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地上戦機ライジングアース  作者: クマコとアイ
第三部

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58/96

58.ジェマナイの静寂

リュシアスとセラフィアがブラックスワーンダーを前に対話します。


 トムスクの町の上には冴えわたる青空が広がっていた。

 ロシア連邦大統領官邸の広い敷地のなかに、1体のビッグマンが降り立つ。

 それを見上げているのは、戦略・戦術長官のリュシアスと、子ルーチンの特務戦術三将セラフィアである。

 ロシア連邦大統領であるセルゲイ・アンドローノフの姿はなかったが……別の執務に追われているものと見られる。

 さすがに……統合戦線からの宣戦布告があった後である。


 静寂な空気のなかに、涼しい微風が吹き、セラフィアとリュシアスの髪をなでている。

 丈の高いニワトコの木が赤い実をつけていた。

 セラフィアは、その美しい赤色をリュシアスの唇の色のようだと思う……

 しかし、リュシアスはこの時にも仮面をつけたままだ。


 2人はしばらくの間沈黙していた。

 ビッグマンからパイロットの子ルーチンが降り立って、2人の前に来て敬礼をした。

 リュシアスは、右手を軽く上げて礼を返す。

 そのまま「下がって良い」と、子ルーチンの兵士に伝えた。


「この機体は?」

 と、沈黙をやぶってセラフィアが尋ねた。

 ここへ自分が呼ばれてきた理由は、おそらくこのビッグマンのためだろうと、セラフィアは思っていた。

 リュシアスは、一度軽く「うむ」とだけ答える。

 それからしばらくして、「ブラックスワーンダーだ」と告げた。

「ブラックスワーンダー?」

 と、繰り返すセラフィア。

「そうだ。第4.5世代のビッグマンだ。NNN‐3よりは後から開発されたが、NNN‐3は秘匿兵器だったために完成が遅れた。早く出来上がったのはこちらだが、特殊な兵装がない分、防御力はNNN‐3よりも優れている。わたし専用の機体にするつもりでいる」

 リュシアスはそこまで一息に説明した。

 いつもより饒舌だ、とセラフィアは思う。

 リュシアスが、自分の思いを口にすることは滅多にない。ましてや、ビッグマンを自分の機体にするなどと……

「そうでしたか」

 それだけ、セラフィアは答える。


 セラフィアには、それ以上に気になっていることがあった。

 リュシアスの背後からブラックスワーンダーを見上げながら、その後ろ姿にセラフィアは問いかける。

 それは、政治的な質問だった。

 自分が踏み込んで良い話題なのかどうかを迷った。

 しかし、リュシアスが自分を大統領官邸に招いたことを考えると、政治から距離をおいているわけにも行かないように思えたのだ。

「なぜ、昨日の統合戦線の宣戦布告の後、ジェマナイとしてのお答えを出されなかったのですか?」

 と。

「それがだ、統合戦線は文書による宣戦布告を送ってきてはいないのだよ」

 リュシアスは答える。

「どういうことでしょうか?」

「あれはテレビ向けの演説だった。つまり、国民へのパフォーマンスということだ。中身がない」

「なんですって?」

「ジェマナイは宣戦布告を受け取っていない。だから答えなかった」

 淡々とリュシアスが言う。

「そうだったのですね……統合戦線側でも、どこに文書を送れば良いのか迷ったのかもしれません」

 セラフィアは腑に落ちたという様子でうなずいた。

 大統領はそれで対応に追われているのだろう……


 リュシアスは、仮面を片手で押さえながらセラフィアのほうを振り向く。

 その表情はうかがい知れなかったが、なぜかその時の彼女は笑っているようにセラフィアには思えた。

「我々も、統合戦線同様国民にメッセージを流しても良いのだよ? セラフィア」

「と申しますと?」

「ロシア・アジア共栄圏全土に国家総動員令を発令する、とな。15億の国民がそれぞれスホーイに搭乗すれば、強力な軍隊になるだろう」

 リュシアスは言う。

「お戯れを。スホーイにそんな数はありません」

 とは、セラフィア。

「そうだな。だが、例えの話だ。なければ、これから作れば良い」

「政治家が反対します。かつての日本のようだと……」

「日本か。たしかに日本の制圧には時間がかかった。やっかいな国民だ」

「ですが、今はジェマナイの管理下にあります」

「ああ。日本の統合でロシア・アジア共栄圏は完成したと言えるな」

 その淡々とした言い方はやはり政治家のそれだ、とセラフィアは思う。


 そして、リュシアスは話題を変えた。

「セラフィア。統合政体ロシア・アジア共栄圏の戦死者は、統合戦線側の死者に比べて極端に少ない。それはなぜだと思う?」

「それは……攻撃の主体が無人機とビッグマンだから、では?」

「事実関係としてはな。しかし、別の側面もある……」

 と、一呼吸おいてから続ける。

「ジェマナイでは上に立つ者が戦っているからだ。統合戦線とはそこが違うのだ」

「たしかに、そうです」

 セラフィアは同意した。

 ジェマナイでは、すべての子ルーチンが誇りと満足をもって国体に仕えている。

 監視国家と言われればそれまでだが、そこにあるのは一種の情熱でもあった。

 そのことにたいして、セラフィアも独自の愛着を持っている。

 まるで母に従う幼い子供のように……と、セラフィアは考えた。

(リュシアス様もそうなのだろうか……?)

 子ルーチンたちの年齢は若い。

 最高齢でも24歳だ。人間に換算しても、約30歳。まだ壮年にも達していない……

 この若さこそが、ジェマナイの力なのかもしれない。

 セラフィアは、胸のなかでかちゃりとパズルのピースがはまったのを感じた。


「統合戦線に潜ませている何人かの子ルーチンからの報告なのだが……」

 と、リュシアスがふたたび切り出す。

「統合戦線の攻撃目標についてでしょうか?」

「そうだ。大統領と統合軍長官はセヴァストポリへの一斉攻撃で同意した、と伝えてきた」

「それは分かります。セヴァストポリにはビッグマンの前線基地がありますから」

「それだけではない。我々のバグダッド攻撃も統合戦線側に伝わっていた。おそらく、それに対する布石のためだろう」

 リュシアスは言うのだったが、その声色は変わっていない。

 すべては想定内にある、といった調子だ。

 セラフィアも、それを淡々と受ける。

「そうかもしれませんね。では、バグダッド攻撃を前倒しするのですか?」

「いや。こちら側では、統合戦線の攻撃を受けて立てば良い。それよりも……」

「それよりも、なんでしょう」

「敵はおそらく、セヴァストポリの陽動に南極基地にも攻撃をしかけてくる」

「南極基地ですか。あそこには、203人の職員と31体の子ルーチンがいますね?」

 セラフィアが、気がかりだといったように言う。

「そうだ。わたしには、彼らを守る責務もある。セヴァストポリ同様に」

「おっしゃる通りです」

「なので、お前をここへ呼んだ」

 それが──今日の核心の話題のようだった。


「お前には、このブラックスワーンダーで南極基地へと出撃してもらいたい」

「わたしが、ですか? これは、リュシアス様の専用機では?」

「これからはそうするつもりだ。だが……」

「なんでしょうか」

「このビッグマンには、ユニット・マーキュリーを直接媒介して通信する機能がついている。つまり、サテライト群をクラックされても通信が可能なのだ。相手はハッキングの手練れのようだからな」

「おっしゃっている意味……すこし分かります。つまり、これは重要な作戦だと」

「そうだ。南極基地への陽動攻撃には、たぶんNNN‐3が使われる。これは、統合戦線の空軍に潜ませている子ルーチンからの報告だ」

「わたしに……NNN‐3を奪還してほしい、と?」

 セラフィアが、はっとして尋ねる。

「その通りだ。勘がいいな」

 リュシアスはうなずいた。

 だからこそ、セラフィアを呼んだ。だからこそ、セラフィアを使う、といった様子がありありと見て取れた。

 セラフィアは、その信頼に応えなければならない。

 重々しく、一礼する。

 リュシアスは、そのときに初めて仮面を取って、微笑んだ。

ライジングアース、ヴォルグラス、プライムローズ、ブラックスワーンダー。この物語のメインの機体が出そろってきました。

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