23.友情
斎賀とミューナイトとの友情です。ミューナイトもいろいろぐるぐると考えています。
「なんにしても、あなたがミューナイトのパートナーとして、今後は任務に従事しなくてはいけないのよ?」
最後にエレーヌは言った。
斎賀は無言だった。
研究棟を出て、空軍の宿舎へと向かう。
ミューナイトは、空軍宿舎のC‐14棟に一人で暮らしていた。
守衛に訪問の意図を告げて、宿舎内部へと入っていく。
夜の訪問……いささか不審に思われるきらいはなくはないが、どうしても今日中に話しておかなくてはならないだろう。
斎賀は、インターフォンのボタンを押した。
ネオスの暮らしは、人間とほぼ変わらない。
月に1度のマインド・メンテナンスを除けば、普通に料理をし、普通に食事をし、普通に風呂に入った。
斎賀は今27歳である。
15歳の少女(外見年齢は人間相当で16歳)の一人暮らしの部屋を訪ねていく、ということが気が咎めなくもなかった。
(明日にしてもいい)
斎賀は、ドアの前で改めて思った。
しばらくの間があった。
(このまま帰ってしまおう)
と、斎賀はやはり思う。
その時だった。ロックの外れる音がして、ドアが開いた。
そこに、ネオスの少女が立っている。ミューナイトだった。
スウェットにTシャツ姿だった。
ミューナイトは見るからに悄然としているかと思いきや、思いのほかさっぱりとした表情をしていた。
しかし、来客が斎賀だと分かると、明らかに顔をしかめた。
それを……不快だと斎賀は思った。
「出ないか? 夜這いだと思われたらまずい」
斎賀が、調子を取り戻そうとおどけた口調で言う。
「そんなの……あるはずないでしょ?」
ミューナイトは、ぶっきらぼうに答えた。
(あなたはネオスを嫌っている……)
斎賀は、ミューナイトが心のなかでそんなことを思っていると感じた。
それは、半ばは当たっていた。
でも、ミューナイトはそれを口にはしなかった。
人間でいえば20歳相当の分別をもっているのである。
──
空軍宿舎の中庭はひっそりとしていた。
しかし、時折気合を入れるような隊員の声が飛んでくる。
「やーっ!」とか、「とーうっ!」と言っている。
まだまだ熱い年頃の兵士がいるんだな、と斎賀は思った。
彼自身は、もう30歳も近づいてそろそろ分別のほうが感受性よりも勝ってくる年齢だった。
しかし、この問題はやっかいだった。
情報軍の技術工作技官の自分が空軍に異動となり、ミューナイトの同僚となる。
斎賀は、ここまでずっと持ってきた地図をくしゃりと拳のなかで握りつぶした。
「なんかお偉いさん、とんでもない人事を考えついたんだな……」
つとめて明るい調子で言う。
「立ってる者は親でも使え、っていうことなんでしょう?」
ミューナイトは古い日本語のことわざで返した。
斎賀はたしかに優秀だった。
ワルシャワにある敵の前線基地をクラックして、撤退に追い込んだこともある。
ミューナイトも、彼のそうした経歴は知っていた。
ミューナイトはまた、戦闘前に死んだ潜入工作員のマリアのことを思い出していた。
そして、顔を曇らせた。
斎賀は、ミューナイトに「ベンチに腰かけよう」と言った。
手には、さっきコンビニで買ってきたコーヒーを入れた買い物袋をぶら下げている。
「飲むか?」
「飲む」
それは奇妙な会話だった。
ミューナイトは素直なのかと思えば、皮肉を言う。
彼女も、15歳のネオスとして成人している。
空軍では、立派な大人扱いだった。
斎賀は、今まで自分が外見に騙されていたのを感じる。
(こいつは少女じゃない……)
斎賀は不謹慎なことを思い描いた……が、その空想はじきに止んだ。
ミューナイトの口調はきわめて事務的だった。
「サイガ……わたしはあなたをパートナーとして認める。でも……あんなの、戦いじゃない」
ミューナイトは、自殺したアリューシャンのパイロットのネオスのことを言っていた。
(人間でも、20歳そこそこなら、人の自殺は刺激的だろうな)と、斎賀は思いを巡らせる。
では、自分はどうなのか?
その答えは出なかった。
「ちょっと待ってくれ。俺はまだお前をパートナーと認めていない」
と、斎賀。
「なんで? 辞令が下りたんでしょう?」
「辞令が下りるのは明後日だ。それに、断ることもできる」
「わたしは断らないよ?」
ミューナイトがそう言う口調は、決然としていた。
一昨日の悲劇が彼女に何をもたらしたのか、と斎賀は思い迷った。
バグダッドでは、ミューナイトと斎賀とは別々の宿舎だった。
物理的にも近い距離にいたのは、ロンドンからモスクワへの移動の途中と、ムルマンスクで野営した1日だけだった。
その間、斎賀を作戦のバディとしては見ていたが、対等なパートナーとして見てはいなかった。
しかし、その関係は今後変わるかもしれない。
「お前は人を殺したことがあるか?」
と、斎賀は尋ねた。
ミューナイトは顔をしかめる。
答えたくない質問、だと思ったのか、馬鹿馬鹿しい質問、だと思ったのか、斎賀には分からない。
「あるわ。人間じゃなくって、ネオスだけれど……」
ぽつりと、ミューナイトが言う。
「ダマスカスが包囲されたときに、敵の戦闘機を撃墜した。何機も。その後、ダマスカスは敵の手に渡っちゃったけれど……」
「ああ。ダマスカスは結果的に開放されたが、市民は戻らなかった」
「わたし、敵のパイロットにあんな死に方をさせるつもりじゃなかった……」
それは、軍人としてはいかにも不徹底な、ミューナイトの態度のように思われた。
「お前は気にするな。たぶん、あれはライジングアースのユーマナイズが不完全だったんだ。俺のせいだ……」
斎賀は、また過去の出来事を追想した。
斎賀は話題をそらす。
「お前、ジェマナイを、『敵』と言うんだな?」
「そうよ。当たり前じゃない。どうして? ……あなた、わたしを奴らの仲間だと思っているの? AIだから?」
「いや、違う」
斎賀は言いよどんだ。
違わなかった。
斎賀はどこかで、AIとネオスの存在を許せないでいる。
そのことをミューナイトに打ち明けるべきかどうか、迷った。
打ち明けてどうなるものでもない。
俺自身のルサンチマンが解消されるだけだ。
ミューナイトは見た目通りの子供じゃない。成人として扱うべきだ。
それは分かっていた……。
だが、怒りで紅潮しているミューナイトの顔を目にすると、出かかっていた言葉が喉の奥にとどまった。
──10年前のあの日……
ジェマナイは15歳になる俺の妹を殺した。
俺の目の前で。
そのときの光景が、斎賀の心にフラッシュバックした。
(俺はAIを許せない。だが、こいつは……)
普通のネオスとは違う、と斎賀ははっきりと思った。
折れたのは、斎賀のほうだった。
「わかった。俺はお前をパートナーとして認める」
つぶやきは、とぎれとぎれに発語された。
ミューナイトは、見るからに嬉しそうな顔をした。
それが、ネオスとしての職責を全うできるからなのか、人と人として交感が生まれそうであるからなのか、また判断がつかない。
一昨日の悲劇を完全に忘れ去ったわけでもあるまい……
(もう、戦いたくないとは思っていないのだろうか?)
その思いが胸に去来したが、実際にミューナイトに尋ねることはできなかった。
たぶん、彼女にしても答えたくはないだろう。
「お前、かわいくないんだな?」
と、斎賀は笑った。
「人間でいえば、20歳よ?」
ミューナイトのほうも笑顔で答える。
「コーヒー、飲めよ?」
斎賀は、ミューナイトが手に持っている缶コーヒーを、あごでしゃくって示した。
ミューナイトがうなずく。
「ただし、バディとしてだ」
「ただし、バディとしてね」
ミューナイトが、コーヒーを一口口に含んだ。
(軍人同士の会話だ。こんなものでいい……)
と、斎賀は思った。
星空が、降るように彼らのうえに光を放っていた。
斎賀は、自分たちの今後を悲観せず祝福しよう……と、今は考えた。
ミューナイトと斎賀とは、一度の任務を経て、真の友情を持ったのだろうと思われた。
「ライジングアースの人間関数の数値も上がるかもしれないな……」
斎賀は、乾いた声で言った。
「俺たちの」とは、言わなかった。
ミューナイトは15歳なんですが、ネオスなのですでに成人しています。だいたい14歳くらいから、ネオスは大人だとみなされるようになります。




