34.疑惑のネオス
再び、亡命者ユーランディアの話です。
「貴官の姓名と、亡命してきた目的をわたしたちに説明してください」
尋問官ンジャロ・ケレメ中尉は、静かに同じセリフを繰り返した。
尋問されているのは、QR‐Xに乗ってオーストラリア共和国から亡命してきた、ユーランディア空軍少尉である。
対話は埒が明かなかった。
「だから、わたしはオーストラリア共和国空軍リッチモンド基地所属ユーランディア少尉。亡命の目的は、わたしの機体QR‐Xがあなたがたを利すると思ってのことだ……」
亡命してきた14歳のネオス、ユーランディアは必死に訴えかける。
これで何度目か分からなかった。
14歳……といえば、ネオスはほぼ成人の年齢である。
外見は、人間相当で18歳ほど。
オーストラリアでも統合戦線でも、すでに選挙権がある。
だが、精神年齢はどうなのか、とンジャロ・ケレメは思った。
「では、あなたは祖国の利益のことはお考えにならなかったと? ……軍人の使命に反していませんか?」
やわらかに、諭す。
自国の最新鋭機を使って亡命するなど、正気の沙汰ではない。
メカニックが短時間にチェックしたところでも、QR‐Xには、統合戦線では使われていない最新の科学的な装備が組み込まれていた。
哨戒機……と言うべきなのだろうが、それよりは戦闘機のような電子戦機に近かった。
オーストラリア空軍では、これをなんのために開発したのだろう? と、ケレメ中尉は考えた。
……
「あなたはこの戦争をどう思っていますか? 少尉」
とととん、とケレメ中尉が机を叩いてみせる。
「この戦いは……正しくない。早々に終わらせるべきだ」
と、ユーランディア少尉。
「この15年間、人類とジェマナイは戦っています。あなたはネオスだ。ジェマナイ側には多くのネオスがいる」
ンジャロ・ケレメは冷静だった。
ユーランディアのチープな理想主義に惑わされることはない。
「わたしを……スパイだと疑っているのか?」
「亡命者は、ひと通り疑われるものです。幸せに人生を全うする人間は少ない。……ネオスも」
ケレメ中尉は、ユーランディアを子供のように感じているのかもしれなかった。
彼は、ネオス嫌悪主義者ではなかったが、どこか口調に冷たいところがあった。
同僚の間では、「山の法官」というあだ名で呼ばれている。
「わたしたちは……オーストラリアのネオスは、『コスメス』と呼ばれている。あなたは、その呼称の由来を知っているか?」
ユーランディアは、声を一段高くして尋ねた。
「知っています。『コスメス』とは、『人間が化粧をしたようなもの』という意味での、ネオスに対する蔑称です。わが国の科学人類学者たちは認めていない」
やはり、ケレメ中尉は冷静だ。
「それが、オーストラリアではまかり通っているのだ!」
「あなたは、それが不満だったと? ネオスの権利を認めてほしい。統合戦線でなら、その権利が得られると?」
核心に触れたかもしれない、という口調で、ケレメ中尉は尋ねた。
そばに立っている副官が、ユーランディアの瞳にライトを当てた。
ケレメ中尉は、ただ書類の束にそえたボールペンを、かるく手でもてあそんでいる。
「違う! あなたはこの戦争のことを言った。ジェマナイとの戦争のことを……」
と、ユーランディア。
「同じ話なのです。少尉、あなたはあなたの国の軍の最新鋭機を駆って、わが国に亡命した。それがわが国にとって利益になると思いますか?」
それは正論であり、ユーランディアにとっては痛いところだった。
亡命を決めたあの時……ユーランディアは、すこし意識が薄れているところがあった。
それが、QR‐Xに乗っていた高揚感によるものなのか、敵の脅威を目の当たりにしてのものなのかは、彼には分からなかった。
いずれにしても、統合戦線にはQR‐Xが必要だ、という信念が彼をつらぬいていた。
いつからかは……分からなかったが。
「短期的には、損益だろう。ジェマナイににらまれる。しかし、長期的には……」
「長期的な利益になる? QR‐X1機でですか?」
突き放すように、ケレメ中尉は尋ねる。
「それは、ライジングアースも同じだ!!」
「どこでその名前を? あなたはやはり……」
「違う! わたしはスパイじゃない!」
ユーランディアの声は、うつろに尋問室のなかに木霊した。
──
尋問室の外では、黄昏が静かに降りていた。
「知ってる? あのネオス……統合戦線の味方をしにきたと言っているらしいわよ?」
空軍本部の休憩室で、斎賀にコーヒーを手渡しながら、シエスタが言った。
斎賀は、むすっとした表情で、それを受け取る。
どうやら空軍の制服も板についてきたようだったが、話しぶりは違った。
「俺に専門外のことを聞かないでくれ、シエスタ? 俺の専門はハッキングとクラッキング……」
という斎賀に、シエスタは、
「そんなふうにごねてばかりいると、ミューナイトにも嫌われちゃうわよ?」
「俺はべつに……あいつはパートナーだが、あくまでも作戦上のパートナー……」
と、熱くなって答える。
しかし、その反論が空回りであることは、斎賀にも十分に自覚できた。
コーヒーの紙コップが熱い。
ミューナイトはバディである。
単に、作戦をともにする、そういう間柄ではない。
命をわけあう相手なのである。
「しかし、この時期にオーストラリアから亡命か」
斎賀は、いくぶんクールになって呟いた。
「ええ。たしかにヤバイわね」
──シエスタ。
「ジェマナイが黙っているわけがない。外交的な発表はあったのか?」
「まだないらしいわ。あれば、テレビのニュースでやるでしょう?」
「だな」
斎賀は、まだ自分は情報軍時代の癖が抜けきっていないのかもしれないと思った。
──ヤバイことには手を出さない。もしも出すなら、徹底的に出す。
そんな教訓を、斎賀は上官から教わっていた。
今この時、ジェマナイが本格的な攻勢をかけてきたら、本当にまずい。
しかし、そんなインシデントが戦況を打開する決定的な機会になるかもしれない……とも、斎賀は思った。
それは、軍が犠牲をいとわず、全面的な反攻をジェマナイに対して行うなら、ということを意味していた。
それは、斎賀自身にも認めがたい考えだった。
(俺はたぶん、ミューナイトといっしょにライジングアースに乗って、最前線に立つことになるんだな……)
そのことを斎賀は覚悟した。
そして、そのことを自覚したときに、なにかシエスタに伝えておかなければいけないことがあるような気がした。
彼女のほうを、ふと見る。
シエスタも、こちらを見つめている。
しかし、今自分の気持ちのどこをどうさらっても、シエスタにどう言えばいいのか、という答えは出てこなかった。
(俺は……野暮だな)
斎賀は、自分自身の心に毒づいた。
そして、そんな斎賀をシエスタはただにこやかに見つめていた。
次回からいよいよジェマナイとの戦闘が始まります!




