28.動作実験
地味な章です。
「ふう。神々しいわね……あれをわたしたちが守るのか」
シエスタ・アレーテは、空軍の管制室でそう呟いた。
視線の先には、滑走路にライジングアースが屹立している。
傍らには、ボワテ大佐の姿もある。
シエスタは、すでにバグダッド基地からアルスレーテ基地への移動を済ませていた。
ノクティルカ護衛の任務で作戦をともにした、チーム・アマリへと配属になったのである。
当の作戦で、チーム・アマリはイングレスα5機を失っていた。
ボワテ大佐はシエスタに声をかける。
「どうかね? 協働作戦はうまくいくと思うかね? いや、うまく行ってもらわなくては困るが……」
今更……という口調ではある。
「それに心配はないと思います。わたしのイングレスαは敵ビッグマンとの交戦経験も何度かありますし、あれが飛行形態になったときの軌道については、ある程度予測ができます。地上での活動であれば、わたしたちは上空から支援するだけですし……」
と、シエスタは答える。
ボワテ大佐は、
「そうだな。無用なことを聞いた。君がビッグマンを見て驚くとも思わなかったが、一応確かめたかった」
と。
「科学軍では、『ロボ』と呼称しているようですが?」
シエスタが、ふとした疑問を口にした。
「そうだ。我々はあれを『ロボ』と呼んでいる。愛称のようなものだが、『ビッグマン』のままではいささかまずい……」
「そうですね。わたしもそう思います」
納得して、そう答えた。
ボワテ大佐とシエスタの会話は短かった。
それが初対面でもなかったが、ややシエスタの会話はぎこちない。
緊張……というのでもなかったが、明らかに何かを遠慮していた。
「明日の動作実験では、君にもともに飛んでもらう」
「了解!」
シエスタはボワテ大佐に敬礼した。
──
コックピットのなかでは、斎賀がごねていた。
「動作実験は分かる。毎日だというのも分かる。しかし、なんでこんなに単調なんだ?」
実験がつまらないものだと言っているのではない。ただ、単調なのである。
「一昨日は、人型形態のままで何フィートまでジャンプできるか、それを検査した。昨日は、ロケットパンチが何マイルの範囲で到達するか……それって、俺たちじゃなくってもできるだろう? しかも、何度もだ」
「黙って、サイガ。動作実験といっても、気が散るのは困る」
「悪かったよ……やってくれ」
ミューナイトの苦言に、斎賀はしぶしぶ応じる。
むすっとして、ヘッドアップ・ディスプレイ内の表示を見つめた。
ライジングアースは次々に情報を送ってくるが、戦闘機の操縦経験のない斎賀には、よく分からない情報も多い。
エレーヌ・ムバラに分厚いマニュアルを渡されたが、まだ半分も読み切れていない。
「サイガ。実戦よりましだ。わたしは実戦のほうが嫌だ」
「それは、俺もだよ」
コックピット内は自動的に与圧されるようで、戦闘機パイロットのような与圧服は必要なかった。
しかし、斎賀は新しい制服を至急された。それを着ろ、というのである。
今までは私服同然の格好で過ごしていたため、どうにもおさまりが悪い。
それも……斎賀の不機嫌の理由の一つだった。
「ミューナイト、次はなんだ?」
斎賀は、今は「ミュー」とは呼ばなかった。
ミューナイトには、それがすこし不満でもあり、逆にほっとしてもいる。
思念通信で、こう伝えた。
(飛行形態に変形しての、離陸試験)
(なるほど。お前ならお手の物だな……)
と、パイロット経験のあるミューナイトに対して、皮肉なのか褒めているのか分からないようなことを伝える。
(サイガ、油断しないでほしい。わたしもライジングアースを操縦し始めて、1週間しか経っていない)
(1週間も、に俺は感じる)
(上からは40回は繰り返してくれ、と言われているけれど、わたしは100回は試さないと不安だ)
(それじゃあ、今週が終わっちまう!)
(そんなことにはならない……さすがに)
今度は、ミューナイトはすこしふてくされたようだ。
斎賀には、ミューナイトの自信と不安とが同時に伝わってきた……
(いや。問題ない。お前の気が済むまでやってくれ)
(了解だ、サイガ)
──
空軍のブリーフィングルームにて。
長いテーブルの一番端には、空軍准将のクワメ・オバデレと、その作戦参謀、秘書が座っていた。
そこに同席しているダグラス・ボワテは、いささか緊張している。
さきほどシエスタと話していたときのような砕けた口調は、影をひそめている。
話題は、当然ながらライジングアースとジェマナイの動向のことだった。
「ジェマナイは、統合政体ロシア・アジア共栄圏として、都合3度我々に抗議してきている。1度目はテレビ会見で、その後の2度は文書でだ。どの声明でも、わが軍の行為を『テロ』だとし、即時のビッグマン……ロボの返還を求めるというものになっている」
と、クワメ・オバデレが厳粛な調子で言う。
「テロ……とは、予想通りでしたが、しかし、まるで我々が新たに宣戦布告でもしたかのようですね?」
「その通り。これは、ジェマナイにとっては宣戦布告と同じようなものだろう」
「15年も戦争をしてきているのに、ですか?」
ダグラス・ボワテは疑問を口にした。
「我々にとっては13年だ。しかも、この13年間は、ヨーロッパとアメリカが滅んで、なし崩し的に戦っているに過ぎない。和平交渉は何度も開かれてきたが、そのたびに決裂している」
「政治のことは分かりませんが……」
と、ダグラス・ボワテは一度息をつく。
「我々としては、奪取してきたロボを活用する以外にないのでは?」
正当なことを言う。
もちろん、それもオバデレにとっては織り込み済みだろう。
「その通りだ。君たちには、イングレス部隊の再編制ともども、至急行動してもらいたい」
「わかりました」
クワメ・オバデレは、見るからに威風堂々という体躯で、がっしりとした肩がいかめしく見えた。
軍務能力に長け、作戦のためならば味方の犠牲もいとわない、ということは皆に知られていた。
しかし、その思いの底には何があるのか、めったに人には見せないと思われている。
現場感覚に乏しいという批判もあったが、タカ派の急先鋒として、軍内で一定の人望を保っていた。
……クワメ・オバデレは、礼節を保ってダグラス・ボワテに接していた。
自分が空軍准将だからと言って、部下を見下すということはない。
ただ、そのどこかに油断のならない策略が潜んでいるということを、ボワテは見逃さずにいた。
ビッグマン1機で何ができるのか、とボワテは思ったが、オバデレ准将は例の洗脳兵器とやらに大きな期待をかけているのかもしれなかった……
「最善を尽くします!」
「そうしてくれたまえ」
2人の会話は、そうした言葉で終わった。
ジェマナイ側では巨大ロボットを「ビッグマン」、統合戦線側では「ロボ」と呼んでいます。ちなみに、「ビッグマン」というのはジェマナイ(統合意識体)が「巨大ロボットは人間を大きくしたようなもの」「人間もビッグマンとさほど変わらないもの」と認識しているためです。




