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地上戦機ライジングアース  作者: クマコとアイ
第三部

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57/96

57.「LOVE」の意味

演習後、ミューナイトがオリヴィア博士と話します。

 演習とブリーフィングを終えた斎賀は、空母バルムンクのレクリエーション・ルームにいた。

 紙コップに入れたコーヒーを飲んでいる。

 ミューナイトはその傍らで、手製のスポーツドリンクを飲んでいた。

 こういう部分、ミューナイトは女の子らしい。


 斎賀は言った。

「とうとう腹を決めたらしいな。遅かったが……」

 斎賀が言っているのは、メイサ・ヤハンの演説のことだった。

 MVモデリング・ヴィジョンで何度も再放送をしている。


『わたしたちは今、この暴挙にたいして敢然と異を唱え、反攻の意志を示すものなのです。』

『AIとは人類に従うものになり、ネオスとは人類を支える仲間になります。』


 理想論だ……、と斎賀は思った。理想論だからこそ、あれだけの被害を出したし、これだけ対応が後手後手になった。


「わたし、この女の人、怖いと思う……」

 ミューナイトが言った。

 そう。大統領のメイサ・ヤハンは、戦死者を「数」としてとらえている。

 統合戦線アフリカ機構では毎年7万人の戦死者が出ている。

 今回の犠牲者は21万人だ。3倍弱にすぎない。だからこそ、報復攻撃をしなかった……

 もちろん、それは平和な国家運営にとって必然なことでもある。

 拙速は短慮だ。為政者としては慎むべきだろう。

 あの空爆の後、メイサ・ヤハンは犠牲者を悼む追悼の文書を発表した。

 テレビ演説でそれを読み上げもした。

 しかし、ジェマナイの基地を攻撃し返す、とは言わなかった。

 さらなる犠牲の可能性を残したのだ。

 ──斎賀の考えとはそういうものである。


 ライジングアースを奪ったときから、こうなることは分かっていた。

 あのときから、自分たちは臨戦態勢にあったのだ。

 しかし、メイサ・ヤハンが今日までジェマナイに対する宣戦布告をしなかったのはなぜだろうか?

 13年間この戦争が続いているからだろうか?

 ……どうもそうではないらしい。

 メイサ・ヤハンは、なにか決定的な「きっかけ」を得たのだ。それはたぶん、今回の演習と関係がある。とは、斎賀の分析だ。


「俺もお前も軍人だ。俺たちの戦争はとっくに始まっていたよ」

「それは分かる。わたしもジェマナイの兵士を何人も殺した。でも……今回の大統領の演説は、何かが違う。冷たい」

 と、ミューナイトは言う。

「そうだ。冷たい。この冷たさはなんだろう……俺は政治には疎いが、ライジングアースはたぶん孤独な戦いを強いられるぞ?」

 情報軍で勤務していた経験が、斎賀にそんなことを言わせた。

 そもそも、俺はコパイロットという柄じゃない。ハッキングや情報分析が俺の仕事なんだ……だが、ミューナイトとこなすこの仕事は、なぜか俺の精神に安らぎのようなものを感じさせる。

 戦いにおいて安らぎだなどと言えば笑止だが……。

 斎賀はミューナイトを見やった。

 その瞳は、まだ「戦いたくない」と言っているのだろうか?


 ……そんなところへ、オリヴィア博士とエレーヌ・ムバラが入ってきた。

 エレーヌは上官なので、斎賀は立って敬礼する。

 ミューナイトは初めから立ったままだ。


「サイガ中尉。楽にしていいわ。こちらはオリヴィア博士……って、もう知っているわね?」

 とは、エレーヌ大尉。

「あらためてよろしく、サイガ。今回の演習はご苦労様でした。おかげで、ミューナイトの良いデータが取れた」

「データ、ですか」

 少々落胆して、斎賀は尋ねた。

「ああ、データさ。ネオスに関することは全部データだ。論理演算とシミュレーションでネオスは生きている。人間とは違う」

「はっきりと、おっしゃるんですね」

「ああ。しかし、そのデータにも心はある。論理演算には魂がある。だから、ネオスを人間とは異なるものとして見てはいけない」

 今度は、斎賀はその言葉を聞いてほっとした。

 ミューナイトの生みの親であれば、それなりにネオスを人間的に扱っていなければいけない、そう思っていたのだ。


「オリヴィア博士……」

 と、珍しくミューナイトが口を開いて話し始めた。

「今回の演習では、博士はライジングアースのモニタリングをしていたと聞きました」

 博士のかたわらで、エレーヌがうなずいている。

「ライジングアースの、じゃない。お前の、さ」

「そうかもしれません。でも、ライジングアースの人間関数の推移については、ご存じなのでしょう?」

「ああ、知ってる。最大値で91%をたたき出した。この人間関数ってものが何なのか、わたしは知らないが、大した数値だよ」

「それは、良い意味で、っていうことですか?」

 ミューナイトの声は、若干ふるえている。

「良い意味でなかったら、どんな意味なんだい?」

 とは、オリヴィア。

「悪い意味で、です。……ライジングアースは洗脳兵器です」

「それは知ってる。ボワテから報告を受けているからね。でも、それは使いようじゃないのかい?」

「でも……わたしは、ライジングアースが恐ろしいです、博士。親しみを感じることもあるけれど、どこか冷たい。そんな感じがする」

「ジェマナイが作ったものだからねえ……」

 オリヴィア・トゥレアールはやれやれと言った調子で言った。

 そこで、ミューナイトははっとして尋ねた。

「博士は……ジェマナイを恐れてはいない??」


 博士の答えははっきりとしていた。

「なんで恐れるんだい? それどころか、嫌ってもいない。もともと、人工知能研究者にとって、マザー・セントラルやジェマナイは夢が実現したものだったんだ。わくわくしたものさ。でも、マザー・セントラルは破壊され、ジェマナイはクラッキングされて狂っちまった。それも15歳の少年にね?」

「わたしと……同じ年です」

「ああ。夢も欲望もあったんだろうが、その子の真の望みは何だったんだろうねえ? 第四次世界大戦で3分の2になった人類を、さらに半減させることか……それとも、単なる遊びだったのか」

 ミューナイトは顎を指で押さえて、考え込んだ。

「博士はなぜ、ライジングアースのコンソールにあんなメッセージを送ってきたんです?」

 重ねて尋ねる。

「あんなメッセージとは?」

「『LOVE』です。わたしはその時は気づきませんでしたが……」

 それは、流れるコンソールの表示のなかで、一瞬だけ明滅した。

 戦闘行動にとらわれていたミューナイトは、そのメッセージに気づかなかった。

 演習終了後にログを確認していて、気づいたのである。


「なぜって、一番大切なことじゃないか」

「それはそうですが……ライジングアースは敵のパイロットを救ったんです。ムルマンスクでは、敵のパイロットを殺したライジングアースが」

「それは聞いているよ。あなたにとっては大変だったねえ。斎賀にとっても」

 そう言うオリヴィア博士に、斎賀は黙ってうなずいてみせた。もちろん、敬意をこめて。

「ライジングアースは、人の愛や憎しみに反応するんでしょうか?」

 と、ミューナイトが尋ねる。

 しかし、博士の答えは単純ではなかった。


「どうだろうね? まず、『人間関数』っていう名前が問題だ。ジェマナイがつけたものなのか、ライジングアースが自分で考えたものなのか。それは、愛とか憎しみとか、そういうものじゃなくって、もっと有機的なものだと思うよ? それが『愛』なら、恋人同士を乗せれば良いしね? そんなロボット兵器は笑止だろう?」

 オリヴィア博士は冗談めかして答えたが、その回答には含蓄があるようだった。

 ミューナイトはさらに考えこむ。

「博士は、ライジングアースは単なる洗脳兵器ではないと思っているの?」

「ああ、思っていないねえ。そして、ライジングアースはたぶん、自意識というものをもっている。コギトだよ。お前さんにもある、コギト。AIの核だ。もっとも、低級なAIには存在しないがね。そういう意味では、ジェマナイは大した技術を持っている」

 技術屋としての視点で、オリヴィア博士は説明をしていく。

 その言葉の一つ一つが、ミューナイトのなかのこんぐらがった思いを整理していくように思われた。──AIの核。低級なAI。

 斎賀は、そんなミューナイトの様子を不思議そうに見つめていた。


「博士の言葉で、なんとなくわかったような気がします。わたしは……ライジングアースといっしょに戦う。サイガといっしょに戦う」

 ミューナイトは、はっきりとした口調でそう言った。

「なんにしても、あなたのメンタルが大切よ……」

 エレーヌが、そっと助け舟を出した。

「LOVE」とは、ライジングアースというこんぐらがったパズルを解く、ひとつのキーワードだった。

次回はリュシアスとセラフィアの対話です。

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