55.謀議の行方/反攻作戦
ようやく開戦を決意する統合戦線です。
アマドゥ・カセムの乗った自動車は、大統領官邸へと入っていった。
マダガスカルでの軍事演習終了から、数時間が経過していた。
その間……アマドゥ・カセムは空軍のオバデレ准将からの報告を受けていた。
今回の軍事演習は成功でした。我々は、「NooS」の有用性を実証できました。──というのが、その内容だった。
なお、ライジングアースについては、ユーマナイズを使用したという形跡はありません。
整備班による改修も順調に行われた模様で、攻撃側であるイングレス部隊の何機かを無力化した、という結果が出ています。
今回、ライジングアースの「人間関数」は91%に達しました。これは、洗脳兵器としてのライジングアースの効果を期待できる数値です。
ただし、味方のいない場所でユーマナイズを使用する、という限定条件が付きますが……
(厄介な武器を我々は持ったものだな……ライジングアースに「NooS」か)
と、アマドゥは独り言ちる。
「NooS」の開発には、アルフレッド・ウィンザーが関わっている、という調査報告が出ている。
なんでも、「NooS」を開発しているRSAITecの主たる出資者が、アルフレッド王子なのだそうだ。
この報告は、技術革新省のカドリール・ヴァレンタインという官僚から受けていたが、先ほど彼からも連絡があった。
カドリール・ヴァレンタインは、「ジェマナイによるアルスレーテ空爆から18日が経ちました。いささか遅すぎるきらいがありますが、反戦派の動きも抑えられたことですし、議会でジェマナイへの反攻作戦を承認させる準備が整ったと言えます。こんなときに大統領令が発せられないのはいささか不安要素ですが、それでも民主的な我が国の体制をアピールする要素にはなります。技術革新省としても、空軍および海軍の軍備拡張にたいする肯定意見が多数を占めています。今は、ジェマナイへの反攻作戦の好機でしょう。ためらわずに大統領と会見してください」と、アマドゥに伝えた。
(誰へ対してのアピールだ……)と、カセムは思う。
国民は、ジェマナイからの空爆があっても、依然として反戦運動を止めなかった。
大統領やわたしを暗殺しようとしているテロ組織もあるらしい。
これは情報軍からの報告だが……長く続いた戦争で国民は疲弊している。
20万人の犠牲で済むのならば、この国にとっては安いものだ、という声があるのもたしかなのだ。
統合戦線はアルスレーテだけではない。
自分たちの街が攻撃されなければ、国民にとってそれは他人事なのだ。
自分自身は穏健派であるとは言え、アマドゥ・カセムには国民を守る義務もあるのだった。6.5億人の人間を守る義務が。
一方の大統領はどうだったろうか。
彼女は一貫して反戦派である。
アルスレーテの空爆以降も、議会では反攻作戦への反対論を唱えていた。
ライジングアースをジェマナイに返還しては? という意見を出すこともあった。
しかし……と、アマドゥは思う。
報告書を見る限り、ライジングアースは人やネオスを無条件の死へ導きかねない兵器である。
うまく洗脳された人間やネオスは降伏し、うまく洗脳されなかった人間やネオスは命を絶つ。
国際条約には明確に違反している兵器だ。
幸いなことに、パイロットたちは現在のところ、そのユーマナイズという機能を使いたくないと言っている。
(しかし……いずれは、その武装を使うときが出てくるだろう)
……アマドゥ・カセムは一定の意見を整えて、大統領の執務室へと入っていった。
まだ、日の入りには早い。西日の差す部屋で、大統領の頬が紅に反射している。
興奮しているのか? それとも安堵しているのか?
アマドゥは迷った。
(さて、大統領が承認するのは、南極基地への攻撃だろうか? それともセヴァストポリか……)
──
そのころ、アルフレッド王子は一人の男にヴィデオ通話をかけていた。
相手は、先ほど名前の出たカドリール・ヴァレンタインである。
「ご苦労様でした、王子。RSAITecの代表として、軍事演習に参加した感想はどうです?」
と、ヴァレンタイン。
「やめてください、ミスター・ヴァレンタイン。わたしは、決してあの企業の代表ではないですよ……」
「そうかもしれませんが、軍関係者はそうは思わないでしょう?」
と、ヴァレンタインはその腹の内を読ませないような表情で言う。
「たしかにね。わたしとRS社の意向が合致しているのはたしかです。あなたはどうなんです?」
「あはは。王子、わたしは平和の愛好者ですよ?」
「軍拡を進めているのに?」
「それは職務ですから。わたしは職務に忠実な人間でもあるんです」
ヴァレンタインがにこやかに微笑んだ。
アルフレッドは、いささか不快な気持ちになる。しかし、それを表には出さない。
「それに……王子の望みが実現されることは、平和への近道でもあります。人は、ただ食べて寝ていれば平和に至る、というものではありませんから……」
ヴァレンタインが、やや狡猾な口調になって言う。
「大統領は派兵に賛成するでしょうか?」
「せざるを得ないでしょう。ですが、どこへ派兵するかが問題ですね。南極か、エカテリンブルクか、オーストラリアか……」
「あなたは恐ろしいことを言う……ミスター・ヴァレンタイン」
「これも職務に忠実なせいですね。官僚というのは、あらゆることを考えるものです。それが仕事ですから。──ライジングアースの奪取にオーストラリア共和国は同意してくれたとは言え、ジェマナイとの戦線が拡大することは望んでいない。自分の国に火の粉がふりかかることは嫌でしょうからね。とすると、貧乏くじは我が国が引くということになる。先日も亡命騒ぎがありましたし。……あ、失礼? あなたにとっては、この国はあくまでも亡命先でしたね?」
ヴァレンタインは、王子に味方するようでもしないようでもあるようなことを、言う。
アルフレッドは考え込んだ。
この男の口車に乗って、果たして良いのかどうか、という疑念が胸をかすめる。
しかし、その場では気持ちを抑えた。
「ミスター・ヴァレンタイン。あなたがRSAITecへの紹介の労を取ってくれた、ということは感謝します。ですが、わたしはいずれは政治に向かわなければいけない。そのことを、あなたも理解してくださっているのでしょう?」
「ええ、もちろんです。次回の選挙では、あなたも議員に立候補なさると良い。わたしも応援しますよ?」
「ははは。官僚との癒着が疑われますから、止めておいてください」
「かしこまりました。王子。一つだけお教えしておきましょう。軍はきっと……セヴァストポリに派兵します」
「それは、本当ですか?」
王子は驚いて問い返した。
ヴァレンタインは平然としている。
王子の何もかもを見抜いている、という眼差しだ。
「オバデレ准将に確認してみると良いでしょう。長官にも話は伝わっている、ということでした」
「ということは、海軍も動く?」
「ええ、きっと」
カドリール・ヴァレンタインは、確信に満ちた口調で、そう答えた。
物語の裏で謀議が進んでいきます。




