46.反感の季節
前章から続きの回で、地味です。
王子はなおも冷静な声で言葉を続けようとした。
「あなたたちは、これからまだ復興作業があるのでしょう? それは良い軍事訓練になります。これから……」
そう言いかけたときに、部屋のなかにシエスタが入ってきた。
同僚のアマラ・ンドゥベといっしょである。
アルスレーテ防衛線で、機体が先行しすぎて苦戦していた、あのパイロットである。
彼は、元の南アフリカ共和国出身で、黒人だったが比較的裕福な家庭に生まれた。
元プロ・サーファーで、世界規模の大会でも何度も優勝していたが、海岸沿いの都市がジェマナイの爆撃によってうしなわれたのにショックを受け、軍隊に入ることに決めた。
ムードメーカー的な存在で、個性的な面々が多いチーム・アマリのなかでも、とくに突出している。
彼らが話していたのは、「事務作業がいかに退屈で無意味か」という話題だった。
そして、アマラは「実戦のほうが楽ですよ」とすら言う……。
シエスタは彼よりも年下だったが、軍歴上は上であるため、彼をたしなめるような発言をした。
──たしかに、彼の感受性は戦闘に有利ではあるのだけれど、気持ちだけが先走るところがある。
というのが、シエスタの冷静な意見だった。
「だから、次回の演習では、バルーンではなくってですね?」
「バルーンじゃなきゃ何を撃つんだ? 人か?」
シエスタは、腹に一物あるような口調で言い聞かせる。
アマラは肩をすくめてみせた。
「やあ……あなたたちは」
と、シエスタとアマラの姿に気づいたアルフレッド王子は、その優雅な声の矛先を変えて言った。
「チーム・アマリのみなさんですね。先日のご活躍、よくうかがっております。失礼……わたくし、アルフレッド・ウィンザーと申します」
慇懃に頭を下げた。
それに驚いたのは、アマラのほうだった。
シエスタは、冷静に彼の視線を受け止めている。
アマラが驚いたのは、王子の若さのこともあるが、ともに「国を失った人間」がそこにいる──ということだった。
南アフリカ共和国は、統合戦線アフリカ機構のなかでは、唯一最後まで戦線に加盟しなかった国である。
戦略上の要衝として、ジェマナイから激しい空爆を受けた。
その攻撃はヨーロッパ・アメリカ戦線並みだったという。そのことを、斎賀は情報軍時代の秘匿情報で知っている。
「王子がなぜ、ここに?」
と、アマラ・ンドゥベ。敬語を忘れてしまっている。
「はい。わたしは皆さんとともに戦いたいのですよ。今はまだ無力ですが……よろしくお願いします。チーム・アマリの皆さん。そして、サイガ・シンイチ」
……その口調はあまりにもとってつけたようなものだった。
と、シエスタには思われた。
なぜ?
つまり、とくに理由がなければ、すでに居合わせていた斎賀の名前をそこであえて出す必要はない。
(これは……わたしたちとサイガとミューナイトとの結びつきを故意に強めようとする策略だ)と、推測する。
そうして、それはたぶん当たっていた。
王子は、それ以上の話題をとくに話さないまま、一礼をして休憩室を去って行った。
斎賀とシエスタとアマラが敬礼をして見送る。
さすがに……元王国の王子、という身分というものを、自然に意識してしまう。
今は亡命者の一市民とは言え、そこに敬意が払われなければ、軍人として失格である。
そのことを3人はよく分かっていた。
ただひとり、ミューナイトだけは最後まで黙ったままでいたのだが。
「あの王子、なぜここへ?」
シエスタが眉をひそめて斎賀に尋ねる。
アマラは自販機でコーヒーを買っていた。
出てきたホット・コーヒーを、うまそうに啜る……
元サーファーだからスポーツドリンク、とかそういったこだわりはないらしい。
「それなんだが」
と、斎賀は迷いながらも言った。
「どうも、俺たちを待ち受けていたように感じられた」
「サイガとミューナイトをか?」
「そうだ」
斎賀がうなずく。
シエスタは顎先に人差し指を当てて考え込んだ。
「長く話したの?」
「25分くらいか」
軍人らしい正確さで斎賀が言う。
ふうん、とシエスタが鼻を鳴らす。
「で、なんだって?」
「俺たちの人間関数のことを言っていた……」
「人間関数って、パイロットとコパイロットとの共鳴状態を表す指数のようなものだろう?」
「そうだ」
「なんで、そんな軍事用語を王子が知っているんだ?」
「王子じゃないがな……」
と、斎賀は思わず皮肉を口走った。
斎賀自身も、彼のことをやはり王子だと心では認めているのである。
しかし、今はそう言いたくなかった。
笑いが、かすかに空に消えていく。
「どうやら、軍とのコネクションをもったらしい」
「なんだって?! あたしたちの現場に王子が介入してくるってことか? まだガキだろう?!」
「ガキでも……政治的な価値がある」
斎賀が冷静に言った。
そこで、アマラ・ンドゥベが予想外に口をはさんできた。
「あの王子……悲しそうだったなあ。なんだかAIみたいだった」
「そう? そうね?」
シエスタは、一瞬あっけにとられたものの、意外にもそれが当たっているような感じがしてしまう。
斎賀も、それは言いえて妙だと思った。
ネオスたちがAIを人間化した存在だとしたら、王子は人間をAI化したかのような冷たさを持っている。
それは、狂信者の狂気というよりは、鋭利に研ぎ澄まされた理性そのものだった。
ひと昔前の戦争で、さかんに言われた「思想」のようなもの……
「まあ、そんな話題はいいよ。整備班とはうまく行った? ミューナイトはライジングアースの改修を気に入ってる?」
と、シエスタ。
ここで、はじめてミューナイトが口を開いた。
「うん。まあまあ、気に入っている」
その容貌もあいまって、シエスタにはミューナイトが人間の15歳の少女であるかのように感じられることがある。
そのことに気づいたのか、ミューナイトもはっとして顔をやや赤らめる。
ネオスにしては珍しい反応だった。
斎賀は、その微妙な心理の変化をめざとくつかんでいた。
いつか、ミューナイトから聞いたことがある「ディープ・コーディング」という言葉。
その能力のために外見や神経の発達が抑えられる、というネオスの特性。
そんな能力を持っているネオスがどれくらいいるのか、斎賀には分からなかったが、そう多くはあるまいと思っていた。
その一人が、今目の前にいる。
ミューナイトの心理のゆらぎを、斎賀自身も強く意識している。
ある時は繊細だったかと思えば、あるときは大胆だったり馬鹿馬鹿しくもある……
ミューナイトは、要するにネオスらしくないネオスなのだ。
それが良い方向に向かっているあいだはいい。だが……
ミューナイトがライジングアースのことを話すことを喜ぶ、ということ自体は良いことのような気がした。
しかし、それが彼女を無理やり戦線にひっぱりだす、という意味において、斎賀は自責を感じた。
そこで、斎賀は自分のつかんでいる情報を彼らに開示することにした。
「今度、イングレス部隊とライジングアースとで、合同訓練がある」
シエスタは、多少は驚きを感じつつも、それを抑えたような表情で斎賀に聞いた。
「それは、どんな内容なの?」
「まだ、極秘だとのことだ。しかし……場所は分かっている。マダガスカルだ」
と、斎賀。
「それは誰からの情報?」
「ボワテ大佐と、情報軍の知り合いからね。で、俺はそこに王子も同席するんじゃないかって……今は思っている」
斎賀が重々しい口調で3人に告げた。
アマラが絶句した。
「それは、Fuck You!だわね!」
と、シエスタが苦々しく一言した。
ジェマナイだけではなく、統合戦線側の狂気もじょじょに明らかになっていきます。




