20.アルスレーテ帰還
ジェマナイとの本格的な戦闘の前の静かな戦いが始まります。
低空でホバリングしてきたライジングアースは、何度目かに護衛を引き継いだエル・グレコに見守られながら、アルスレーテの空軍基地に着陸した。いや、人型形態に変形しての着地だったから、着陸というのとはすこし違う。
滑走路上でその威容を見つめている人々は、いっせいに感嘆の息をもらした。
アルスレーテとは、キリマンジャロの麓にひろがる、統合戦線アフリカ機構の首都である。
滑走路には、空軍士官のほか、軍上層部の人間らが集まっている。
「おお。あれが……」
「見ろ、腰の部分にジェット・ノズルがついている。あれだけで浮くらしいぞ?」
「V‐TOLと同じ原理か?」
「なんでも、主動力源はカーネル(カー・ニューマン・ブラックホール)らしい……」
そんな浮かれた気配とはうらはらなのが、コックピットの中だった。
ムルマンスクを発って以来、ミューナイトはほとんど口を利いていない。
斎賀は、ミューナイトをうながして、ライジングアースのコックピットから出た。
コックピット・ハッチは、ライジングアース奪取の際に斎賀が傷つけたまま、部分的に焼け焦げていた。
飛行中は、クッショニング・メタルをそこに向かわせることで、気密を保っていた。
斎賀がハッチの上に立ち上がると、周囲にいた人々は一斉に拍手をした。
そのなかには、統合戦線の統合軍長官であるアマドゥ・カセムや、タカ派の急先鋒とみなされているクワメ・オバデレ空軍准将の姿も見えた。斎賀の上司である、タボ・マセコ情報軍中佐もいるが、なぜか一歩後ろにさがった位置にいる。
斎賀とミューナイトは、タボ・マセコとダグラス・ボワテに迎えられた。
ダグラス・ボワテは、のちに彼らの上司となる空軍大佐である。
タボ・マセコが言う。
「サイガ、ご苦労だった。情報軍としても、鼻が高い」
「そんな。わたしは任務を果たしただけで……」
斎賀の表情は暗い。
「こちらは、ダグラス・ボワテ空軍大佐だ。ミューナイト君は知っているね?」
ミューナイトは、言葉につられるようにゆっくりとうなずく。
しかし、斎賀と同様虚ろな表情だ。
ボワテは、穏やかな表情で2人を見つめた。
「サイガ、彼が今後君の上司になる」
「なんですって? わたしは今回だけの任務じゃ……??」
斎賀は、驚いてくってかかった。
しかし、タボ・マセコは冷静だ。
「辞令は追って下る」
──
「なんてこった……」
空軍の休憩室で、斎賀は頭を抱えていた。
手に持ったコーヒーの紙コップが、強く握られてたわんでいる。
(あの、強力な兵器のパイロットになるということか? 俺は……ミューナイトとは今回一度きりのバディのはずだった……)
斎賀が惑う。
そこへ……斎賀とほぼ同年齢の女性が入室してきた。
斎賀は見知らない。
「ああ、ここにいた。聞いていた通りね?」
と、彼女は口にした。
イングレスαのパイロット、シエスタ・アレーテである。
「まいったわあ……。今日付けで異動っていうのは、以前の告知通りだけれど、あたし昨夜寝ていないのよ?」
と、軽く言うシエスタ。
「あなたは?」
「わたしはシエスタ・アレーテ。3日前、あなたの護衛をしたイングレスαのパイロットよ」
「あなたが……」
斎賀は驚いた。
「亡霊女神」というコードネームで呼ばれている彼女のことを、以前から噂で聞いてはいた。
しかし、作戦を共にしたのは3日前が初めてだったし、顔を合わせたことは、もちろんない。たしか、バグダッド基地の配属だと聞いていたが……
「あなた、空軍に異動になったんですって?」
シエスタが、あっけらかんとした調子で尋ねる。
「なる……ですよ、正確には。一週間後だそうです」
「敬語なんていらないわ。これから、よろしく。わたしもこのキリマンジャロに配置転換になったの」
「配置転換?」
「以前の勤務地はバグダッドだったわ。マダガスカルに行くっていう話もあったんだけれど……。今回の任務も急なものだったし、あたし断ろうかとも思っていたんだけれどねえ。……あ、あたしのことばかり話しているわね? あなたのことは、サイガでいい? それともサイ……」
「サイはよしてください。サイガがいい」
「敬語はなし!」
「それじゃあ、シエスタ、これからよろしく」
「よろしく!」
妙に明るい口調で、シエスタは答えるのだった。
……
「ミューナイトは、戦いたくないと言うんだ。あれ以来、ほとんど喋らない」
シエスタとのあいだの自己紹介を終えた斎賀は、作戦のことやこれからのことについて、彼女と話し始めていた。
なかでも、ミューナイトの話題は、このメインテーマだった。
ミューナイトは、潜入工作員の死と敵ネオスの自殺という出来事に動揺している。
もちろんこれまでも、軍人として敵兵を倒した経験はあるはずだった。
ミューナイトの詳しい経歴は、斎賀はちらりと目にしただけだったが、特殊部隊での任務経験がある。敵を殺したことがない、わけではない。
ガイノイドのネオスとしては、あの取り乱しようは異常だ。
ミューナイトは、
「わたし、もう戦いたくない……」
と、空軍大佐であるダグラス・ボワテに告げた。
大佐は、驚いたような様子も見せなかったが。
ライジングアースの詳しい情報について、大佐は事前に手にしていたのだろうか?
大佐は、ただ鷹揚に告げた。
「君のことを、ドクター・カマウ・ンゴマが待っている」
──
上では、もう政治的な駆け引きも始まっているようだった。
ボワテ大佐は、
「ジェマナイから統合戦線政府にたいして正式な抗議があった。いや、ロシア・アジア共栄圏として、ということなのだが……」
と、事件の裏側を説明した。
もう、参事官レベルでの交渉は始まっている。
官僚たちは大慌てだった。
軍部の極秘作戦を、彼らは知悉していなかった。
……以降、ジェマナイは統合政体ロシア・アジア共栄圏の主要統治者として、統合戦線との外交にあたることになっている。
「今回のテロは、彼らにとっても特別なものだった」
と、大佐は言った。
「ライジングアース……と、君たちが命名した機体は、ジェマナイ側でも極秘開発している機体だった。それが奪われたとなると、彼らの側でも黙ってはいられなかったのだろう。今回の作戦を、ジェマナイは『テロである』と主張している」
「戦争をしているのに……笑止じゃないですか?」
と、斎賀は尋ねた。
「それが政治というものだ」
軍のなかでも穏健派であるボワテは答えた。
──
「しょうがないよ、サイガ。なっちゃったものは仕方がないじゃない?」
シエスタが慰める。
「君は、明るいんだな。俺は、そんなふうに前向きにはなれない」
斎賀が、疑念を隠そうともせずに尋ねる。
「ミューナイト……あの子ともう少し長く接したら、考えも変わるよ、きっと」
シエスタは、今回の作戦をあくまでも成功裏のうちに終わったものと考えているらしかった。
「どうかな……」
斎賀はいぶかった。
これから登場人物増えていきます。




