36.アルスレーテ空爆(2)
ひきつづきアルスレーテ空爆です。
空爆……とは聞こえの良いものではない。
上空では航空機同士の撃ち合いがあるし、地上からは地対空ミサイルが襲ってくる。
今回の主力は無人機とは言え、犠牲は避けがたいとセラフィアは思った。
(リュシアス一将はなにを考えているのだろう? ビッグマンでバグダッドを制圧する、という作戦も考えられたはず……)
バグダッドを制圧して後、NNN‐3の返還を交渉材料とするのである。
それが妥当な作戦に思われたが……
(リュシアス様は、統合戦線に恐怖を与えたいのだろうか?)
それが、ジェマナイの戦略・戦術長官としての、彼女の立場ではあったろう。
しかし、セラフィアにとっても、今回の作戦は腑に落ちないところがあった。
(あの時と同じだ……)
と、セラフィアは考える。
声が聞こえる。
──気を付けて。……油断しないように。……敵は。
それが誰の声なのか、セラフィアには分からなかった。
ただ、サテライト群がその声を拾ってくるのだろうとは、考えていた。
それは、通常のAI通信とは違う。
まるで、自分の魂のなかに割って入ってくるような声……
その声の主に、セラフィアは会ってみたいと思った。
しかし、それが敵の声だろうということも、セラフィアは分かっていた。
(自分は、相手を殺すために、彼女に会いたいと思うのだろうか……)
アルスレーテ上空では、すでにスホーイ5機とイングレスαの部隊とが交戦状態に入っていた。
無人機を落とすのは容易ではない。
地対空ミサイルの数にも限りがあるだろうし、戦闘機では速度が速すぎる。
それに、今回のジェマナイの無人機群は雲霞のごとき大群だ。
ミサイルを撃っても、焼け石に水のはずである。
それならば、電子妨害装備を使って、オルリヌイ・ルーチの攻撃機構そのものを阻害しなければならない。
しかし、敵のイングレスαにそのような装備があるだろうか?
(いや、ある。統合戦線の戦力を甘く見てはいけない……)
セラフィアは自身を戒めた。
──
無人機群が、イングレスαの戦隊のなかにつっこむ。
数条のビームが飛び交い、何機かのイングレスαの攻撃システムがロックされた。
パイロットはあわてて、システムをマニュアルに切り替える。
しかし、遅い……
オルリヌイ・ルーチ群の発射したミサイル群に追尾されて、1機のイングレスαが爆散した。
統合戦線側にとっては、最初の損害だった。
チーム・アマリのリーダーであるチディ・マベナは、シエスタ他のパイロットに告げる。
「予想通り、敵は電子戦装備を搭載している。空対空ミサイルの発射能力もあるようだ。1機ずつは大した戦力ではないが、しかし相手は大群だ。自分が撃墜されないことだけを考えよ」
そして、味方機の航路を見守った。
アマラ・ンドゥベがやや先行している。
「くそ。発進命令がもっと早ければ……」
悔やんでも仕方がない。
上層部は当初地対空ミサイルだけで対処しようとしたが、ケニア方面からも敵が侵入していると聞き、急遽チーム・アマリとチーム・ンデゲに発進を司令したのである。
チーム・アマリは南から来る無人機群の迎撃に向かい、チーム・ンデゲは北から来る正体不明の敵の迎撃に向かった。
そのうちの何機かはスホーイだということだったが……
この時代、航空機はほぼステルス性能と対AI電子線装備を備えている。
目視するまで、正体が不明であることも珍しくない。
航空機であれば良いのだが、ビッグマンが混ざっているとすると分が悪い。
チーム・ンデゲは外れくじを引かされたわけだった。
この攻撃が終わるまでに何機が生き残れるか……
しかし、そんな心配は分を超える……自分が生き残るのだけでも、ぎりぎりなのである。
アマラ・ンドゥベは奥歯を嚙み締めた。
──
そのころ、チーム・ンデゲは苦戦していた。
目視したところ、敵のスホーイは10機しかいない。
しかし、そのなかにビッグマンが1体混じっていた。
白色の細身の機体である。
これは、これまでの戦闘データにはない機体だった。
第3世代のビッグマン1体を倒すのにもてこずったが、これはこれまでの機体よりも性能が上かと思われた。
人型に変形しても機動がスムーズで、個型戦闘機並みのスピードを維持している。
パイロットは……これは手練れだろうと思われた。
リーダーであるヌール・ジュマは散開しての攻撃を命じる。
すでに、イングレスα1機が撃墜されていた。戦士したのは、アフメド・モラナ少尉である。優秀なパイロットだった。
しかし、感傷にひたっている暇はない。
チームのメンバーである、リエナ・ヴァルガとマルク・べソンとが大きく旋回した。
チャフをまきながら、インメルマン・ターンをする。
と、飛行機雲がヌール・ジュマの機体をかすめた。
ヌール・ジュマは、短期対AI攻撃システムをオンにして、敵の攻撃をかく乱する。
一瞬、サテライト群からの情報が途絶えて、チーム・ンデゲのメンバーは目視で戦わなければいけなくなった。
それでも、敵の攻撃を回避するのには都合が良い。
ヌール・ジュマは、AAMの照準を敵ビッグマンに定めた。
航跡を描いて、ミサイルが飛んでいく……命中!
と思ったが、なにかワイヤーのようなものにからめとられて、ミサイルが自爆した。敵にダメージは与えていない。
ヌール・ジュマは、「ちっ、外したか……」と、低い声でつぶやいた。舌をかまないように。
──
そのころ、斎賀とミューナイトとは悶々としていた。
ライジングアース1機だけが、滑走路上で屹立してる。
「首都を守れ……」と、厳命されたのだった。
つまり、南から来る無人機群、そして北から来る正体不明の敵を待って、直近で遊撃せよという指令だった。
攻撃はいつだって先制攻撃が有利なはずである。
しかし、軍上層部はライジングアースを最後の切り札にしようとしていた。
奪取後、武装は強化されたが、バルーンを相手にした射撃訓練しかしていない。
実戦で、何を撃ち落せというのか?
無人機か? スホーイか? ビッグマンか?
その目標すら定かではないまま、斎賀たちは待機していた。
「ミューナイト。怖いか?」
ふいに、斎賀が尋ねた。
「なぜ? わたしは今までも何度もイングレスαで出撃している。それが未経験だというの?」
ミューナイトは、不満というのでもないような調子で答える。
「いや……違う。首都を守るということを、お前はどう思っている?」
「サイガ。そろそろ思念通信に切り替えたほうがいい……」
それが、ミューナイトの答えだった。
斎賀は不満だったが、それで納得するほかなかった。
上空では、すでにイングレス部隊が戦闘を始めている。
自分たちにも「Ready」が下るのは、数分後のことだろう。
そうすれば、そこから先は戦場だ。
自分の命がもっとも大事な。そして国の命運はもっと大事な。
斎賀とミューナイトはまだ待機中です。




