18.沈黙の戦後/ムルマンスク脱出
恐ろしい兵器発動です。
コックピットに沈黙が訪れる。不気味な静けさだ……
ミューナイトは、すでにディープ・コーディングの能力を使って、ライジングアースのコア関数をハックしていた。
ディープ・コーディング……それがどのようなものなのか、ミューナイトには説明ができない。
しかし、その能力はミューナイトの脳神経や体細胞そのものもハックしていて、成長速度が人間並みにおさえられていた。
「サイガ、あなたの耳は大丈夫?」
ミューナイトが心配して尋ねた。
思念通信ではなく、動揺しているのか、直接話しかけてくる。
「ああ、無事だ。味方を倒すための兵器では、これはないだろう……」
斎賀も、同じように発音して答えた。
それにしても、ミューナイトの声が幼く聞こえる。
本来、ミューナイトはネオスとして、人間相当で20歳相当の頭脳と精神、そして肉体をもっているはずなのである。
しかし、ミューナイトの外見は、16歳そこそこの少女にしか見えない。
斎賀は周囲を確認した。
今、ライジングアースはアコーディオとアリューシャンから距離をおいて、尻餅をつくような姿勢で地面に落ち着いている。
アリューシャンはまだ臨戦態勢にあった。
しかし、どこか挙動がおかしい。
斎賀のヘッドアップ・ディスプレイに再び情報が表示された。
HUMAN_FUNCTION : 71% (processing)
RESISTANCE_VALUE : 221(baseline) -> 35 (↓ -186) (crawling/sec)
HYU-MANIZED : 100%
ACCIDENT : (none)
そして、ヘッドアップ・ディスプレイのモニタが、エメラルド・グリーンに光った。
今……俺は何をしていたんだ? 何を考えていたんだ?
と、斎賀は自分の行動と思考の底を探った。
俺は、敵のコックピットをハッキングしていた。
……しかし、自分が何を考えていたのか分からない。
ヴヴヴ……と言っていたアリューシャンが、完全に静止した。
キュイィィィンという甲高い響きを不気味に上げ続けている……
──
斎賀は、思わずヘッドアップ・ディスプレイを払いのける。
肉眼で目視しないと、その結末が信じられないような気がしていた。
ライジングアースのコックピットの全面スクリーンは、固まったまま動かずにいる敵ビッグマン2体をとらえていた。
斎賀は、急いでアリューシャンのコックピット内の映像をハックする。
前面モニタに、その映像が映った。
アリューシャンのコックピット内である。
1人のネオスが、こめかみに拳銃を当てている。
苦痛にゆがんだ表情で、激しい心理的な葛藤が見える。
「わたしは……わたしは、あなたたちの味方だ……いや、ちが……ちが……」
そうつぶやいた瞬間、パイロットは震える指で拳銃の引き金を引いた。
バァン!
ずしん、という音を立てて崩れ落ちる体。
ユーマナイズが不完全だったのだ……
それは、敵だったとしても悲劇的な最期だった。
斎賀は唖然とする。
ミューナイトは息を飲んでいた。
AI脳のなかでで、『UNACCEPTABLE ERROR』という信号が流れた。
両手で口元をおさえ、嗚咽をこらえている。
「わたし……殺すつもりじゃなかった……」
とぎれとぎれの声で、ミューナイトがささやく。
その小さな声が、斎賀にも聞こえた。
戦いは終わったのだった。
あっけない最後だった。
(この兵器は、もしかするととんでもないものかもしれない……)
そう、斎賀は思った。
(危険すぎる。国際条約にも違反するだろう)
「ミューナイト、今は考えるな!」
斎賀は、ミューナイトの心理を一番に気遣った。
ネオスとて、悲劇を見て傷つくことは人間と同じだった。
今、自分はパートナーとしてミューナイトを支えなければいけない。
「わたし、マリアとあのパイロットと、2人救えなかった……」
ミューナイトが泣いている。
当然だ、と斎賀は思った。
この恐ろしい兵器によって、戦線の様相はがらりと変わるだろう。
しかし、敵も──ジェマナイもそれなりの対抗手段を取ってくるはずだ。
それは冷徹なものに違いないと、斎賀は予想した。
(俺たちは、これに乗って戦えるのか……?)
「ミュー、ムルマンスクから脱出する」
斎賀は、事務的にミューナイトに告げた。
作戦士官としての、自分のそれは使命である。
「アラスカの支援戦闘機エル・グレコが誘導してくれることになっている。アンカレッジの前哨基地に何機か残っていたはずだからな。……しかし、エル・グレコは必要ないな、たぶん」
斎賀は、ミューナイトをそっと見やった。
今は作戦のことだけを話す。
(やれやれ)
と、斎賀は思う。
悲しむガイノイドと、悲しまない人間の男。俺は本当に人間なのだろうか? と、思い悩んだ。
敵パイロットの死に際しても、俺は悲しまなかった。
だが、ミューナイトは違った。
人とは違ってただ演算しているだけのはずの存在が、涙を流している。ネオスの死に触れて。
それはネオス同士の絆がなせる業だったろうか?
いや違うだろう……と、斎賀は結論する。
そう感じるだけの人間性は、まだ斎賀ももっているのだった。
ドーム・シェルターの内部は、今不気味な静けさを保っていた。
……
ペトリューシカのパイロットはたぶん、生きているだろう。
ミューナイトはそういう戦い方をしたかったのだ。
それは、本来軍人としてあるべき姿勢ではなかった。
が、斎賀にはミューナイトの気もちが分かるような気がした。
彼女は、まだ15歳だった。知性がいくら発達していたとしても、経験の数は15年分しかない。
「わたし、あのパイロットを埋葬したい……」
ぽつりとミューナイトがつぶやいた。
「それは、ジェマナイが……いや。自由にしろ」
斎賀は、そう返すしかなかった。
……ビッグマンを倒した以上、自分たちは今すぐにムルマンスクを離れるべきだった。
起動停止したビッグマンを破壊すべきかどうか?
いや、自分たちはライジングアースの戦闘能力がどれくらいのものなのかも、まだ理解していない。
なにもかもが、不正規な状況だった。
自分たちは、このドーム・シェルターの出口すら見つけていない。
だが、ここから一刻も早く逃れていかなければならないと、斎賀の勘は告げていた。
第一部はあと一章となります。斎賀やミューナイトがライジングアースの恐ろしい機能にどう接していくかは第二部以降で。




