133.オバデレとセラフィア
セラフィアを尋問するオバデレです。
オバデレ准将は、尋問官のンジャロ・ケレメの横に立った。
セラフィアがこちらをまっすぐに見つめてくる。
「あなたは……?」
と、セラフィアが言いかけて、即座に言葉を継いだ。
「オバデレ准将だろうか?」
「その通りだ」
オバデレが答える。
「あなたのような高官が、わたしに何を聞きたいというのだ?」
「ジェマナイの動向について」
オバデレの答えは直截的だ。
だから、セラフィアは笑う。
「わたしは今、ジェマナイのAIネットに接続されていない。あなたがた統合戦線のネオスたちと同じく、スタンドアローンで思考している。だから、あなたの望む情報は得られないと思う。わたしが知っているのは、ローカル・ネットの情報だけだ」
「しかし、その記憶にはジェマナイの現状が記憶されているのではないかね?」
と、オバデレ。
「たしかに。わたしたち子ルーチン……いや、ネオスの脳も原理的にはあなたたち人間と同じだ。経験された情報は積み重なる……しかし、リアルタイムにジェマナイと接続されていない以上、『今現在』の状況は知り得ない、つまり、ジェマナイの作戦とかなんだが……」
「それを我々は期待してはいないのだよ。我々が求めているのは、貴官の『脳』に蓄積された情報だ。つまり、経験だな」
「ほう……。あなたは人間にしては『できる』思考形態を持っている」
と、セラフィアはプライドを持って言った。
自分は、ジェマナイの戦術特務三将であり、今目の前にいるオバデレ准将とはほぼ同格の存在だ。
敵(いや、今はもはや敵ではなかったが……)に頭を屈する必要はない。
そして、尋問机の下で足を組んだ。
それが防御の姿勢である、ということについては彼女は無意識だったのだが。
いずれにしても、15歳という年齢はネオスであっても若すぎた。
オバデレが、ンジャロ・ケレメに代わって椅子に座る。
セラフィアは、心ならずも緊張した。
相手の威圧感が伝わってきたのである。
(この男は、相手を尊重するが、決して相手に屈しない……)
と、AI脳で分析する。
セラフィアのような亡命将校にとっては、もっとも手ごわい相手だ。
だから、
「もう一度聞いても良いだろうか? あなたのような高官がなぜわたしの尋問に?」
と、へりくだって尋ねた。
それは、セラフィア自身にとっても意思外のことである。
「貴官に……あなたに興味がある。そのような答えでは不満かな?」
と、オバデレ。
「不満ではないが、よく状況を飲み込めない。わたしは、あなた方の立場で言えば、敵の高官だ。拷問するなりして、ジェマナイの情報を引き出すのが筋だろう? なぜ、そうしない? これからするのか?」
セラフィアの問いも直截的である。
自身が拷問される可能性は十分に弁えている。
しかし、彼女自身が言うように、ジェマナイのAIネットに接続されていない現状において、彼女に答えられることは限られていた。
もしかすると、オバデレ准将はそのことすら予測しているのかもしれない……
「まあ、楽にしていただいて良い。あなたは虜囚じゃない。亡命者だ、セラフィア三将」
「ここでは、三将ではいられないだろうな?」
「ええ。あなたには少佐の地位を用意したいと考えています。それで、我々統合戦線の側に立って戦ってくれますか?」
「ジェマナイと……とは尋ねないのだな? あなたの心理はなへんにある?」
ふふふ、とオバデレは笑った。
それは、自分の心理を明かしたくないというよりは、もっと上部構造において自分は考えている、ということの表明のようでもあった。
それを、セラフィアは不思議だと思う。
リュシアス一将と似たものをすら、感じた。
つまり、(この男は軍人的ではなく、政治家的である)という感想が沸き起こったのである。
この男には簡単な問いと答えすら、政治的なゲームであり得る。
とすれば、自分の当初の意向もそのまま生かせるかもしれないのだ。
「ジェマナイは、あなたがた統合戦線との和解を考えていると思う……」
というのが、セラフィアのかろうじて出せた答えだった。
その答えに対して、オバデレは鋭く切り返す。
「その意向を、あなたは実現したいと?」
セラフィアの額に汗が流れた。
このような反応は子ルーチン(ネオス)としては珍しいものだ。
息遣いが激しくなる。
このような動揺を亡命後の自分がするとは、セラフィアは思ってはいなかった。
いや、それも予想の範囲内だったかもしれない。
(人間め……!)
と、セラフィアは内心で思う。
彼女は、人間を「スモールマン」と侮るほど侮蔑的ではなかったが、ネオス(子ルーチン)としてのプライドもあった。
(少佐か……。たしかに統合戦線では自分はその程度の価値なのだろう。そもそも、ジェマナイと統合戦線とではその価値体系が異なる。しかし、自分は単なる戦闘マシンになる気はない!!)
そんなセラフィアにたいして、オバデレは意外とも思える答えを与えてきた。
「あなたには、ライジングアースのコパイロットを務めてほしいのですよ?」
セラフィアはあっけにとられた。
自分は、プライムローズの操縦を任されるものと思っていた。
もしくは、幽閉されてジェマナイの情報を引き出すための機械とされるだろう。
そう予想していたセラフィアにとって、オバデレの言葉はあまりにも意外だった。
「わたしが、ライジングアースの操縦を?」
「操縦では、なく。操縦は、依然としてミューナイト少尉が務める。あながた脅してきた兵士だ。しかし、あなたにはコパイロットの素養があると、我々は見ている」
「皮肉だな。わたしは、コパイロットではなく、パイロットなのだが?」
「ですが、それを務めることが、あなたを生き延びさせることになります」
と、厳粛にオバデレは言い渡した。
単なる機械として使い壊しても良いのだ、という覚悟がそこには含まれていた。
オバデレの軍人としての冷酷さと誠実さが、そこには表れていた。
部下のダグラス・ボワテなどにも、滅多に見せない側面である。
上層部は、そんなオバデレをどう評価しているのだろうか……
(戦略を練るマシンとしてか? この男はよっぽどネオス的だ……)
と、セラフィアは考えを巡らせた。
しかし、そこに選択の余地はないようだった。
「分かった。ライジングアースの起動データを閲覧させてほしい。それで、コパイロットとしての役目は果たせると思う」
その答えに、オバデレはにっこりと微笑した。
(今日のところは、果たすべきことは果たした)と言った顔である。
尋問机のうえで両手を組んで、こんなふうに尋ねる。
「ですが、あなたはなぜ亡命を決意されたのか? ユーマナイズの光を浴びたことだけが原因ではないでしょう?」
「それなんだが……わたしにもよく分からない。わたしには、『声』が聞こえたのだ」
「『声』?」
「そうだ。その声は、『自分は敵ではない』とわたしに告げた。あのミューナイトという兵士の声とも、それは違っているようだった」
「それは興味深いですな? あるいは、あなたはコアコードの声を聞いたのかもしれない」
「AIネットに漂う亡霊のような声のことを、あなたは言っているのか?」
「そうかもしれません。しかし、その分析は医官に任せることにしましょう。統合戦線にはカマウ・ンゴマという優秀な医師がいます。彼に相談してみると良いでしょう。それでは、わたしは今日はこれで。あとは、こちらのンジャロ・ケレメ中尉に任せます。あなたにおかれましては、ぜひ彼に協力的な姿勢をとっていただきたい」
「わかっている。わたしは虜囚だからな……」
セラフィアは言う。
「いえ、あなたは亡命者ですよ」
ふたたび、オバデレ准将は微笑んだ。
オバデレ准将の思惑はなへんにあるのでしょうか……




