30.シエスタと斎賀(2)
シエスタと斎賀の交流その2です。
地下鉄の駅を出ると、緑が広がっていた。
しかし、欅のように丈高い樹木ではなく、スズカケの低い並木である。
アルスレーテの街が作られたとき、このグリーンロードは一番先に整備されたそうだが、今もどこか懐かしい雰囲気を保っている。
パリで言えば、モンパルナスといったところだろうか?
市場やアパートなどが、雑然と林立している。
斎賀は、ほうっと息をついた。
アフリカに来てからこちら、このような場所に来たことは、斎賀はほとんどと言っていいほどなかった。
見るからに「平和」という雰囲気の街である。
「グリーンロード」という名がふさわしいと、斎賀は思った。
ミューナイトも連れて来ればよかったな、とは斎賀が後で思った感想である。
シエスタは、繁華街を離れて市場の屋台が立ち並ぶ一角へと、斎賀を案内した。
「あとで、ここの屋台でおでんでも食べて帰ろう、サイガ」
細い路地を、人並みをぬって進みながら、シエスタが言う。
斎賀は、彼女から引き離されまいと懸命だ。
「おでん? 知っているのか?」
「知っているよ。アルスレーテ空軍のなかでは、日本食がひそかなブームだからね?」
シエスタが笑う。しかし、斎賀は……
「日本は……今は到達不可能極になっちまったが」
「到達不可能極か。昔は、南極なんかがそう呼ばれたんだよ……」
「南極は、今もだろう?」
「どうだろう。ジェマナイにとってはそうじゃないのかもしれない」
シエスタが、考え深げに答えを返した。
その慎重さは、軍人ゆえのものだろう、と斎賀は思う。
そして、答えに窮している自分を見つけた。
敗戦間際の日本から亡命してきた「哀れな自分」、という卑屈な自己認識をおもわず見つめてしまった。
シエスタに、そんな自分の醜さを見せるわけにはいかなかった。
──
斎賀とシエスタとは、シエスタが予約をかけておいたという、日本料理店に到着した。
そのレストランの名前は、「梅の花亭」というものだった。
漢字で、入り口にその名前が堂々と書かれている。
斎賀は、「ほうっ」と思った。
こんな日本から見れば最果ての場所で、日本文化が息づいている、ということが誇らしくもあったし、なにか切なげでもあった。
今は、ジェマナイの圧政の元に敷かれている日本人。
その魂を、斎賀は見たような気がしたのだ。
しかし、シエスタのほうは、同僚の日本人をなじみのある場所に連れてきた、という意識しかないようだった。
いや……その心の奥底は斎賀にも測りようがなかったが。
人が通り抜けるのもやっと、というような通りを抜けてきたわりには、その日本料理店は大通りに面していた。
そのことが、この地区の区画整理が何度も行われたことを示していた。
アルスレーテとは、ジェマナイとの戦争が勃発して以降、急激に発展した都市なのである。
「梅の花亭」の座席は、畳ではなく、テーブルだった。
そのことに、斎賀はむしろほっとした。
窓際の席に、シエスタとともに座る。
外では、朗らかな日差しが午後の静けさとともに降っている。
注文した料理を待っている間、斎賀はシエスタに尋ねた。
「シエスタはイスラムなのか?」
それに対するシエスタの答えは、深く迷っているようだった。
「どうかなあ? 子供のころはそうだったけれど……今は、神というものを自分が信じているのかどうか」
「戦争をしていれば、誰でもそうなるよな」
斎賀は、考えたうえで言葉を発した。
「日本人は、神を信じないんだろう? 斎賀はどうだ?」
「俺か? 俺は……」
と、口を開いたものの、斎賀は自分のなかにはっきりとした答えがないのを感じた。
神を信じていないのか──と言えば、嘘になる。
任務中、ずっと自分は神に祈っている。
どこかで、幸運や救いを期待している、
それは、果たして宗教的な感情ではないのだろうか? と、斎賀は迷った。
それは、どう考えても答えの出ない問いのように、斎賀は思う。
そして、今さっき自分のした質問は失敗だったと感じた。
「話題を変えよう、シエスタ……」
おもはゆく、言う。
「わたしもそのほうが良いと思う」
とは、シエスタ。
……どうしても、任務前の軍人というものは、物事を真剣に考えすぎるきらいがあるようだった。
その時だった。
窓の外で、太鼓のような大きな音が鳴り響いた。
最初、斎賀はそれを祭囃子かなにかだと思い間違った。
しかし……それは違っていた。
レストランの窓の外を、群衆が行進していく。
その手に掲げられているのは──
『戦争反対!』
『ジェマナイとの和平を!』
『我々は戦死者を望んでいない!』
そんなプラカードだった。
斎賀はあっけにとられた。
それは、事前に予想できたこととは言え、早すぎた。
斎賀は、目の前の戦争の目的よりも、結果のことを考えていたのである。
群衆は、匿名で形成された市民団体のようだった。
誰もがマスクをしており、素顔を見せていない。
(勝手なことを言う)──と、斎賀は思った。
シエスタの胸に去来しているのも、同様の感想のようだった。
群衆は、ときおり太鼓を打ち鳴らし、大声で叫びながら、通り過ぎていく。
その間、15分ほどだったろうか。
群衆が通りすぎてしまうと、シエスタが(やれやれ)と言った調子でつぶやいた。
「戦争は、みんな嫌いなんだよね……」
「だからと言って?」
と、不満げに言う。
「統合戦線が敵のビッグマンを奪ったことは、もう皆に知れ渡ってしまった。その兵器の威力というものが、国民は心配なんだろう」
シエスタが現実的な分析をした。
「それを奪ったのは……俺だ。今のデモは、まるで俺に対してのもののように思える」
「その感覚は正常だよ、サイガ。だからこそ、わたしたちは理性を失っちゃいけない」
「そう、だよな……」
斎賀が見る影もなく消沈しているのを見て、シエスタも胸を痛めた。
シエスタにも、人間的な情感はあった。
それは、日本人であるからとか、白系アフリカ人であるから、とかいったものではなかったろう。
斎賀にとって、ライジングアースの奪取は生死を賭した任務だった。
シエスタは、そのことを知っている。
自分も死ぬ目に遭ったのだ。
分からないはずがない。
忘れられるはずがない。
それに対して、今のデモはあまりにも無慈悲であると、シエスタは思っていた。
しかし、それは真実彼女たちが立ち向かわなければいけないもう一つの戦いでもあった。
「サイガ、食べよう。もう料理が来たよ」
シエスタが、静かに言った。
次も続きのエピソードになります。




