40.アルスレーテ空爆(6)
戦闘終了です。
──苦々しい戦況だった。
無人機群は、アルスレーテの市街に圧倒的な破壊を加えている。
都市機能の回復には、しばらくの時間がかかるだろう。
(にもかかわらず……司令官である自分自身が被弾してしまった)
と、セラフィアは胸のなかに呟く。
無線通信の回線を開いて、味方のスホーイ群に告げた。
「作戦はこれで終了とする。即時撤退せよ。繰り返す、作戦はこれで終了とする。即時撤退せよ」
その撤退の引き金になったのが、自分のミスだということを、セラフィアは痛いほど思った。
戦いの前には、敵の実力を測りたい、という自信があった。
自分は損害を受けずに帰投できる、との思いもあった。
しかし、現実には敵ビッグマンが出てきて、自分の機体は左足(左尾翼)を破壊されてしまった。
プライムローズを人型形態に変形させた。
セラフィアは、大量のAIかく乱チャフをまいて、機体を高度2万フィートまで上昇させる。
プライムローズは、人型形態でもVTOL機なみの機動性がある。
左尾翼を失っての飛行形態での飛行はできないが、人型なら、相手なら逃れられる隙はある。
セラフィアはミサイルの残弾をすべて撃ちつくした。
これ以上の攻撃は無用だった……
「繰り返す。Su‐77はすべて撤退せよ。無人機群も帰投させる」
──
(ちっ、逃げられたか。ミューナイト、対ミサイル用の防御を!)
(やっている! どならないでくれ!)
斎賀の愚痴に対して、ミューナイトも感情的に答えた。
ヌール・ジュマのイングレスαを救ったとは言え、チーム・ンデゲは6機が失われた。
チーム・アマリの現状は分からなかった。
敵の編隊が撤退していく。
潔い行動だった。
アルスレーテが空爆にさらされていた時間は50分。
ライジングアースの起動時間は43分だった。
斎賀とミューナイトは、ライジングアースをアルスレーテ北空港に帰還させる。
コックピット・ハッチを開けて外に出た斎賀は、空を見上げた。
「何しているの、サイガ? 早く出てよ……」
「分かってる。しかし」
斎賀は思っていた。
この空をさっきまで敵が覆っていたのだ。
警戒アラートはまだ鳴っていたが、ライジングアースもまたミサイルを全弾撃ち尽くしていた。
第二次攻撃があるとしたら、まもなくだろう。
それまでの間に武装を補填しなくてはならない。
イングレスαが1機、また1機と着陸してくる。
ライジングアースはトーイングカーによってけん引されていた。
横たわった状態で、格納庫に収納され、斎賀とミューナイトはライジングアースを降りる。
ミューナイトは小指をさすっていた。
(怪我をしたのか?)と、斎賀は心配する。
ただ、なんと声をかけていいのか分からない。
ただ、「お疲れ」と言った。
ミューナイトがこちらを振り向いて、斎賀の顔を見上げる。
「サイガも。次、来るかな?」
「分からない。たぶん……もうないだろう。アルスレーテは十分破壊しつくされた」
「そうだな。上空から見たらわかる。駅もビルもめちゃめちゃだ」
「これが、奴らの目的なんだろう。俺たちに恐怖を与えるということが……」
ミューナイトはうなずいた。
斎賀は、もの思わし気に格納庫を見やった。
整備班が総出で、ライジングアースの機体にとりついて作業をしている。
災害出動もまもなくだろう。……いや、戦後処理か。
「俺たちは街を守れなかった。というより、俺たちが敵を引き寄せた。犠牲者の数はどれくらいだろう?」
斎賀は、ただ淡々と話す。
その様子がなんとなく怖い、とミューナイトは思った。
が、ゆっくりしている暇はない。
斎賀はブリーフィング・ルームで急いで食事を取って、また出動だろう。自分も。
「なあ、ミューナイト。ビッグマン1機動かすのに、どれくらいの金がかかるか知っているか?」
「いや、知らない。どれくらいなんだ?」
「巡洋艦1隻動かすのと同じくらいの費用だそうだ。俺も、上層部が漏らすのをこっそりと聞いた」
「うん。それで……」
「だから、敵のビッグマンもそうそうこちらに攻めてはこない。しかし、今回は来た」
ミューナイトは無言で斎賀を見つめている。
また1機、イングレスαが着陸した。味方のイングレスαは何機残ったのだろう……情報が混乱していて、ミューナイトも把握していない。
しかし、斎賀はヘッドアップ・ディスプレイで確認していた。
チーム・チーム・ンデゲは7機、チーム・アマリでは3機のイングレスαが失われた。
それから、アルスレーテ南空港から支援してきた、エル・グレコが13機、撃墜された。
今回の攻撃で、アルスレーテは非常に防御態勢が弱いということが露呈した。
きっと、ダルエスサラームから何機かのイングレスαとエル・グレコが回されるだろう……
そうしたことを、斎賀は元情報軍の感受性で分析していた。
(これからは、ビッグマン同士の戦闘がメインになるだろう。だが、俺たちは複数のビッグマンを相手に戦えるのか?)
斎賀は、理性的にそんな計算をする。
それが、ミューナイトにも静かに伝わる。(サイガはもう今後のことを考えているのだ……)
斎賀は、ムルマンスクで戦闘したアリューシャンとアコーディオも鹵獲出来ていれば、と思った。
統合戦線側のロボがライジングアース1機では、少なすぎるのだ……
(俺が過労死することはかまわないが……)
その先を、斎賀は考えなかった。
──
ブリーフィング・ルームには、次々に被害状況が報告されてきていた。
そのなかで、パイロットたちは黙々と食事を取っている。
斎賀のそばに、シエスタが近づいてきた。
沈痛な面持ちをしている。
シエスタは、まだチーム・アマリに参加して間もない。
(自分は……)という矜持があった。(味方を守れる)と。
シエスタは、イングレス部隊のことは言わず、ミューナイトを気遣う発言をした。
「サイガ……。お前のパートナーはどうしている? また出動なんだろう?」
「ああ。たぶんな。……あいつは大丈夫だ。ドリンクだけ飲んで作戦室に行った」
そして、斎賀は一呼吸おいてから続ける。
食べている弁当のパンくずが、唇の端についていた。
それをスポーツドリンクで流し込みながら、
「最優先にすべきは、アルスレーテ中央駅の復旧だそうだ。ライジングアースが役に立つ」
「人を守る武器になるんだな?」
「これまでもそうだ」
斎賀は決然として言った。
その目が厳しかった。
「たしかに。お前は、ヌール・ジュマ大尉を救ってくれた。ありがとう」
シエスタはそう言った。
戦死者のことは、一言も口に出さなかった。
統合戦線アフリカ機構の大統領メイサ・ヤハンは、ただちに統合政体ロシア・アジア共栄圏に対して抗議声明を出したが、返答はなかった。
夜の帳が落ちる。アルスレーテの空は、まだ煙の匂いをまとっていた。
アルスレーテ空爆はこれで幕。第二部終了です。次からは第三部になります。




