22.政治
まあ、こういう話もありでしょう。
薄暗い部屋のなかには、統合軍の長官、統合戦線アフリカ機構の大統領、科学教育相、経済財務相、宗教団体アド・ルーメンの最高賢者が顔をそろえていた。そして、さきほどの空軍准将もすこし離れた位置に席を占めている。
統合軍長官はアマドゥ・カセム。53歳で、防衛相を兼ねている。温和な性格で、統合戦線アフリカ機構の微妙な政治バランスをうまくかじ取りしている。
大統領は、メイサ・ヤハン。アマドゥ・カセムより1歳年長の女性だ。元はスペインからの亡命者で、穏健派として知られている。AI政体であるジェマナイとの戦いには消極的だが、自国の軍拡も仕方がないと思っている。
科学教育相は、マリク・ジャハル。61歳。タカ派で、AIやネオスを「道具に過ぎない」として嫌っている。この戦争にはもっとも積極的だ。ライジングアースの奪取も、ある種の戦勝のように考えている。
経済財務相は、キュリエル・コーディア。閣僚のなかでももっとも若く、38歳。どちらかと言えば中立の立場に立っている女性だが、日和見主義との批判もある。アマドゥとの関係は良好だ。
アド・ルーメンの最高賢者は、アルハジ・ムタリブ。78歳で、このなかではもっとも年上だ。「神の光は人類とAIとネオスすべてに等しく届く」と説き、人間とAIとネオスの融和を図っている。
室内は重苦しい空気に包まれている。
まずは、メイサ・ヤハンが切り出す。
「先ほど、統合政体ロシア・アジア共栄圏から、正式な抗議文書が届きました、同国に所属する防衛兵器NNN‐3の即時の返還を要求する、というものです。それが果たされない場合、貴国首都への空爆もやむないものとする、とのことでした。統合政体ロシア・アジア共栄圏は……」
マリク・ジャハルが、ドンと机を叩いた。
「『ジェマナイ』だろう! やつらに国家など存在せん! ただ、いくばくかの人類を監視下に置いているだけだ!」
それに、キュリエル・コーディアがやんわりと釘をさす。
「ですが、ロシア連邦の国民も、まだ400万人あまりは残っているのですよ? アジア圏の人口は目下分かっていません。わたしたちも、相手をそれなりの国家として遇する必要があります」
「くだらん!」
マリク・ジャハルは、厳しい目で経済財務相を睨む。
「問題は、その『敵』の決戦兵器を我々が奪ってしまったということです」
と、メイサ・ヤハン。
「統合軍長官、なぜ、そのことを事前にお知らせくださらなかったのですか? わたしに……という意味ではなく、みなさんにです」
「それは国民に知らせる、ということですか?」
アマドゥ・カセムが尋ねる。
「そうです。全員に、とは言いません。せめて軍関係者と政府関係者だけにでも……」
と、メイサ・ヤハン。
「我々もそれは考えました。ですが、敵……いや、ジェマナイの防衛体制を鑑みると、極秘作戦にするのが最良だと判断した次第です。ご存じのように、本作戦には1体のネオスが参加していました。彼女の脳をクラックされる危険性を考えた場合、国民……とくにネオスに情報を周知させることは、危険だと判断した次第です」
アマドゥ・カセムは淡々と説明する。
「では、この作戦には秘匿とスピードとが必要だったと?」
と、経済財務相が尋ねる。
「その通りです」
「ですが……このタイミングでの戦闘は、間が悪くはありませんでしたか? 現在、国民はジェマナイとの戦争を望んではいません。不況下ですし、今はオーストラリア共和国との関係を強化すべき時期だと」
おほん、と、アマドゥ・カセムは咳をした。
「では、あなたはいつがこの作戦に最適な時期だったと? ……景気回復を待つのですか?」
「それは……」
キュリエル・コーディアが言いよどむ。
「この兵器……ライジングアースは洗脳兵器だということが判明しています。ジェマナイが、近いうちに我々に再攻勢をかける可能性は71%だと、統合軍の中央管理戦略AIシステムが結論を出しました。我々はその決定に従うことに全会一致で結論しました。これは、大統領にもすでに知らせてあることです」
アマドゥ・カセムが、言いたくもないことを言う、といった調子で説明する。
「要は……」
と、口をはさんだのは最高賢者のアルハジ・ムタリブである。
「これで、ジェマナイとの全面戦争は避けられないということですね。短慮でしたな……」
ほっと、息を吐く。
「最高賢者殿には、あなたの埒外のことにお心を患させて申し訳ないと思います。ですが、オーストラリア共和国の事前の了解も得ております……」
と言うアマドゥ・カセムに、
「それは誰と!?」
と、問い返すキュリエル・コーディア。
「大統領のジェラルド・クレイヴンと、経済繁栄相のイヴォンヌ・マクリーン、それから国防相のスタンリー・バーンスタインにも」
アマドゥ・カセムはゆっくりと答える。
科学教育相、アルハジ・ムタリブ、そして当のキュリエル・コーディアも息を飲んだ。
空軍准将のクワメ・オバデレは落ち着いていた。ただ、なにか思案気に大統領のほうを見すえている。
その部屋のなかにいる全員がため息をついた。──クワメ・オバデレをのぞいて。
「この作戦に参加した士官はネオスと日本人だとか……」
何かをとがめるように、アルハジ・ムタリブが発言した。
いや、そうではなかった。
アマドゥ・カセムが、
「この作戦に参加したのは、情報軍技術工作部中尉のサイガ・シンイチ、それと空軍二曹のネオス、ミューナイトです」
と、ゆっくりと答えた。
アルハジ・ムタリブは、ふいに顔つきをほころばせたように見えた。
マリク・ジャハルは、苦々しく奥歯を噛んでいる。
「それで、ライジングアースというあの機体は、我々の戦力になるのですか?」
と、その場にはそぐわない朗らかな面持ちで、キュリエル・コーディアが尋ねる。
発言した後、まずい質問をしたか? と、表情を曇らせた。
「それはなんとも言えません。パイロット次第です」
と、答えたのは、メイサ・ヤハン。
「そうなのでしょう……?」
と、アマドゥ・カセムに話を振った。
「大統領のおっしゃる通りです。我々は、あの機体──ライジングアースを使いこなさなくてはいけません。それは絶対の命題です」
「それが統合戦線の未来を左右する」とは、アマドゥ・カセムは言わなかった。
言わなくても分かることでもあったし、言ってその場の雰囲気を暗いものにすることもためらわれた。
メイサ・ヤハンは心に何かを抱えていそうだったが、少なくとも、経済財務相やアルハジ・ムタリブは平和を望んでいる。
国が平和になり、経済的にますます発展することを望んでいるのだった。
「なんにしても、我々も反攻作戦の準備だけはしております……」
それだけ、アマドゥ・カセムは付け加えた。
いろいろと背後でうごめくライジングアースです。




