132.ダレンザグ中尉
満を持してダレンザグ中尉登場です。
時系列で言えば、その翌日のことである。
ダレンザグ中尉は、オバデレ准将に呼び出されていた。
オバデレ准将の執務室に、敬礼をしながら入る。
中尉は、なぜ自分が前線に出されないのかを訝ってはいたが、それを自分から尋ねることはしなかった。
そこには理由があるのだろう──というのが、ダレンザグ中尉の答えである。
クワメ・オバデレは、身長185センチメートルのがっしりとした体つきで、こめかみには白髪が混じっている。
いかにも苦労人風の軍人にも見えるが、策士にも見える。
軍内ではタカ派として知られていたが、その胸中を詳しく知る者は少ない。
ダレンザグ中尉は、「ダレンザグ中尉、出頭しました」とだけ告げた。
そちらを振り向くでもなく、オバデレは書類に目を通している。
しかし、中尉を待たせるのも悪いと思ったのか、やがて口を開く。
「ダレンザグ中尉。中尉はビッグマンの操縦は可能か?」
と。
中尉は、
「データがあれば可能であります。ですが、統合戦線には現在のところ、ライジングアースしかロボがありません……」
と、少し戸惑いがちに答える。
いかにも唐突な問いだった。
軍内の噂で、ライジングアースがアルスレーテに帰還していることは知っていた。
緘口令を敷いても、当然噂はとどめようがなかったのである。
しかし、斎賀がMIAになっているという情報は伝わってはいない。
自分がロボを操縦するとして、それはどの機体を? という疑念が真っ先に浮かんだ。
オバデレ准将は、手に持っていたペンを机に置いて、ダレンザグ中尉に向き直った。
「今回、統合戦線はあらたなロボを手にした。プライムローズという機体だ」
「プライムローズ?」
ダレンザグ中尉は問い返す。もちろん、その名前は知っている。
ジェマナイ統合軍に属する、たしかセラフィア三将の搭乗している機体だ。
ということは、統合戦線はプライムローズの鹵獲に成功したのだろうか……
しかし、自分がその機体とどのような関係があるのだろう?
「そうだ。ジェマナイの第3.5世代のビッグマンとなる。そのロボが、今統合戦線の手の内にある」
「それは、その機体が亡命してきたということでしょうか?」
「詳しい過程と理由は省くが、そういうことになる。その操縦を、貴官に担ってもらいたい」
「ですが、亡命してきたのであれば、もともとの操縦者がいるはずでは?」
「ああ。セラフィアというネオスがいる。……ジェマナイ風に言えば、子ルーチンだな。しかし、貴官にプライムローズを操縦してほしい。できるか?」
「できるか否か、という点で言えば、可能です。しかし、その理由をお聞かせいただけますでしょうか?」
ダレンザグ中尉は少し踏み込んだ問いかけをした。
オバデレ准将の心理がなへんにあるか測りかねたのである。
「貴官が適任だ、と判断してのことだ」
オバデレ准将の答えも容赦ない。
ダレンザグ中尉の疑問を先回りして封じている。
だから、中尉はこう言うしかなかった。
「データさえいただければ。ですが、そのロボは動くのですか?」
「今は、動かない。と言っていい。だが、いずれ動かせると科学軍では踏んでいる」
「それは、どのような状況においてでしょうか?」
「統合軍は、破壊されたプライムローズを修復する。その後、貴官にそのロボの操縦を委任したい」
「なるほど。そうした事情でしたか。では、謹んでその指令を拝命しますが……」
「貴官には様々な疑問があることと思う。今後は技術部と相談しながら進めてくれ」
オバデレ准将は、そう言い切った。
それが、その面談と会話の終了の合図だと、ダレンザグ中尉は即座に把握する。
そして、「はっ!」と敬礼で返した。
それは、オバデレ准将にとって満足のいく応答だった。
──
ダレンザグ中尉は、自身の居室へと帰った。
そして、手持ちのパソコンを起動させる。
セラフィアについての情報を検索するためだ。
このとき、ダレンザグ中尉は自身のAI脳が接続されているAIネットからでの情報では、不正確だと考えた。
そこには、様々なノイズが混じっている。
今の自分の環境では、そのノイズを完全に排除しきれない。
世の中の様々なネオスが、様々な思いとともにセラフィアを検索し、様々に定義づけをしているはずだ。
それを、できるだけ排除したかった。
だから、あえて情報量の少ないパソコンを選ぶ。
『セラフィア戦術特務三将……ジェマナイの主な戦闘子ルーチンのなかの一人。戦略・戦術長官であるリュシアスの副官とも言われている。現在は、ビッグマン・プライムローズに搭乗し、統合戦線との戦いに臨んでいる。その戦いかたは熾烈ではないが精密で、リュシアスの思想を体現しているようだ、とも言われている。年齢は15歳で、ジェマナイの戦術特務将校のなかでももっとも若い。しかし、その若さとは裏腹に、判断は冷静で己の感情や情報ネットのノイズに流されるということがない。南極戦線でユーマナイズを受けたとも言われており、彼女がなぜ裏切らないのかはジェマナイのなかでも謎となっている……」
出てきたのは、おおむねそんな情報だった。
ダレンザグ中尉は、顎に手をあてて考え込む。
(プライムローズが今統合戦線にあるというのならば、セラフィアも統合戦線にいるのではないか? ユーマナイズとは遅れて作用するものなのだろうか? それは考えにくい……とすると、このセラフィアという将校は複雑な論理体系をもっているということになる。味方にするにしても、厄介なのではないかな? あるいは、彼女は特殊なネオスか……ミューナイト少尉のような)
それがダレンザグ中尉の分析だった。そして、それはかなり的確だったと言って良い。
セラフィアは今統合戦線にいる。
しかし、それは宙に浮いた状態で存在しているものと言って良いのだ。
そして、ミューナイトと似ているというのもその通りだった。
──
オバデレは、それまで目を通していた書類からふと目を上げた。
そして、左手の腕時計を見る。
午前11時5分だった。
なんの時間か……?
それは、セラフィアの尋問が始まっている時間だった。
オバデレは、ついと机を立ち、執務室の出口へと向かって歩き始める。
その途中、テーブルに置かれているオレンジに目をとめた。
毎朝、秘書に頼んでオレンジを1個差し入れてもらっているのである。
(今日は食べなかったな……)
と、オバデレは考える。
(明日からはなしにしても良い……)
そう、思った。
それから、執務室のドアを開けた。
長い廊下を、オバデレは歩いていく。
時折、准将にむかって敬礼していく部下たちがいる。
そのたびに、オバデレは同様に敬礼を返した。
一人にたいしても、無視するということはない。
それは、立場がどんなに下の兵士にたいしても同様だった。
オバデレは、軍内の規律というものを誰よりも重んじているが、それは上がそれを守るからこそ、貴ばれるものであった。
やがて、尋問室のドアの前に着く……
尋問室のドアを開けると、セラフィアに対峙していたのはンジャロ・ケレメ中尉だ。
「あなたの所属する地位をあらためて教えてください……」
と、まずは基本的なことから尋ねている。
どうやら、尋問の開始直後に間に合ったようだ。
ンジャロ・ケレメはまだ核心的なことを聞いていない。
オバデレは、そうした質問にセラフィアがどのように答えるのかに興味があった。
ネオスとして、単に冷淡に答えるのか、それとも人間に似せて答えるのか……
(ふふふ)
と、オバデレは内心で微笑む。
そのような微笑は、このオバデレ准将という人物にあっては珍しかった。
ふと、セラフィアと目が合う。
(この女は利用できる。というより、この女は自発的に我々に協力することになるだろう?)
と、オバデレは思うのだった。
場面はセラフィアの尋問室へと続きます。




