタが斎賀に尋ねる。
もうそろそろ、2人は休憩室にたどり着いていた。
シエスタが、思わず斎賀の手を取る。
しかし、斎賀はその手を離した。すこし厳粛な面持ちである。
「統合軍の中央管理戦略AIシステムの演算結果では、次のジェマナイの攻撃目標は89%の確率でバグダッドだという結果が出た。俺もそう思う。俺が統合政体ロシア・アジア共栄圏の代表なら、まずはバグダッドを落とすだろう」
斎賀は説明を始める。
「それで?」
「ジェマナイも統合戦線側の目標がセヴァストポリになることは予測済みだろう。ではなぜ、バグダッドヘの攻撃を前倒ししないんだ?」
それは、たしかに不可解な疑問だった。
シエスタもうなずく。
「たしかに不可解だな」
「先日のアルスレーテへの爆撃もそうだ。奴らは空軍の施設をほとんど攻撃しなかった」
「それは、空軍施設の周りには防空設備が配備されているから、被害が少なかったんじゃないのか?」
「いや、それだけじゃない。ジェマナイは明らかに民間の施設を狙って攻撃した。まるで、人間の選別を行っているかのように」
「不穏なことを言わないでくれ、サイガ!」
シエスタは、明らかに顔色を失って言った。
ジェマナイが民間人を選んで殺害している?! ──となると、自分たちはどんなピエロなんだろう?
軍人とは、古来から民間人の代わりに戦う先兵の役割を果たしてきた。
軍人がいるから、戦いは軍人同士の間で行われ、民間人は安全な場所からそれを見守ることができる。
軍人とは、プライドや高い報酬や義務感をよりどころとして、民間人の代わりに戦うのである。
しかし、ジェマナイの狙っているのがそもそも民間人の命そのものだとしたら……?
シエスタの胸に鋭い刃物が刺さって、そこを深くえぐられているような気がする。
しかし、斎賀の答えはシエスタの不安からはすこし外れたものだった。
「そうじゃないんだ、シエスタ。ジェマナイは、人間の選別と同時にネオスの選別も行っている……これが俺の答えだ」
「言っていることがよく分からないよ、サイガ」
シエスタは、混乱するとともに、ほんの少しだけほっとして斎賀に尋ねる。
「俺も、この考えにいたったときには愕然とした。ジェマナイではネオスのことを子ルーチンと呼んでいる。統合戦線のネオスは、AIネットからは独立したスタンドアローンのAI脳をもっているが、ジェマナイの子ルーチンは違う。それぞれのAI脳がジェマナイに直接リンクされていて、いわばそのサブルーチンのような役割を果たしている」
斎賀の説明は、明確だった。
「うん、それは士官学校時代に習ったよ」
と、シエスタも言う。
「ジェマナイは、ここにある種の自然淘汰を持ち込もうとしているんじゃないのか? 自らの管理するネオスたちを、人類側のネオスたちと争わせることで、そこに生存競争を生み出そうとしている。つまり、ジェマナイにとっては人類もネオスも管理すべきユニットであり、その自然淘汰ゲームを楽しんでいる……いや、義務感からそうしている」
自販機から出てきたコーヒーの紙コップをかがんでつかみながら、斎賀はそんな説明をした。
つづいて、シエスタも自販機にスマートフォンをかざす。
シエスタは、ホットレモンティーのボタンを押した。
しばらくの間、2人の間に沈黙が訪れる。
斎賀は、シエスタから目を離して休憩室内の観葉植物のほうに目をやっていた。
シエスタは、斎賀を促して椅子に座る。
「つまり、ジェマナイは神の代わりをしているっていうことか?」
「ある意味ではそう言える。だから、俺は余計にこの戦争が恐ろしい」
「たしかにな。ジェマナイがいつ核を使ってきてもおかしくない。もし、人類を不要だと思ったら、ジェマナイは自国の人間ごと人類を滅ぼすんだろう?」
シエスタは、真に恐ろしいという調子で言った。
ジェマナイの機嫌を損ねた瞬間、人類は滅亡する……そういう暗い未来がシエスタの脳裏に映った。
「こんなディストピアは、今までの人類のどんな政体にもなかった」
斎賀の言葉のほうも深刻だった。
「だからこそ……ジェマナイを止めないといけない。一刻も早く」
「だから、それに協力している統合政体ロシア・アジア共栄圏が、あたしたちの当面の敵なんだな?」
「そうだ。ロシア連邦とロシア・アジア共栄圏、ジェマナイはいわゆる三重政体だ。俺たちは、その土台を一個一個崩していく必要がある」
「なるほど……サイガが『重要な作戦』って言った意味が分かったよ」
シエスタはうなずいた。
「だろ?」
言って、斎賀は初めてコーヒーを口にする。
「なあ、この後、一緒にライジングアースを見に行かないか?」
「ん? 俺は大丈夫だけれど、お前は許可がいるんじゃないのか?」
「ボワテ大佐の許可は……もう取ったんだ」
──
2人は、ライジングアースが配置されている格納庫のなかで、その偉容を見上げていた。
横倒しになった状態で格納されているとは言え、その高さは10メートルはある。
これが、アルスレーテを守る機体であり、人類を守りえる機体だった。
シエスタは言う。
「なあ、サイガ。あたしは、今回こそはサイガといっしょに戦えると思ったんだ」
「ん? シエスタとは、ムルマンスク潜入のときにいっしょに戦ったが……」
斎賀は軽口で答えようとする。
大人の距離感だ。
「そうじゃない。アルスレーテに来てから、ということ」
「つまり?」
「あたし、不安なんだ。生きて帰ってこれるかどうか、分からない……」
それがすこし、涙声のように思われた。
「シエスタなら、生きて帰って来れるよ。絶対だ」
確信に満ちて、斎賀が言う。
「どうかな。それに、サイガにも死んでほしくない」
「俺にはミューナイトがいるからな。簡単には死なない」
「そうか。そうだな。悪かったよ、サイガ。しんみりしちゃって……」
そう言い終えた瞬間に、シエスタは斎賀に抱き着いてきた。そのまま、唇を重ねる。
斎賀は驚きはしなかった。
そして、そのままそっとシエスタの体を抱きしめた。
すみません、第四部書き終わるまでしばらく休載します!
斎賀とシエスタは良い感じですね。




