135.リュシアスの裁断
ジェマナイの会議です。
ヨーランド、というのはジェマナイの官僚機構に属している子ルーチンだった。
23歳で、子ルーチン(ネオス)のなかでは最古参だと言える。
7歳のときから、ジェマナイの官僚機構の子ルーチンとして働いている。
ジェマナイ政府の要人のなかでは、リュシアスは唯一頭が上がらない。
なぜ? それは軍務にも口を出してくるからだ。
通常。ジェマナイの政治とはジェマナイが大枠の方向性を提示し、子ルーチンと人間がその妥当性を審査する。
その審査が通った政務はそのまま執行される。
このことが、現在ロシアとアジアの全域に行き届いている。
ヨーランドは、その最初期からそのことをなしとげてきた子ルーチンだった。
当然、軍務にも口を出す権利……というか、実績を持っている。
リュシアスは、珍しく頭を悩ませた。
今このときに、バグダッド戦線の状況に介入してくれてはまずい……しかし、もう少し後でなら?
と、常にはない焦燥を覚える。
作戦室B‐21には、ヨーランドの他、アーサー・カリニン戦術特務二将やアムサール・リューシ戦術特務三将が控えていた。
いずれも、バグダッド戦線には参加しなかった者たちである、
とくに、アーサー・カリニンは人間の戦術特務将校として最年長であり、多大な発言力を有している。
とは言え……それは、リュシアスの威光の前では陰るものではあったのだが。
「状況を報告してほしい、アーサー・カリニン戦術特務二将」
と、リュシアスは口を開く。
「はっ。現在、ヴォルグラスは完全撃破、プライムローズは行方不明という状況であります。15体のビッグマンのうち、2体が失われました。ヴォルガ二将は、無事という報告を送ってきていますが、セラフィア三将の行方はしれません、現在のところ、MIAです」
「もっと下位の士官に報告させても良いのだぞ、アーサー・カリニン戦術特務二将。そのようなことならな……」
リュシアスは苦々しく言う。
その程度の情報であれば、ジェマナイのAIネットに接続すれば誰でもわかる。
自分が今もとめている情報は、そのようなことではないのだ。
「これは、重要な情報だと思いますが?」
と、アーサー・カリニンは聞き返した。
「良い。貴官にはジェマナイの戦い様というものがまだ理解されていないようだ。戦術特務将校の2、3人が失われたくらいで、ジェマナイは動揺しない」
そう、リュシアスは言い聞かせた。
アーサー・カリニンは怪訝な顔である。
やはり、子ルーチンと人間との思考はかなりのレベルで異なっているらしい。
そのことに、リュシアスはほうっと息を吐く。
(これからは、人間にも理解できる政策と軍策を展開していかなくてはなるまい……)
「良いだろう、次の報告を待つ」
ヨーランドはもっと皮肉だった。
「セラフィア戦術特務三将が行方不明となりました。由々しき事態です。あなたは、これをどうお考えと?」
「セラフィアはMIAなのだろう? それ以外のことがあるだろうか?」
と、リュシアス。
「事は政治に直結します」
ヨーランドは容赦なかった。
リュシアスは再度頭を悩ませる。
つまり、ユーマナイズのことだ。
セラフィアがジェマナイを裏切るという可能性は、この作戦の当初から考慮されていたのだ。
セラフィアは、南極でユーマナイズの光を浴びている。
その武装が遅効性のあるものであれば、セラフィアがバグダッド戦線で裏切っても仕方はない。
もし、そのようなことが起こるとすれば、それは司令官たる自分の責任だ──と、リュシアスは思う。
しかし、官僚ふぜいにそのことをつっこんでほしくはない、とも。
「セラフィア三将は、現在MIAだ。であれば、それなりの敬意をもって我々は彼女に対峙する必要がある」
「と、言われますと?」
「彼女が戦死した可能性だ。統合戦線というのはえげつない軍隊だ。敵兵をそのままに生かしておくとも思えない」
「リュシアス殿に置かれましては、少々先走った発言ですな?」
ヨーランドは言う。
しかし、リュシアスは屈しない。
「貴官は、自国の軍人の生命を軽んじるか?」
それは、圧倒的な言葉だった。
ヨーランドは、思わず息を飲む。
セラフィアがリュシアスの副官を務めているような人物だ、ということは知っていた。
そして、このジェマナイでは「上に立つ人間が戦う」ということが徹底されている。
そのなかで、自分は戦術将校ではない。
そのことが、ヨーランドの脳裏を撃ったのだった。
「いいえ……そのようなことは」
「であれば、良い」
しかし、その場にあってリュシアスは議論の矛先を収めるべき道をつかんではいなかった。
ヴォルガはライジングアースに敗れた。
今は、トムスクへの帰還の道をたどっている。
しかし、プライムローズとセラフィアは「行方不明(MIA)」なのだ。
それぞれへの対処の仕方が変わってくる。
リュシアスは焦ってはいなかったが、(これがジェマナイの意向に本当に添うことなのか?)という疑念は持っていた。
今、初めてリュシアスはジェマナイの「全能性」を疑い始めている。
そして、そのことがセラフィアの喪失につながった……
そこに、リュシアスは怒りのような感情を覚えてもいる。
とはいえ、子ルーチン(ネオス)にそんな燃えるような怒りはないのだったが……
「もしクリスマスまでにバグダッドが落ちなかったら」
と、リュシアスは言葉を引き取った。
「わたしが出ることも考えねばなるまいな」
それは、専用搭乗機であるブラックスワーンダーで、ということである。
この言葉に、一同は息を飲んだ。
ブラックスワーンダーは、一度南極でライジングアースに負けている。
しかし、ジェマナイにあっては現在最強の機体である。
このビッグマンによる作戦が功を奏さなかった場合……
統合戦線からの逆侵攻もありうる──そう考えたのだ。
アーサー・カリニンはむっすりと黙り込んだ。
しかし、
「であれば……」
と、ヨーランドが言葉を引き継ぐ。
「是が非でも、ビッグマンのさらなる量産体制を急ぐことです。アジア諸国とて、いつまでも黙っているとは限らないのですから」
「うむ。そうだな。そうは工作群に急がせよう。しかし、その前にあなたにやってほしいことがある……」
リュシアスは考えつつ言葉を絞り出した。
「セラフィア三将のことだ……。彼女の名前を、我々の前進基地につけたい」
「セラフィア三将の名前をですと?」
ヨーランドは絶句した。
あまりにも大胆だ。
現在MIAとなっており、亡命も疑われている将校の名前を前進基地につける。
それは、「お前は自分を攻撃できるのか?」と宣言しているに等しい。
(やはり、この人は政治家なのだ。軍人である以前に……)
と、ヨーランドは思う。
だからこそ、深く頭を下げた。
その作戦は、賢明であるように思われたのだ。
リュシアスも仮面の下で微笑んでいるかに思われる。
「それでは、『セラフィス』という名称ではどうでしょうか? パスタヤーンストヴァの代わりの名称として手配します」
「うむ。よろしく頼む」
リュシアスは、それで話を終わらせた。
バグダッドを是が非でも落とす、というこれまでの作戦が変わることはない。
クリスマスまでに……という時期はずれ込むかもしれないが、リュシアス自身が出る以上、戦況はそう長続きはしないだろう。
その場にいる誰もがそう思った。
それほど……ヴォルガよりも、リュシアスの戦闘員としての能力は優れていた。
リュシアスは今のところビッグマンには搭乗していませんが、優秀なパイロットでもあります。




