21.長い一日
また新しい人出てきます。
斎賀は、一日中職務と任務に振り回されていた。
休憩室でのつかの間の小休止を終えると、まっすぐに科学士官室へと向かう。
統合軍でAI研究を担当している、エレーヌ・ムバラという科学士官に会わなくてはいけない。
『今後のミューナイトとのパートナーシップのことだ』と言うのだが、なんのことだか分からない。
「斎賀真一、入ります」
と、斎賀はドアの前で告げた。
敬礼をしながらの入室だった。
斎賀は、情報軍技術工作部中尉。相手は、科学軍総合戦略部大尉である……。
「あなたがサイガ? ミューナイトの新しいパートナーね?」
まず、部屋の中央に立っている長身の女性士官が目に入った。
斎賀は苦笑する。
「わたしはパートナーになったわけでは……それに、辞令もまだ正式には降りていない」
「でも、一週間後にはミューナイトと組むことになるんでしょう?」
「そのようです」
やれやれ、というように斎賀は答えた。
科学部大尉の瞳は、眼鏡の奥で笑っていない。
ポニーテールにしている後ろ髪が、やや若作りのように斎賀には感じられた。
(雨夜の品定めでもないか……)
「あなたは大尉でしたね? こんな感じで大丈夫でしょうか?」
一日中動き回ってくたくただ。服装はやや乱れている。斎賀は自分の体を見回して、体裁を気にした。そして、話し方も……
相手は上官である。
「エレーヌ・ムバラよ。かしこまらなくて大丈夫。あなたのことは中尉と読んだほうがいい? それとも、サイガ?」
「どちらでも。わたしのほうが階級が下です」
「そうだったわね。では、サイガ……」
エレーヌは椅子を引いて着席しつつ、斎賀にも席を勧めた。
エレーヌは、机のうえのパソコンに向かい、いくつかのデータを引き出した。
パソコンを斎賀にも見えるように傾ける。
何かの折れ線グラフのようだが、よく見えない。
「よく見えませんが?」
「そうね。ごめん、こちらに映すわ」
と言って、エレーヌは30インチほどあるモニタをノート・パソコンに接続した。
画面に、グラフや表が表示されている。
「HUMAN FUNCTION」という文字が表示されているが、それ以外の単語は理解できない。
「これは、さっきライジングアースから取った──ライジングアースでいいのよね? あの機体のコードネーム?」
「ミューナイトがそう名付けました」
「名前をつけないと動かないらしい、とミューナイトから聞いたわ」
「はあ」
「それ自体は珍しいことじゃない。AIの自我認識サブルーチンがメインコアと接続されているのね。毎回。『自分は何者なんだ』と考えているわけ」
「AIに人格ですか……」
「わたしは『人格』とは呼んでいない。『個性』ね。AIのコギト。それで……」
エレーヌがノートPCを操作する。
30インチのモニタにグラフがアップになった。
「これは、ミューナイトが『人間関数』と呼んだものをグラフ化したものなの」
「わたしのヘッドアップ・ディスプレイにも数値が表示されました。たしか、最後は71%……」
「それは最後じゃないわ。人間関数は常に再計算されている」
エレーヌは、もどかしいというように、ため息をしながら言った。
「それが何か?」
「どうやら、ライジングアースはあなたたちの心理状態をスキャンしているようなの」
「半日でよくそこまでわかりましたね?」
斎賀は、半ば呆れて言った。
統合軍の科学部は優秀だ。しかし、未知の兵器にたいして……
斎賀は、なんの意味なのか分からないモニタ画面の表示に見入った。
それを眺めていれば、なにかの答えが得られるとでも言うように。
「あなたの報告とライジングアースの起動レコーダを比較すると、あなたたちが2体の敵を無力化したときに、人間関数が最大値になっている。でも、その後はずっと下降を続けているわ。あなた、このことになにか心当たりがない?」
エレーヌは、眼鏡を押し上げながら斎賀に尋ねた。
どうやら、どんな情報でもほしいと言いたげだ。
しかし……
「思い当たることと言っても……」「
斎賀には答えの出しようがない。
しかし、なんとか答えを絞り出した。
「ミューナイトが、『殺すつもりじゃなかった』と言ったんです」
「それは敵を倒した後?」
「敵が自殺した後です」
「その報告も受けている。悲劇的な最期だったわね」
エレーヌの表情がややくもった。
「本当に」
斎賀はそれしか言わなかった。
今この場で、戦闘における非情さを言っても仕方がない。
エレーヌは、紙にプリントアウトしてある別のデータに目をやった。
それから、
「ミューナイトは、もう戦いたくないと言っているわ」
「それも知っています」
斎賀は、さきほどのミューナイトと空軍大佐との会話を思い出した。
「せっかく奪取してきた敵のロボが、パイロットがいないとなるとどうにも使えない」
エレーヌが首を振る。
「それは別のパイロットを用意すればいいでしょう? わたしの代わりも……」
「そうはいかない」
エレーヌは、手にもっていたボールペンをかたりと机のうえに置いた。
なにかのサインだ──と、斎賀は思った。
エレーヌが話し始める。
「あの後……ライジングアースの帰還後、何人かのコパイロットとパイロットのネオスを搭乗させて、ライジングアースの反応を見た。機体に別の名前を与えてもみた。でも、人間関数は44%以上には上がらなかった」
「ということは?」
「あなたたちが乗ったときの人間関数の数値は、とびぬけていた。他のパイロットの平均は31%よ……」
「どういうことでしょうか?」
いらだたしげに斎賀が尋ねる。
エレーヌが何を言うのかは想像がついた。
それは、斎賀にとっては避けたい答えだった。
(俺は……AIを許せない)
と、斎賀は心の奥底で思った。ミューナイトには明かさなかったが……
あのときも。
大方の予想はつく。
人間関数とは、ライジングアースが計測する、パイロットとコパイロットのコミュニケーション能力を測ったものだ。
そして、その数値によって、ライジングアースはきっと挙動が変化する。あるいは性能も。
技術工作士官としての斎賀の経験と勘が、彼にそう教えていた。
(あの時。俺はミューナイトとのコミュニケーションを最大化しようと図った。たぶん、それが表れたのだろう。今は、それしか考えられない)
「あのガイニーは……」
「あのガイニー??」
エレーヌが「ザット・ガイニー(That gynny)」と言うのを、斎賀は聞きとがめた。
「ガイニー」というのは、ガイノイドに対する愛称、または蔑称である。「She is...」の代わりに使う。
斎賀は立ち上がって、椅子を蹴る。
椅子から外れたキャスターが、からんとエレーヌの前に転がった。
エレーヌは、その振る舞いに驚いた。
「ミューナイトのことを、ガイニーと呼ぶな! あいつはガイノイドだ!」
その怒りがどんな感情から来ているのか、斎賀自身にも測りかねた。
ただ、いらいらとして、斎賀は床に視線を落とした。
(俺がガイノイドのパートナーだと!? 冗談じゃない。これ一度きりだ!)
斎賀も単純な主人公じゃないです。




