131.翌朝の出来事
通信機の修復に苦戦する斎賀です。
反ジェマナイのパルチザンと呼ばれる組織の、通信機器は地下室の一室にくまなく設置されていた。
(よく、これだけの通信機を政府の目を盗んで用意したものだ……)
と、斎賀は思う。
この程度の通信機器であれば、統合戦線では場末の基地にも装備されている。
しかし、反政府組織となると、事は別だった。
「壊れているのは、どの部分なのか?」
と、斎賀は尋ねる。
初老の男は、「全体だ」と答えた。
それが、どのような意味での「全体」なのかと、斎賀は考える。
おそらく、それまで通信ネットとして使っていた衛星が使用不可能になったのではないか、と斎賀はあたりをつける。
もしかすると、以前のバックドアが使えなくなっているのかもしれない。
まずは、この通信機がどの衛星を介して、どのようなプロトコルで通信を行っているのかを調べる必要があった。
「この通信機のOSは?」
斎賀が尋ねる。
「シャヒーン」
そう、初老の男は発音した。斎賀の知らないOSだった。
斎賀は、まずコンソールとなるパソコンのキーを打ち始めた。
最初に驚いたのは、そのコードの複雑さだ。
統合戦線で使われている標準的なOSとは、複雑さのレベルが違う。
まるで、前世紀のプログラミング言語を思わせる、難解な英語表現でコマンドが組まれている。
(こんなのは昔……たしか、大学時代にやったことだぞ?)
と、斎賀は思う。
そのことが、斎賀が記憶を取り戻すための一つの助けになっている。
斎賀は、次第に思い出していく。自分が高度なハッカーであることを。
たぶん、自分は統合戦線のなかでも情報軍の所属だろう。
情報軍の制服なら知っている。
だが、自分が今着ている服はそれとは違う。
そもそも、情報軍の所属であれば私服での行動が基本だ。
斎賀は、「システムのなかにある自分の立ち位置」というものを、感覚的に想起し始める。
そして、その指先は雄弁にキーボードをタイプした。
記憶よりも先に、経験と本能とがよみがえってきたのだった。
初老の男は、黙って斎賀のそんな様子を見つめている……
斎賀は、額の汗をぬぐいながら言った。すでに、左腕と首の傷の痛みは忘れている。
「あなたたちは、よくこんな難解なOSを使いこなせますね? 今なら対話型の入力が基本だ。でも、このOSの基本は『コマンド』でできている。20世紀の技術ですよ……」
「それなんだ」
と、初老の男は引き取る。
「これは、あえて旧時代のシステムを模して作られたOSなんだよ。そのほうが、AIからのクラッキングの頻度を減らせるからな。我々は、この原始的なコマンドの入力によって、衛星網を逐次的にハッキングしている」
「なるほど、わかりました。あなたたちは、旧世代の知識を使ってはいるが、かなり高度なことをやっている……これは、ラテン語を解する昔の文学者が、あえてラテン語で創作をしたのと似ていますね?」
斎賀は言う。
「そうだな。そうかもしれん」
そう答えて、初老の男は笑った。
それから、自分の名前を名乗った。
ハサン・ファルザーネ。コードネームは「ナグシェ」だと言う。「設計図」という意味のペルシャ語だ。
斎賀の予想通り、この男が所属している組織は、かなり知的に洗練されている組織なのだ。
きっと、何年も前から反ジェマナイの活動に従事しているに違いない。
そして、それを今のところ察知されていない。
たぶん、それは「木を隠すなら森に」という意匠で行われていることなのではないだろうか? ──斎賀は予想する。
あえて、敵の中枢近くに潜り込みつつ、敵とほぼ遜色のない仮の姿で居座る。
工作員として、きわめて高度な姿勢だ。
だからこそ……斎賀は「親近感」を感じる。
身の内の血が沸き立つような感覚をすら、覚えた。
斎賀も負けてはいなかった。
シャヒーンの中枢部分にたどり着く。
なんども違うコマンドを入力してはエラーを返され、次第にこのシステムの基本というものが分かっていく。
(要するに、これはLISP型の関数言語なんじゃないか?)
と、斎賀は推測する。
(とすると、関数を「どこで終わらせるか」が肝だ)
斎賀は、ピラミッド状に積み重なった「シャヒーン」のコマンド群の構造を解析していく。
あと一歩で、どこでサテライト群に接続しているのかを探れそうだった。
時刻は、すでに未明となっている。
その間、初老の男──ハサン・ファルザーネは一切いらいらする様子を見せなかった。
……
明け方近くになって、斎賀のハッキングは終わった。
OSの基本コマンドを理解し、サテライト群とどのコマンドで接続しているのかを解明する。
それは、通常の接続とは違う、メンテナンス・モードを介しての接続だった。
そのため、サテライト群は常に「システムのアップデートが行われたもの」と誤解して、組織の通信を受け入れる。
これでは、大量のノイズがたまるはずだ。
斎賀は、メンテナンス・モードでの接続を中断させて、新たなバックドアからサテライト群へのアクセスを試みる。それは成功した。
斎賀の知識と経験と直感が役立った瞬間だった。
このパルチザンは、斎賀を拉致してきて正解だったのである。
初老の男は、ふうっと息を吐いた。
それから、通信機に向かってこんなふうに話しかける。
『こちらはナグシェ。繰り返す、ナグシェだ。この施設はもう持たない。これから〈山荘〉へと移動しようと考えている。許可を求む』
即座に、
『了解した。そちらは〈山荘〉へ移動せよ』
との音声が返ってきた。
ほうっと息を吐く、ハサン・ファルザーネ。
明け方の光が、地階からこの地下室にも差し込んできていた。
斎賀は、
「水を一杯くれないだろうか。どうも……疲労感はないんだが、とても喉が渇く……」
と、ハサン・ファルザーネに向けて言った。
「ああ。めいっぱい飲んでくれ。この国には水は豊富だ……」
ハサン・ファルザーネが答える。
それは、この国の豊かさと窮乏とを同時に表している言葉だった。
──
斎賀をここへと連れてきた女は、「サラーブ(蜃気楼)」と名乗った。本名は明かさない。
斎賀は当初、初老の男をここのリーダーだと思っていたが、それは誤りだったかもしれない。
実際には、このサラーブが、この現場を取り仕切っているのかもしれなかった。
それは、この後、この組織に深く関わっていくなかでしか見えてこないことだろう……
──この瞬間に、斎賀は統合戦線への即時帰還を止めたのである。
それは、「諦めた」ということとは少し違っていた。
斎賀は、このパルチザンの組織に自分の居場所と似たものを感じ取っていた。
だから、聞いた。
「あなたたちは、なんという組織なのですか?」
そう尋ねる斎賀にたいして、斎賀を連れてきた女──サラーブは答えに迷った。
初老の男が「いいだろう」というふうに、サラーブに頷いてみせる。
その時点で、斎賀はふたたびこのチームのリーダーが誰であるのかを迷う。
サラーブは、こう言った。
「アーヴァーズ・エ・ハーク(『大地の声』の意)よ」
斎賀は繰り返した。
「アーヴァーズ・エ・ハーク?」
「そうだ。我々は、イラン国内における親ジェマナイ勢力に対する抵抗活動をしている」
ハサン・ファルザーネが厳粛な声で言った。
どうやら斎賀はパルチザンという居場所を居心地よく感じているようです。




