29.シエスタと斎賀(1)
再び日常回。シエスタに焦点をあてます。
辞令がくだり、斎賀は正式に統合軍空軍の所属となった。
それまでは、情報軍から空軍への出向という形をとっていたが、これはジェマナイがいつ攻撃をしかけてくるか分からない、という状況ではしかたのないことだった。
空軍に異動になってから3日目に、斎賀は休暇を取得した。
これは「今のうちに休んでおこう」ということで、上からの許可もなんなく下りた。
(やつら、これからは俺をこき使うつもりなんだよな? もう、休みはないかもな?)
斎賀は、新たに移ってきた空軍の宿舎で荷物を整理しながら、そんなことを考えていた……。
そんなところに、ひょんなことでシエスタが顔を出す。
いや、これは彼女にしてみれば「ひょんなこと」ではなかった。
シエスタは斎賀が休暇を取ると聞き、同じ日に休暇を申請したのである。
この臨戦態勢で、兵士が休暇を取ることは簡単ではない。
ミューナイトが最初に、ついで斎賀とシエスタが休暇を取ったことになる。
斎賀については、空軍への異動手続きが順調に進んでから、ということになった。
「おはようシンイチ!」
と、シエスタは声をかけた。
斎賀は、荷物を整理する手を止めて、彼女に答える。
「なんだ、そのシンイチって? サイガじゃなかったのか?」
斎賀は、手にもっていたパンフレットをパタパタと振った。
「なんだよ。日本人はファミリーネームで呼ばないといけない決まりでもあるのか? シンイチで良いじゃないか?」
「なんだか、親しすぎる気がするんだ」
斎賀は不満を言う。
「軍隊だぜ? みんなファースト・ネームで呼ぶ。サイガは、そんなに日本気分が抜けていないの?」
シエスタは、まっすぐにこちらを見つめてくる。
斎賀は、その視線がどこかまぶしいようにも思えた。
「そんなことはないが……」
「日本から亡命してきて、何年になる?」
「5年、いや6年か……」
大学を卒業してすぐ、進路を決めるのと同時に、斎賀は統合戦線アフリカ機構に亡命してきた。
そのころは、まだ日本はジェマナイの管理下にはなっていなかった。
あちこちで戦線が激化していたが……斎賀は、故郷を見捨ててきた、と言うこともできる。今、日本の状況は分からない。
シエスタは、すこし斎賀を気遣うような視線を見せた。
「ずいぶん出世が早いな?」
「技官コースだったからな。人手が不足していた」
「謙遜だろう?」
「謙遜だ。実際は、俺が優秀だった。……いや、こんな冗談を言う性格じゃないんだぜ、俺は?」
斎賀は、ほがらかに冗談を言う。
「分かってる」
「お前のせいだ」
言って、斎賀は笑った。
「休みなんだろう? いっしょにどこかへ行かないか? わたしも休みを取った」
シエスタが、なにか思惑ありげに言う。
「それはそれは。俺にご執心?」
と、斎賀。
「お前、そんなにモテるやつでもないだろう? サイガ! あっはは!」
シエスタは腹をかかえて笑った。
斎賀は、多少むっとする。でも……悪い気分ではなかった。
こういう冗談を言い合える相手がいると、目の前にある恐ろしい戦争というものが、耐え難いものではないように感じられる。
「で、どこへ行くんだ?」
「アルスレーテの街で一番うまい日本料理のレストランがある。そこへ行こう」
「了解。それで決まった」
それは、大人と大人との会話だった。
ミューナイトと話すのとは違う安心感を、斎賀は感じた。
そう感じたところで、ふたたび(ミューナイトは本当に子供なのか?)という思いが、脳裏をかすめた。
しかし、それを今考えたところで仕方がなかった。
たぶん、シエスタは今後の作戦のことを話すのだろう。
ライジングアースがどう動いたら、自分はどう動く……そんな話をしてくるに違いなかった。
そんな話はミューナイトに言ったほうが早い、と斎賀は思ったが、シエスタの気もちもなんとなく分かるのだった。
(シエスタもまた、ネオスを警戒しているのだろうか……?)
「そうと決まったら、早く準備してくれよ? サイガ?」
「わかった、わかった」
斎賀は、あわてて手にもっていたパンフレットや資料を片付けた。
──
アルスレーテの空軍基地の目の前には、地下鉄の駅がある。
その名も「空軍前」……安直な名前だ。
その駅名を見るたびに、斎賀は噴き出しそうになる。
しかし、シエスタはうきうきとした表情で駅構内へと降りていった。
ジーンズのお尻がセクシーだ。ただ、トップスは女性らしい薄手のものを着ている。
「亡霊女神」というあだ名が、一瞬不釣り合いなようにも思ったが、しかし日本には「雪女」というお化けもいる。
……そう考えると、斎賀は妙に納得するのだった。
「シエスタは、アフリカにやってきたのはいつなんだ?」
移動する地下鉄のなかで、斎賀はシエスタに尋ねた。
「うん? ジェマナイとの戦争が始まる前だよ? もとはフランスに住んでいた。両親がもともと北アフリカの出身なんだ」
「そっか、白系アフリカ人というわけだな?」
「そう。アルジェリアだ。フランスとはさんざんもめた国。両親も、なにかフランスに住んで違和感があったのかもしれない」
シエスタが、顎に指をあてる。
「それで、アフリカに舞い戻り?」
「いや……そうでもないんだ」
と、シエスタは口ごもった。
そこには、何か複雑な事情がありそうだった。
数分間黙りあう間、斎賀はそのことを考え続けた。
シエスタは話さなかった。
斎賀も、それ以上聞くことは控えた。
ジェマナイとの戦争がなくても、人類同士で膨大な戦争の歴史を重ねてきた。
だから、今この状況が特別なわけではない。
過去には、50年、100年と戦争を続けた過去もある。
そこで第三世界だったアフリカが、現在のもっとも進んだ地域であるというのは、歴史の皮肉でもあり真実でもあった。
20分ほど電車に揺られたところで、
「ここで降りるよ?」
と、シエスタが言った。
そこは、グリーンロードという街区にある駅だった。
「ずいぶん乗ったな?」
「まあ、アルスレーテの地下鉄は足が遅いから」
シエスタは、フランスに住んでいた子供のころ、RER(イル・ド・フランス地域圏急行)によく乗っていたから、アルスレーテの地下鉄はやや速度が遅く感じられるらしかった。
そんなたわいもない話をしながら、斎賀とシエスタとはアルスレーテの繁華街へと階段を上がっていった……
斎賀の「らしさ」もやっと出てきましたね。次章に続きます。




