54.マダガスカル軍事演習(5)
不穏な軍事演習その5です。
「人間関数……81%になりました」
空母バルムンクの作戦室内で、エレーヌ・ムバラが声高に告げた。
「おお、さっきよりも高い数値だねえ」
とは、オリヴィア博士。
「高いどころではありません。これまでで最高の数値です!」
と報告するエレーヌは、いくぶん興奮している。
作戦が成功裏にあるから……ではない。ミューナイトを気遣ってのことである。
コパイロットの斎賀との相性が良ければ、それだけミューナイトが戦場で生き残る可能性は高くなる。
ライジングアースがいかに最新鋭のロボだとは言え、敵戦闘機からいっせいに攻撃されればひとたまりもない。
コックピットを残して不時着できればいいが、ジェマナイはそれほど優しくはないだろう。
首都に攻撃をしかけてきた以上、すでにライジングアースの奪還は考えていないと思っていい。
来るべきジェマナイの南極基地への攻撃にも、ライジングアースは参加するかもしれないと聞かされているが……
「エレーヌ。ミューナイトに通信を送れるかい?」
「通信は禁止されています。しかし、コンソールへのメール送信であれば……許可されるかもしれません」
「AIに許可を申請してみてくれる?」
「申請します。……許可、下りました」
「では、『LOVE』と送信。発信者名は、オリヴィア・トゥレアール」
──
アマラ少尉は、自分の勝利を確信していた。
しかし……その淡い機体はもろくも打ち破られることになった。
無人機を最接近させてから、小回りの利くSTSMを発射。
下方からは、シエスタ中尉の無人機がAAMを放って援護してくれている。
このままいけば、ライジングアースは時間差的なミサイル群の攻撃を回避できずに、被撃墜──そういう判定になるはずだった。
しかし──突如として、ライジングアースの脚部が震えたと思うと、足下に謎のフィールドを作り出している。
そのまま、空中を飛び跳ねるように移動。人型形態のロボとは思えない挙動!
ミサイル群は、謎のフィールドに吸い込まれるようにして爆散した。塗料の雨が無人機群に降りかかってくる……
──
何が起こったのか。
斎賀は、ミューナイトに命令した。
(ミューナイト、エアリアル・ステップを作動させろ! 足下の量子場でミサイルを粉砕する。それと同時にライジングアースは回避行動!)
(了解。分かった。やってみる)
(やってくれ!)
思念通信なので、この間コンマ数秒かからない。人間関数が高い数値を出しているだけのことはある。
(サイガ、ライジングアースの挙動が変だ、頭部がいやいやをするように首を振っている!)
(違うな。ボディの防御機構だろう。このまま飛べ!)
(了解!)
ライジングアースの脚部パネルが開いて、微細な粒子を放出するとともに、足場として量子場を作り出した。
そこを足掛かりにして、ライジングアースは空中でジャンプ。そのまま、2段、3段と跳んでいく……
ミサイル群は、複数形成された量子場のいずれかに吸い込まれて、爆発した。
塗料の雨が下方に向かって散乱していく。
模擬弾だとは言え、こんなものが命中寸前になることは、気もちの良いことではない。
斎賀は、胸糞の悪いこの作戦に吐き気を感じた。
(ミューナイト、もう一度ロケットパンチを振り回せ。その間に俺が無人機をコントロールする!)
(分かった)
──
アマラ少尉は、自分たちの攻撃が失敗したことを理解した。
シエスタ中尉はどうしたろうか? この空域から離脱したのか?
いや、中尉の無人機にもまだSTSMが残っているはずだ。
バルバロッサ組とコンタクトしてからまだ25分経っていない。
ダレンザグ中尉との戦闘があったとは言え、中尉が武装を使い切ってしまっている、とは考えにくい。
しかし、自分のAPF‐JにももうAAMが2発ずつしか残っていない。
アマラ少尉は、無人機群を散開させるように自機から遠ざけた。
(無人機を温存させるべきか、自機を温存させるべきか……そんなことを考えるとはね)
たしかに、これはおかしな作戦だった。
イングレスαやエル・グレコは無人機を誘導することに徹して、自分から攻撃してはいけない。攻撃は無人機のみが行う。
犠牲にすべきものが、守られるべきものになっている──まるで、ジェマナイのようじゃないか?
と。そのときだった。
自機の両脇をライジングアースのロケットパンチがかすめる。
回避行動はとったはずだ!
しかし、ライジングアースのロケットパンチにも2マイル程度の射程がある。
この演習での有人機からの攻撃は禁止されているが……ロケットパンチはライジングアースの本体の一部だ。
ルール違反すれすれの行動をとってくる! 斎賀という男……
そのまま、ロケットパンチに追われるようにして、きりもみ飛行。
(しまった!)
機体がバランスを失って、海面すれすれまで急降下する……このままでは、墜ちる!
……
しかし、そうはならなかった。
ライジングアースのロケットパンチが、がっしりとアマラ・ンドゥベのイングレスαを抱え込む。
そのまま、水平飛行。
ん? ロケットパンチのつかみが緩い。アフターバーナーで離脱できるかもしれない!
それにしても、今の攻撃……サイガ中尉は始末書ものだな。。
と、アマラ・ンドゥベは思った。
いや? 目の前のコンソール・パネルが何かの信号を出している。
> WARNING : ELEVATOR STRESS LIMIT EXCEEDED
> LOAD FACTOR 8.7G — CONTROL RESPONSE DELAYED
> POSSIBLE STRUCTURAL STRAIN DETECTED
> CONTACT SIGNAL : RISINGEARTH
> RESPONSE LATENCY... < 0.1s
(水平尾翼に異常? 過負荷がかかった……?)
もしかすると、サイガは俺を助けたのだろうか?
目まぐるしく、さまざまな思いが頭のなかを去来する。
しかし、水平尾翼のわずかな異常など、敵パイロットに分かるのだろうか?
まるで、ライジングアースが意志をもっていて、機械の挙動を正確に把握したかのように思われる。
それともあのネオス……ミューナイトという少女なら、こんな真似ができるのだろうか?
いずれにしても、自分はすんでのところで死を免れたのかもしれない。
これからアルスレーテへの空港へは帰着できないだろうけれど、マダガスカルの空港になら降り立てる。
自分は、ムラマンガの空港に帰投する。
作戦終了後に、無人給油機が空中給油をしてくれる手筈にはなっていたが……すでに燃料の問題ではなくなっていた。
(悔しい結果になった……シエスタ中尉は、まだ戦い続けるのだろうか?)
アマラ少尉は、低空飛行するイングレスαのコックピットのなかで思った。
──
(サイガ、ライジングアースがおかしな挙動をした。今、わたしはロケットパンチを操作していないのに、勝手に飛んでいって、イングレスαの機体をとらえた。どうやら、同機は故障しているらしいんだが……)
(ミューナイト……おそらく、それはライジングアースの意志だ。さっき首を振るような挙動をしたのは……これのせいかもしれない)
ライジングアースのコックピットのなかで、斎賀とミューナイトとは驚いていた。
ライジングアースの異常さを知るのは、何も今が初めてではない。しかし……
(サイガ、人間関数の数値が……)
(どうした?)
(91%になってる)
ミューナイトが困惑したような調子で伝えてくる。
その混乱は、斎賀にも伝わった。
(なんだって? 何が俺たちをそうさせたんだ?!!)
ヘッドアップ・ディスプレイの内側で、額が汗をかいている。
ミューナイトは、左手でなにかをしきりに検索している。
彼女は、たぶんライジングアースに問うているのだろう。
そこに答えがあるのかは分からなかったが……。
(検索したけれど、分からない。でも、ライジングアースがイングレスαを救ったのは、人間関数のせいじゃないかって思えるの……)
ミューナイトが伝えてくる。
(なるほどな。そうかもしれない。俺もそう思うよ……)
斎賀は、何か思うところがあるように同意した。
再び人の命を救うライジングアース。人間関数とは?




