42.貴族の血(2)
場面は変わってアルスレーテです。
アルスレーテは首都としての機能こそ失わなかったものの、完全な復興には数年かかるはずだった。
ジェマナイの攻撃は成功だったのである。
国会議事堂は爆破され、ホテルで緊急の議会が開かれていた。
国会議員のうち、11名が死亡していた。
空軍の施設は、半分ほどが破壊されたが、残り半分は残った。
それはジェマナイの情報が不足していたのか、わざと手加減したのか分からなかった。
もちろん、空軍が果敢に防戦した、ということはある。
しかし、ジェマナイの目的は軍への攻撃というよりも、都市破壊だったように思われた。
斎賀とミューナイトは休暇を申請したが却下された。
毎日が、ライジングアースでの被害復興に駆り出されている。
そんなある日、斎賀とミューナイトとは半日の休憩を言い渡された。
空軍の宿舎で待機していろ、というのである。
その理由を斎賀は聞いたが、ボワテ大佐は答えなかった。
ただ、「追って呼び出す。理由はそのときに分かる」……とだけ言った。
──
斎賀とミューナイトとは、ひっそりと静まりかえったブリーフィング・ルームへと入っていった。
照明が落とされ、うすぐらい。
なにかのフィルムを見ていたものらしかった。
その場には、斎賀の見知らない空軍士官が何人もいた。
情報軍から転属してから、まだ間もないのである。
斎賀知っているのは、ボワテ大佐とクワメ・オバデレ准将くらいだった。
しかも、そこに思いがけない人物がいたのである。
あっと思った。
週刊誌やスマホでその顔を知っていた。
英王室の忘れ形見の一人である、アルフレッド・ウィンザー19歳が、そこにいた。
アルフレッド・ウィンザーはオバデレ准将と何か話し合っているようだった。
ひそひそ声なので、斎賀には聞こえない。
(英王室の忘れ形見がなぜ……政治には参加していないはずだが?)
斎賀はいぶかる。
ミューナイトは斎賀の隣で沈黙していた。
しかし、その胸裏にはなにかが去来しているようにも見える……
斎賀は、そっとミューナイトのほうを見やった。
緊張の様子はない。
ただ、何かが不満、といった感情を斎賀は読み取った。
室内に照明が灯される。
そのとき、斎賀は思いがけずアルフレッド・ウィンザーと視線があった。
こちらから反らすわけにもいかない……
そのまま十数秒、斎賀とアルフレッド・ウィンザーは見つめあっていた。
アルフレッド・ウィンザーは、今から10年前に2人の弟とともに、統合戦線に亡命してきた。
イギリスでは第四次世界大戦後の混乱で王制が廃止され、共和国となっていたのである。
父親であるリチャード・ウィンザー1世は、共和派によって殺害されていた。
母親は行方不明である。
議論が進んでいく……
イギリス王室の復権、といったキーワードが出たが、斎賀には今ひとつ会話の内容が分からない。
大半は政治の話で、多数派がどう、といった言葉は彼にも分かった。
統合戦線にもヨーロッパやアメリカからの亡命者はいる。
その多くが平和的な目的で、政治亡命はまれだった。
イギリス以外の王制の国も、一応の体裁を維持している。
ジェマナイの攻撃で、その国土のほとんどは廃墟と化していたが……
斎賀はひとつの疑念を持った。
アフルレッド・ウィンザーがこの戦争……とくにライジングアースに興味を持っているのではないか、という。
そして、その予感はたしかにあたっていた。
斎賀は、オバデレ准将に声をかけられる。
「サイガ中尉。こちらはアフルレッド・ウィンザーだ。どうも、君も知っているようだね」
「はい……写真では何度か。王子、初めして。シンイチ・サイガと申します。ライジングアースの、コパイロットをしています。こちらは、パイロットのミューナイト」
と、立ち上がって型通りの挨拶をする。
ミューナイトはやはり黙ったままだ。
アルフレッドは席についたままで、軽く会釈をした。
「実は、こちらの王子がどうしても君たちに会いたいということだった。それで……無理を言ってこちらの施設に来てもらった。ご足労をかけた、ということになる」
と、オバデレ准将。
……王子はようやく口を開いた。
「初めまして、サイガ中尉。わたしはアルフレッド・ウィンザー。英王室の王子、ということになっていますが、亡命者の身です。今現在、祖国は共和国となっており、わたしの居場所はありません。ですが……その祖国もジェマナイの脅威にさらされている。それを、わたしはどうにかしたいのです。元王子の身として……」
それはよどみのない言葉だった。
19歳にしては、すこし大人びている。というか、やはりという気が斎賀はした。
王子は、政治的な目的をもってこの場に臨席しているのである。
「どうにか、と言ってもわたしに何ができますか?」
斎賀は尋ねる。これも型通りだ。
「あなたがたには、ライジングアースがあります。強大な武器が」
「それで……」
「ジェマナイに勝ってほしいのです」
王子がきっぱりと言う。
斎賀は驚いた。
「そのことを王子がわざわざ?」
「わたしは現在王子ではありません。しかし……」
ややためらいながら、王子は言った。
「王制を復活させたいと?」
「それは理想です。政治は理想通りにはいきません。わたしは、ただ祖国をなんとかしたいのです」
「それは、素晴らしいお考えです。……ですが」
斎賀は戸惑う。
しかし、
「ですが、はありません。ジェマナイに勝つことは、あなたの義務です。あなたには、人類を救う義務がある」
「わたしはそんな大した人間では……」
斎賀は言葉につまった。
「力をもつ者には義務があります。かつての父と同じです。あなたがたは、力を持っている」
アルフレッドは、顔の前で手を組んで、祈るような表情をする。
その微細な表情の変化を、斎賀は見逃さなかった。
この王子は、なにかを心のなかに持っている。
「そうなのかもしれません。しかし、このミューナイトは……」
「ネオスです。そして、敵もネオスです。わたしは敵の名前を知っています。リュシアスという統合政体ロシア・アジア共栄圏の統合軍戦略・戦術長官です。恐ろしい……仮面の女」
「そこまでご存じとは……政治に明るくていらっしゃるのですね?」
斎賀は言わなくてもいいことを言った。
予想通り、王子は険しい表情をする。
ミューナイトはやはり黙っていた。
「この情報は、オバデレ准将からのものです」
「やはり?」
「そうです。今のわたしには情報を得るすべすらない……無力なのです」
アルフレッドは考え深げに答えた。
その様子は、19歳の青年そのままの悩める姿だと、斎賀には思えた。
しかし、こうも考えるのだった──王子の言葉には、祈りと命令との区別がない、と。
「微力ながら……お力添えします」
斎賀に言えたのは、そんな言葉だけだった。
アルフレッドが深く礼をする。日本式だ……
そこまで、と斎賀は思った。
アルフレッドは、人類の行く末のことを考えているのかもしれなかった。
そして、ミューナイトは最後まで口を開かないままだった。
またキーパーソンが出てきました。




