52.マダガスカル軍事演習(3)
不穏な軍事演習その3です。
空母バルムンクはインド洋の洋上にいた。
マダガスカル島からは180マイルほど離れた距離にあって、南へ向かって航行している。
斎賀とミューナイトは、一番遅れてバルムンクの艦上から発艦した。
ホバリングで500フィートほどの高さに上がったあと、加速度をつけて飛行形態に変形する。
斎賀のヘッドアップ・ディスプレイ内では、すでにイングレス部隊がマダガスカル西海岸に到達した、との知らせが出ている。
サテライト群からの情報だ。
(シエスタはどこにいるだろうか? それと、あのヌール・ジュマは……)
彼が敵だったら手ごわいだろう、と斎賀は感じていた。
とにかく、イングレス部隊は無人機を誘導する、という任務には慣れている。
しかし、斎賀はまだこの作戦がどんな勝手で進行していくのか、つかみきれていない。
(接敵まであと5分といったところか……戦闘時間は、50分まで行かないだろう)
「ミューナイト、一番至近にいるイングレスαまでどれくらいの距離だ?」
「しっ! サイガ。作戦中は思念通信にしてって言ったでしょう?」
(そうだったな。悪かった。次からは気をつけるよ……)
ミューナイトの左手がコンソールを高速で操作している。
(たぶん、半径5マイル以内に複数のイングレスαがいると思う。味方のエル・グレコが状況を開始したっていう報告はまだ来ていない)
ミューナイトが思念通信で答えてきた。
(なるほどな。エル・グレコは散開させているんだろう? 敵も散開してくると思うか?)
(そうだと思う。シルフィード組はこちらの母艦がどこにいるのかも知らされていない。索敵を広範囲にするのは当然だろう)
(だな。で、俺たちはマダガスカルの上空で撃ちあうのか……あまりぞっとしない)
(わたしもだ。実戦じゃなくっても、都市の上で戦うのは気が重い)
(珍しいな? お前が状況以外のことに気を取られるなんて……)
(わたしをなんだと思っているんだ? ネオスって言っても人間とほとんど変わらないよ。倫理もあれば理性もある)
(そうだった。悪い)
斎賀は再び謝った。
それは、彼自身の気持ちを引き締めるためでもあった。
この作戦で、斎賀とミューナイトの操るライジングアースも、合計で5機の無人機の誘導を行う。
通常、無人機の誘導は親機1機につき2~3機程度だが、5機というのはどう考えても多い。
それを可能にするために、有人機側のOSもアップデートされていると聞いているが、ライジングアースに手は加わっていない。
そんなことをすれば……あの整備班の面々が怒り狂うだろう。
そう考えると、斎賀はすこしおかしかった。
斎賀には、自分が夜の海に向かって小舟で漕ぎ出していく、船乗りかなにかのように感じられる。
何もかも不明瞭な作戦。これが統合戦線側の無駄なあがきでなければいいが……
──
一方、バルムンクの作戦室では、エレーヌ・ムバラがオリヴィア博士とともにライジングアースとミューナイトのモニタリングをしていた。
エレーヌは言う。
「ミューナイトの調子、博士はどう思うでしょうか?」
「うん? 今の担当はあんたなんだ。あんたが分からなければ誰にも分からないさ?」
とは、オリヴィア博士。
「それはそうなのですが……博士のいた時代とは、今は状況が違います」
「今はライジングアースがいるからね」
オリヴィアは粛々としている。
「ええ。人間関数という言葉、博士はすでにご存じでしょう?」
「ああ、知っている。今モニタに映っているのがそれだね?」
と、オリヴィア博士はエレーヌの席の後ろ側に立ってきて、言う。
「そうです。これです。今は61%と出ています……」
「それは何なんだい?」
あえて、オリヴィア博士は尋ねる。
「ライジングアース搭乗時における、パイロットとコパイロットとの共感度を示しているようです。どうやら、これがライジングアースの挙動にも関係するようなのですが、わたしはむしろミューナイトのメンタルが心配になります」
「61%か……。知らないが、決して高い数字じゃないね?」
オリヴィア博士は研究者としての勘で、そのように尋ねる。
「ええ。最大値は79%でした。これが100%になったとき、ライジングアースは真価を発揮するのだと思います」
そうエレーヌは言ったが、オリヴィア博士は懐疑的だった。
「それはどうかな。ライジングアースの挙動が人間関数に影響されている、という報告はわたしも読んでる。でもね、エレーヌ。それが100%になるとか、それを超えるとかが、技術的な課題をクリアするとは思えない。それはあくまでも指標として考えるべきだよ?」
現実的な意見を言った。
ただし、エレーヌにとっては別の不安もある。
「はい。そうでしょう。ですが、61%という今の数値は決して高くはありません。ミューナイトの能力が十分に発揮されてはいないのでは?」
エレーヌは「能力」という言葉を使った。
オリヴィア博士は、ふっと眉根を寄せる。
すこし気に入らない、といった感じだ。
それから、エレーヌの肩をとんとんと叩いた。エレーヌが振り返る。
そのまま、博士は何も言わずに沈黙を続けていた。
薄い青い瞳が、薄暗い作戦室のなかでかすかに光を放っている。それは、まるで泣いているかのようにも思われた。
──
それは突然だった。
(来たぞ、ミューナイト! やっぱりサテライト群をかく乱していやがった! 真下だ)
斎賀が、思念通信で最大限の注意を喚起する。
(捉えている、サイガ。イングレスαが2機いる。スピードは落としているが、これから上昇してくる)
(そうだな、まず飛行形態を解け。人型形態のほうが回避行動をとりやすい)
(ロボの利点だな)
ミューナイトと斎賀の操作するライジングアースは、人型形態へと変形してその場でジェットの逆噴射を行った。
急激に目標の速度が変化したことに、ついてこれないイングレスα2機は、ライジングアースのはるか前方と後方にそれぞれ展開する。
ついで、無人機が何機か、ライジングアースの直近をかすめて上空へと通過した。
ライジングアースの管理する無人機は、機体の半マイル周囲を反時計回りに旋回している。
まだ、ミサイルが発射された形跡はない。
敵がロックオンすれば即座にそれがこちらにも分かるが……、どうやら相手は優位な位置取りを最優先に考えているらしい。
──確実に仕留められないのであれば、攻撃はしない。
熟練のパイロットだ。シエスタか?
ヘッドアップ・ディスプレイ内でまたたく輝点を観測すると、無人機を示す黄色の点は合計で9つある。
どうやら、敵方の無人機も1機は撃墜したらしい。
やったのは、噂のダレンザグ中尉だろうか?
(ミューナイト、周囲に味方は何機かいるか?)
(今検索してみた。味方はライジングアースの周囲15マイル圏内にはいない。エル・グレコの足は速い。今はマダガスカル上空だろう?)
(洋上にいるのは俺たちだけか?)
(そうみたい)
(なら、いい。それなら敵のイングレスαも近くにいるのはあの2機だけだろう。今度は上空から来るぞ!)
斎賀は、ミューナイトに指示をして、ライジングアースを海面すれすれまで降下させた。
あえて、敵に上をとらせる。
相手は戦闘機だが、こちらはロボだ。挙動が違う。
そのまま、仰向けの姿勢になってホバリング。ミサイルが発射されたら、ロケットパンチで応戦する。
斎賀は、じりじりと額に汗をかくのを感じた。
ミューナイトも、いつになく焦っているらしい。
敵はたぶん、シエスタだ。
敵と戦う前にまず味方と戦う。そういう不条理を描いてみています。




