4.ヴォルグラス急襲
今回はつなぎの章です。
「うふふ。なんだか、もっと大きな血が出そうだよ?」
と、ビッグマン「ヴォルグラス」のコックピットでヴォルガがつぶやく。
そのモニターには、もうすでにモスクワの赤の広場を中心とした半径10キロメートルの砂漠が映し出されていた。
「さあて、狩りの始まりか!」
ヴォルガは舌なめずりをしながら、つぶやく。
額に埋め込まれたエメラルド・ストーンに、虹色の輝きが生じた。
「司令。モスクワが見えてきました!」
Su‐77の支援編隊ディーカーヤ・コーシュカのパイロットである、ニコライ・ドルトノフが通信をかけてきた。
ドルトノフはジェマナイにチップを埋め込まれた人間であり、AI通信はできない。
「わかっている。警戒を怠るな?」
いらだたしげに、ヴォルガが答える。
「これだから……人間というものは不便だ」
そう吐き捨てつつ、ジェマナイで一般的である「スモールマン」という蔑称は、彼は使わない。
そんなところは、ヴォルガの武人としての気質を表しているようでもあった。
──
斎賀は時計を見た。
ノクティルカが彼らに合流する時間は、斎賀だけにしか知らされていない。
ミューナイトは、つまり「無垢」なままでいる。
(戦闘に入る際には、無垢なほうがずっといい……)と、斎賀は心のなかにつぶやいた。
……そんな斎賀を、ミューナイトが不思議そうに見つめる。
0.8マイルほどの旋回半径を描いて、上空で何機かの航空機が旋回していた。
とうとう、ノクティルカが来たのだ! やがて、砂塵を舞い上げて、ノクティルカが赤の広場に着陸する。気圧変化のきーんという音。ステルス塗装の機体表面が不気味だ。斎賀は息を飲んだ。
空を見上げると、そこではイングレスαがさらに上に向かって急上昇をしている。
それは、彼らが「何か」を見つけた証かもしれなかった。
「時間通り、っていうのは、こういう時には歓迎したくないね。ミューナイト、走れ!!」
斎賀が観察車のドアを手でばーんと押し開けながら、ミューナイトに叫んだ。
ミューナイトも、助手席の側から飛び降りる。
上空では、いくつかの閃光が見えた。
「ちっ、やっぱり始まったか……。ミュー、戦闘だ。俺たちも撃墜されるかもしれない」
「サイガ。死は救いかもしれない。そう思ったことはない?」
「ネオスの説教なんて、ごめんだね! お前……アド・ルーメンのシスターにでもなったらどうだ?」
「わたしは戦闘員です。そうした訓練は受けていません」
「訓練の問題かよっ!」
斎賀は、頭を両手で抑えつつ走った。すでに、地面でも爆発が起こっていた。ジェマナイの散榴弾が着弾したのだろう。
ミューナイトは、斎賀の後について走りながら、こんなことを思っていた。
(今この瞬間、わたしは任務を信じるということができているのだろうか?)と。
その脳内には、さきほど一瞬だけ脳内に流れ込んできたイメージが、強烈な印象をもって再生されていた。
コードにつながれた女。
統合戦線の医療ボックスとは違う、ベットのような器具。あるいは家具なのだろうか?
それが、「ミュー」と、一瞬つぶやく。
彼女の心理の奥底で共鳴した何かが、爆発的にはじけたようだった。
そして、彼女はパートナーである斎賀に「信じる」ということについて聞いたのだったが……
でも。今はノクティルカに乗り込むのが先だ。
ミューナイトは、小さくて荒い息を吐いた。
「サイガ? あと何メートルある?」
「それはお前のAI脳のほうがよく分かってるだろう? でも、800メートルってところだな」
「わたしのAI脳は今、うまく機能していない」
「こんなときに故障かよ! ポンコツめ!」──斎賀が悪態をつく。
「ごめん。わたし、うまくマインド・メンテナンスできていなかった」──と、ミューナイト。
「反省と分析は、これが終わった後にしてもらいたいね」
上空で1機のイングレスαが撃墜された。誰の搭乗機かはわからない。
しかし、そのことはこの戦闘が死闘であることを示している。
敵のビッグマンはまだ現れていないが、それももうじきのことだろう。その前に、モスクワを脱出する必要がある。
上空で再び閃光。今度は、ジェマナイのSu‐77が翼に被弾して、墜落した。砂漠のなかに縦の爆炎が上がる。
「サイガ、あと何メートル走ればいい?」
「200メートル。ネオスは人間より頑丈じゃないのかよ?」
「わたしの体は、うまく説明できないが、人間よりも脆弱に成長したらしい……サイガ、わたしたちは生き残れるだろうか?」
「神に祈ってくれ。っても、俺は神は信じないがね」
「わたしもそうする。サイガ、わたしたちはきっと生き残る」
「そう願うよ」
目の前にノクティルカが見えてきた。コパイロットが誘導灯で、こちらに合図している。
(昼間だぜ? そんなもの必要ねーっつうの)
斎賀は、心のなかで毒づく。その直後……
(わりぃ。味方に皮肉はねーよな)
ミューナイトは、突然斎賀の手を取った。
少女の瞳が、不安の影を宿している。
そして……あけ放たれた乗降口から、輸送機のなかに飛び込む二人。
「出してくれ!」
コパイロットが通信機にむかって叫ぶ。
パイロットが操縦桿を押し下げる。
輸送機の格納庫で安堵の息をつきながら、斎賀はミューナイトにむかって軽口を言った。
「キリマンジャロから来たにしては、早いじゃないか。俺はてっきり、イスタンブール経由かと思ってたぜ?」
「サイガ。こういう状況で冗談を言うのは良くない。素直に神に感謝しよう」
「わかったよ。その神が、最終的に俺たちを救うかね?」
斎賀は、爆音と爆炎があがっている、窓の外を見た。
──
一方、ヴォルグラスのコックピットでは、ヴォルガが眉をしかめていた。
「うーむ。都市制圧戦では戦闘機部隊のほうが有利だとは言え……これではねえ……」
それから、足元にあるヴォルグラスのアフターバーナーを作動させるペダルを踏んだ。
イングレスαとノクティルカは空中空輸受けています。斎賀たちは、ロンドンからパリへ。パリからモスクワへと車で移動。ロンドンとパリもすでに廃墟です。




