25.呼び出し
今度は斎賀視点です。
斎賀は、空軍第1大隊のブリーフィンフ・ルームに召集されていた。
そこには、何人かの空軍士官と、例の科学士官のエレーヌ・ムバラがいた。
そして、斎賀たちのこれからの上司となるダグラス・ボワテ大佐も同席している。
これから何が話し合われるのか、斎賀は知らされていなかったが、大方の予想はついていた。
ライジングアースの分析と、ミューナイトとの相性のことだろう。
彼女を意図的に外した理由はなんだろう……と、斎賀はいぶかった。
あるいは、ミューナイトの精神の不安定さを考えて、彼女を同席させなかったのかもしれなかった。
ネオスたちは、サテライト群によって常に観測されていると言って良い。
それぞれの個体が、回避プログラムを走らせているとは言え、ハッキングされれば敵に筒抜けになってしまうため、重要な案件はネオスには知らせずにおくことも珍しくない。
斎賀は、サテライト群を直接クラックする方法も知っているが、めったなことでそんなことはできない。
とくに、デバグと自己修復を管轄しているユニット・マーキュリーをクラックすれば、地上から回復コードを送らない限り、サテライト群は沈黙し続ける。
斎賀は、一度作戦でユニット・マーキュリーをクラックしたことがあった。
それは捨て身の作戦で、敵も沈黙した代わりに、味方にも相当の被害が出た。
そのときに行方不明になったネオスが何人もいる……たぶん、敵に捕獲されたのだろう。
サテライト群の存在は、人類にとってもジェマナイにとっても諸刃の剣なのである。
「サイガ・シンイチ……君の名前の発音は、それでよかったね?」
ダグラス・ボワテが切り出した。
「その通りです。日本語の発音がうまいですね?」
「そうでもない。が……ファミリー・ネームが前でいいんだったね?」
「はい。サイガと呼んでください……大佐」
「では、君のことはファミリー・ネームで呼ぼう」
何をもったいぶっているのだろう、と斎賀は思った。
まるで、話したいことをわざと先延ばしにしているかのようだ……
やはり、ミューナイトの精神状態のことが気がかりなのか。
──それとも俺のことか?
「まず、君たちが奪取してきた機体のことだが……」
「はい」
「特殊地上戦機A号と呼称することになった。コールサインは『ライジングアース』だ。君たちが名付けた通りだな」
「特殊地上戦機ですか……」
と、斎賀はオウム返しに尋ねた。
なんとも安直なネーミングだが、それでも悪くはないと思った。
「そして、エレーヌ大尉から聞いていると思うが、君とミューナイトとの相性が問題だ」
「まずいのですか?」
斎賀は、言葉につまった。
「その反対だ。2人の相性はとくに優れている。他の士官たちよりも……」
「そこに心配な点があるのでしょうか? 実際、わたしも多少危惧しているのですが?」
今度は、斎賀は滞りなく言った。
ボワテは、一度エレーヌのほうを見やってから、斎賀に視線を戻した。
机の上のペンを取り上げる。
そして、背後のスクリーンを指してみせた。
そこには、エレーヌのところで見たのと同じようなグラフが表示されている。
今度は、斎賀にもその意味がすこし分かった。
自分とミューナイトとの精神のシンクロ状態が次第に上昇し、そして戦闘後に急激に下降している。人間関数である。
先日のミューナイトとの話し合いで、お互いの信頼関係は取り戻せたはずだと思っていたが……
それでも、やはり「人間関数」というものが具体的に何を表しているのかが分からない。
特殊なサブルーチンか、それとも単なる計算か。
ミューナイトもエレーヌも、それに関する分析はできていないようだ。
「何組ものパイロットとコパイロットとで試したが、『人間関数』という項目の数値が上がらない」
「そのようですね」
斎賀の反応はクールだった。
しかし、ボワテ大佐はそのことを気にしている様子はない。
「そのことに、何かの心当たりがあるかね?」
と、尋ねた。
「分かりません。わたしはむしろネオスを嫌っていますから……」
斎賀が、申し訳なさげに言う。
「では、ミューナイトとの関係は特別だと?」
「いえ。彼女に特別な思い入れはありません。ただ……」
「ただ、何かね?」
「ミューナイトは、妹を失ったときの年齢と一緒なのです。妹が死んだとき、彼女は15歳でした。それが、なんらかのフラッシュバックをわたしに引き起こしていた可能性を、自分は考えています」
斎賀は、自分に説明できる限りのことをボワテ大佐に伝えた。
ボワテ大佐は、顎に手をあてて考え込むようにしている。
(実際あのとき、俺は特別な何かを感じていた。それが、ミューナイトに対する共感なのか、妹に対する愛惜なのかは分からないが……)
斎賀は、ミューナイトに死んだ妹の面影を重ね合わせてしまっているのかもしれなかった。
それが、ライジングアースのメインコアに「人間関数」として伝わる。
それが、ライジングアースの「ユーマナイズ」という武器の引き金になった可能性はある。
しかし、あのときのユーマナイズは不完全だった。
敵を完全に無力化することはできず、パイロットを死なせてしまった。
としたら、ミューナイトとの交感も完全ではなかったのではないか?
(俺はどうしたらいいんだ?)
斎賀は、冷静な心のうちでも思い悩む。
そのことを、ボワテ大佐に伝えるべきかどうかを迷った。自分自身は迷いは、私的な事柄に思われたからだ。
が。それよりも先にエレーヌが口を開いた。
ここまで彼女が黙っていたのが不思議なくらいだったが……
「あなたは、ミューナイトを妹と同一視しているの? 危険なことのように思うけれど」
「そんなことはありません。ミューナイトは戦術上のパートナーです。それ以上ではありません。それに、彼女とはロンドンで知り合ったばかりで……」
斎賀の口調は重かった。ミューナイトとのことで、あまり変な探りを入れられたくない。
だが、ボワテ大佐が割って入ってくれた。
「サイガに私情はあるまい。わたしはサイガの共感能力が優れているのだと思う……それが、ミューナイトに伝わったのだろう」
「そんな? わたしは特別ではありませんよ?」
斎賀は謙遜する。当然のことだった。こんなところで自分をアピールしても仕方がない。
むしろ、目立たないように、平凡であるように努めるべきだった。
「いずれにしても、わたしは君たちをライジングアースの正式なパイロットとして採用する。そのことについて、覚悟しておいてくれたまえ。あの兵器が洗脳兵器であり、大量破壊兵器の可能性もあるということを、よく覚えておきたまえ」
「分かりました、大佐」
それからどんな対話が続いたのか、斎賀はよく覚えていない。
ただ、ミューナイトを周りの人間やネオスと同じように見てはいけないのだ、ということは重々自覚していた。
ミューナイトは、斎賀のこれからのバディなのである。
「地上戦機」のネーミングの由来書いてますけれど、無理矢理です(笑)。




