3.ヴォルガ襲来
いよいよ敵襲来です。
「ちっ、血が出たよ」
苦々しい声がコックピットのなかに響いた。
声の主は、ジェマナイの戦術特務二将であるヴォルガである。
ヴォルガは、2日前にジェマナイの戦略特務基地であるクラスノヤルスクから、ジェマナイ本体のあるトムスクへとやってきた。
……その気分も抜けきらないまま、この特殊監視警戒である。
搭乗機であるビッグマン「ヴォルグラス」のコックピットは広い。
ゆうゆうと足を広げても、壁に突き当たることはないのだが、これは、任務中にしてはいささか規律を離れた態度だろう。
子ルーチンのなかでも、ヴォルガの戦績は突出している。
5歳にしてパリを砂漠化し、7歳時点では、ロンドンの包囲攻撃にも参加していた。
それだからか、ヴォルガのあだ名は「ファイター」。武人の心を幼いころから培ってきた。
しかし、性格は粗暴で自信過剰なところがある。
この特殊監視警戒は、モスクワに潜入した二体の人間とネオスと思われる個体を追跡し、その目的を明らかにせよ、というものだったのだが、ヴォルガはその指令を鼻で笑っていた。
(人間の思惑など、たかが知れている。シベリア各地に点在するラーゲリから、目星をつけた科学者でもさらおうとしているのだろう……それにビッグマンを出撃させるなど、笑止である。ビッグマンは都市破壊にこそふさわしい。次の目標は、アレキサンドリアか、ナイロビか? まさか、キリマンジャロを標的にはしないであろうけど?)
ヴォルガはモニタに映る光の明滅に目をとめた。
ビッグマンのAIから得られる情報など、ジェマナイ直下のAIネットから流れ込んでくる情報に比べたら、たかが知れている。
ヴォルガは、自分のAI脳と、ビッグマンのシステム・ブレインとを感じ比べた。
システム・ブレインはそれなりに有能だが、ビッグマンのシステム自体と直結しているため、ジェマナイ直下のマザールーティーンとは独立した機構を持っている。
それが、ヴォルガにとっては苦々しい。
いいかげん、ジェマナイはビッグマンを自分のメイン・システムに取り込んでしまえば良いのではないか。と思っている。
それに、スモールマンもだ。
(「スモールマン」とは、ジェマナイやそれに所属している子ルーチンたちが、人間を呼ぶときの蔑称である)
「ジェマナイは、なぜスモールマンを独立した機構として残しておくのだろう? 早々に同化してしまえば良いのだ!」
何度目かのモニタの明滅とともに、ヴォルガは吐き捨てた。
もうすぐ、モスクワの上空である。
──
斎賀は、ミューナイトを隣の座席に座らせながら、じっとノクティルカを待っていた。
しかし、気づまりな時間に辟易したのか、ミューナイトを相手にしゃべり始めた。
「エカテリングブルクとクラスノヤルスクにはビッグマンの大部隊が駐留している。2カ月前にもクウェートへの攻撃があったのは、お前も知っての通りだ」
「ええ。知ってる。わたしのデータベースにあるわ」
「それは当たり前だ。お前は、自分の記憶を俺にさらさなくってもいい。で、今回の目標なんだが……
「目標って?」
だが、斎賀は言いよどんだ。
ミューナイトはネオスだ。敵の子ルーチンから思考を盗聴されるおそれがある。
ミューナイトの心理防壁は完璧だと、ドクターからも知らされていたが、斎賀はそれでも心配になる。
(ミューナイトの内面にアーカイブとしてとどまっているうちはいい。だが、思考が表面化したら、それは敵だけでなくサテライト群にも知られる恐れがある。それはなんとしても避けたい。統合戦線には、ミューよりもセキュリティーの甘いネオスは山ほどいるのだから……)
「いや。いいんだ。ジェマナイの本拠地はトムスクだが、そこにはほとんど部隊が駐留していない。不思議なことだが?」
「不思議でもない。ジェマナイは、サーバー自体が巨大な核施設でおおわれている。攻撃したら……ただ自爆するだけ。それも地球を巻き込んで……」
「そうだな。ジェマナイが核を使わないのが不思議だ。粒子気化兵器も不安だが……まだ、俺たちには猶予がある」
「猶予……」
ミューがぽつりと繰り返した。
「それで、目的地ってどこなの?」
「お前は知らなくていい」
「教えてくれないの?」
「ジェマナイや子ルーチンのハッキングが怖い。ビッグマンに搭載されている戦術AIですら、ハッキング能力は相当なものだ」
「統合戦線の科学は、ジェマナイに比べて遅れている?」
ミューナイトが首を傾げた。
しかし、斎賀は答えない。心のなかでは、こんなふうに考えていた。
(いや。統合戦線の科学は先鋭的だ。一部ではジェマナイを上回るだろう。俺にはそれが心配なんだが……)
「もうすぐノクティルカが到着する。イングレスαの護衛付きだそうだが……、輸送機が戦闘機に振り落とされたら、皮肉だな?」
「振り落とされるって?」
「ああ。引き離されて、置いていかれることだ。理解できたか?」
「理解できてる。サイガの言葉はいつもハッキリしているから……」
「文法的ってことだな」
「そうでもない。斎賀の言葉には詩情もある……わたしはそれを美しいと思う」
「ふ。AIに美観があるとはな」
「AIにも審美眼はある。ただ、表現としてそれを表に表さないだけ……」
「戦術以外の話は、今はするな。心理防壁がゆらぐと、後々厄介だ」
斎賀は、すこし冷たくミューナイトを突き放した。
と──そのときだった。
ミューナイトの目が赤く光る。内部の、心理ホログラムを投影しているのだろう……
「来た。ノクティルカと……敵もいる。イングレスはどこだろう?」
「イングレスは味方にも見えないからな。やつらのステルスは完璧だ」
「わたしに読み取れないなんて……」
「ネオスにも限界はある。今は、ここから脱出することに全神経を集中しろ?」
「わかりました。了解……サイガ」
ノクティルカは小型のステルス・対AI電子戦に特化した輸送機。足はそれなりに早く、戦闘機よりやや遅いスピードで飛行します。




