5.ノクティルカ脱出
やっと戦闘です。
今、輸送機は光弾飛び交うなかを、北東へと向かって飛行している。
赤の広場は見る間に小さくなったが、斎賀は不安を抱えていた。
地平線に浮かんでいる雲が、彼の不穏な気分をいや増す……
(イングレスはもう1機撃墜されている。敵も1機やったらしいが)
斎賀の胸に去来しているのは、この場に敵のビッグマンがかけつけてくるということである。
いや、ビッグマンは確実に来ているだろう。
スホーイだけだというのは、どうしても考えられない。
(この2か月間、俺たちは周到に用意してきたが。……作戦内容を味方にすら知らせずに。しかも、ミューにすら秘匿してだ)
斎賀は、壁際のシートに座っているミューナイトに視線を向けた。
彼女は、何かを高速で演算しているのか、瞳が明滅している。
もちろん、ネオスたちアンドロイドやガイノイドの体も、人間とほぼ同じつくりをもっている。
違うのは、ミトコンドリアの構造が人間とは違うことくらいだ。
瞳が明滅する、とは、実際に光が映ったり消えたりしているのではなく、水晶体の微細な震えが、周囲の光を反射して輝いているのある。……その様子は、泣いているようにも見えた。
(こいつに無理をさせたところで、俺の運命が楽になるわけじゃないが……皮肉だ。俺がネオスと……)
そんな考えを心に去来させていたところ、ふいにミューナイトから声をかけられた。
「サイガ。そろそろ教えてほしい。わたしたちはどこに向かっているの?」
ミューナイトの声は、すこし震えているように斎賀には感じられた。
「ムルマンスクだ。そこに、ジェマナイの前線基地の一つがある」
慎重に、言葉を選んで斎賀は話す。
「アメリカを攻撃するためね?」
「違う。そこで秘匿兵器を開発しているらしい。これはCode‐Jからの情報でわかった」
「コードジェイって、あのジェマナイ好きの……」
ミューナイトが顔をしかめた。
「そうだ。奴はもともとジェマナイに心服しているから、潜入しても怪しまれない」
「ちょうど良いスパイだね?」
ミューナイトは、少し不快というように首を傾げた。
「お前が怒るとはな? でも、戦争にはああいう人間、いやネオスが必要だ」
本気で驚いたという様子で、斎賀が言う。
「わたしたちは道具じゃない……」
「わかっている。お前は道具じゃない。でも、全員がそうでもないんだ」
「それってどういうこと?」
斎賀は、ポケットのなかから電子タバコを取り出しながら、答える……
「生還してから話すよ。で、だ? ムルマンスクではNNN‐3というビッグマンが開発されているらしい。それは、人類に巨大な打撃を与えるビッグマンで、内部回路にも人格型AIが搭載されているらしい。……すべてが『らしい』で申し訳ないんだが、これが俺たちが手にしている、最大限の情報だ。わかってくれ、お前にも……」
「サイガ。了解している。これは任務だ。私情はいらない」
「わかっているさ。俺が私情を抱いたことはない。目的は、ただジェマナイをぶっつぶすことだ。お前も覚悟してくれ」
「激しい戦いになるっていうことね?」
「そうだ。血みどろの戦いだ」
「NNN‐3……かわいそうな名前」
しばらく時間が経ってから、ミューナイトがつぶやいた。
「お前も? AIに同情することがあるのか?」
「同情することはない。わたしにもAI脳は組み込まれているけれど……ビッグマンには心がない。だけど」
「だけど、なんだ?」
「名前くらい……ほしい」
ミューナイトは、斎賀の目をまっすぐに見つめている。
斎賀はどう言っていいのかわからなかった。
(ミューをなだめれば良いのか、任務に集中しろと言えばいいのか……)
輸送機の外で、また閃光が一閃した。
しかし──今度の光は違う!
イングレスαが2機爆散した。ビッグマンが来たのだ!
──
「いよいよだねえ……。籠のなかの鳥。追い詰められたネズミ。飛んで火にいる夏の虫……。さあ、お前たちの地獄を見るんだよ!」
ヴォルガが不敵につぶやく。
スピードはSu‐77ほどではないが、ヴォルグラスもそれなりのスピードで飛翔することができる。
飛行形態から人型形態へと変形した。
ヤジロベイのような不気味なシルエットから、手足が生える。
ヴォルグラスは接近戦に特化している。
その右腕が、ノクティルカに振り落とされた。
その瞬間──閃光!
右腕のユニットが爆散。
「オーストラリア空軍だ!」
斎賀が叫んだ。
「オーストラリア空軍が、なぜ?」
ミューナイトは、やや取り乱している。ネオスにしては珍しいことだ。
「わからない。しかし、味方してくれるらしい。いや、彼らはもともと俺たちの味方だが……敵の敵は味方、という理屈か。ちぇっ!」
「サイガ、理屈はいい。今は戦況を分析したい」
「戦況? 今は最大のピンチなんだよ、それ以外にあるか!」
斎賀が予想していたより、ビッグマンの到着は早かった。
不幸中の幸いと言えば、敵のビッグマンが一体しかいないことだが、それは当然だろう。
斎賀たちは、単なる統合戦線の調査チームであると思わせるために、極力注意を払ってきた。
ベルリンからロシア領内に入ったのが、1日前だ。その前はストラスブールにいた。
ヨーロッパのなかでも、なんとか施設が残っている街から、監察車を調達したのである。
チームは、斎賀とミューナイトの2人だけだった。
これくらいの調査チームであれば、過去にイスタンブルールやダマスカスでも活動している。
要するに、ジェマナイには人がいない。戦力はそれなりにあるが、人類の勢力範囲すべてを管理するにはいたっていないのである。
モスクワは、人類の勢力圏とジェマナイの勢力圏のちょうど中間にある。
ジェマナイも警戒監視はしているものの、実効支配は及んでいなのだ。
そこからの……潜入任務である。目的は、NNN‐3の奪取。
その主任務を、斎賀は今ミューナイトに初めて話した。
ミューナイトはネオスでAI脳をハッキングされる可能性があるため、重要な情報を知らされていません。AI脳がハックされる危険性、という描写は今後も物語のカギになります。




