129.シエスタの困惑
前線におけるシエスタたちの葛藤です。
情報は錯そうしていた。
ライジングアースが消息を絶ってから2日。
どうやら、ライジングアースはアルスレーテにいるらしい。
……でも、なぜ?
依然として、ライジングアースの消息は軍内でも極秘事項とされていた。
情報ネットをハッキングしたフィオリヒト少尉が、独自にシエスタたちに伝えたのである。
(ライジングアースがアルスレーテにあるのであれば、斎賀たちもそこにいるのだ……)
と、シエスタは思う。
多少はほっとしたが、なぜ斎賀が自分にすらメッセージを送ってこないのかが気になった。
今、チーム・アマリの面々はタージ基地の休憩室にいる。
戦線では、ヴォルグラスの完全破壊が確認されたほか、プライムローズの信号がロストとなっている。
とすると、どうやらこの2機のビッグマンはライジングアースが撃退したらしい……
頼もしいことだと思うのだが、それならなぜライジングアースは前線を退いた? と、シエスタは考えるのだ。
リーダーであるチディ・マベナに相談したが、彼もまた要領を得ていないようだった。
「ライジングアースは現在前線を離れる必要ができた。──上が言ってくるのは、それだけだ。『私たちだけで戦うのですか?』と、俺も聞いてみた。しかし、答えは『そうだ』と……どうやら、前線で何かトラブルがあったものらしいが……」
思案顔で言う。
「でも、ヴォルグラスは撃破しているのでしょう? 今が前線から離れるときでしょうか?」
と、シエスタ。
「それなのですが、中尉──」
と、話に割って入ったのはフィオリヒト少尉である。
「実は、ライジングアースがプライムローズを鹵獲した、という情報もあるのです」
「プライムローズっていうと、あたしたちがあの左腕を回収したやつか?」
「そうです。セラフィア三将が乗っている機体ですね」
「直接は戦っていないが、強敵だ……」
シエスタは考え考え言う。
「ええ、ですから、ライジングアースは相当の苦戦を強いられたことが予想されています」
「しかし、あのヴォルグラスを真っ二つにぶった切ったんだぞ?」
シエスタは、大げさな身振りで言い返した。
「ですが、ライジングアースが消息を絶ったこととは附合します。ライジングアースはなんらかの深手を負ったのでは……」
「違うな。それなら、上はただその状況を我々に説明してくれれば良いだけのことだ」
「アレーテ中尉の言う通りで、ライジングアースが故障もしくは破壊されたのであれば、上はそのことを我々に伝えれば良い。もとより、統合戦線にロボは1体しかなかったのだからな。戦力的には、ライジングアース1機が失われても大差ない」
と、チディ・マベナが話を引き取る。
「大差ない、とは言えませんよ? サイガのロボです」
「うむ。それはたしかにな。しかし、上は数で判断する。ロボ1体が失われた場合、イングレスαを20機増やせば良いと上は判断する。それは、命令として俺たちに伝わってくるはずだ。とくに、『NooS』を導入して以降、上は航空戦力に過大な期待を寄せている節がある。まあ、それも我々にとっては厄介だがな? 状況は慎重に精査するに越したことはない」
年の功の判断である。
そこで、コーヒーを飲んでいたアマラ少尉が話に入ってきた。
「こういうのはどうでしょうか? 例えば、プライムローズが統合戦線に亡命してきた、とか? ライジングアースがユーマナイズに成功したんです。ライジングアースは、今敵の護送をしている……」
「なるほど。それはあり得るな」
しばらく考え込んでいた、チディ・マベナは答えた。
「オバデレ准将はとくにビッグマンの鹵獲に固執しているとも聞く。科学軍ではカーネル(カー・ニューマン・ブラックホール)の分析をしたがっているからな……」
「それで、ロボを量産するんですか?」
アマラ少尉が両掌を上にあげて言う。やれやれ、というジェスチャーである。
チディ・マベナは、しかし冷静だった。
「科学軍は、即座にプライムローズを分解はしないだろう。まずは、戦力として加えようとするはずだ。操縦者は、そうだな? ダレンザグ中尉あたりが適任だろう。上が隠したがっているとすれば、あとは何か?」
「ビッグマンが亡命してきた、っていう事実そのものじゃないですかね? 敵の武器で戦う、っていうのを市民は快くは思わない。ライジングアースにしてもそうですが……そうなると、やっぱりロボの独自開発が必須です」
と、アマラ少尉。
いつもの少尉に比べると、深く戦況の分析に踏み込んだ意見である。
シエスタは、(少尉はこのようなことも言えるのか)と、頼もしく思った。いつもの軽口とは違っていた。
シエスタは、アマラ少尉の横顔を見る。
と……(どうです?)という少尉の心理が見て取れた。
慌てて、シエスタは目を背ける。
その場は、チディ・マベナ大尉が引き取った。
結論はこうである……
「何にしても、我々は残されたビッグマンと戦わなければいけない。残存勢力には第4世代のビッグマンも含まれていると聞く。ジェマナイがさらにビッグマンの量産を急ぐのは必須だろう。何としても、我々はバグダッドを落としてはならない」
その一言で、現場の雰囲気が厳粛なものに変わった。
(これが、リーダーとしての言葉なんだな)と、シエスタは思った。
身が引き締まる。
そして、現実に引き戻される。
戦争というある種の「現場」では、「現実」を見失うことは許されないのだ。
それは、自分の生死のみならず、仲間の生死をも左右する。
そして……
その後の言葉をシエスタは思いつけなかった。
──自分たちは、人のために戦っているのだろうか? それとも国のために戦っているのだろうか?
そんな疑問が湧き上がってきたためだ。
(ダメだ! わたしは弱い……)と、シエスタは思い悩む。
それは、人間として当然の疑問であっただろう。
シエスタは、ただシステムの存続ということとして、国家を捉えていない。あくまでも、それは人の集まりである。
その人の集まりが瓦解してしまっては、そもそも国家は成り立たないのである。
そのことを、シエスタはよく知っている。例えば……斎賀らとのコミュニケーションの結果として。
そういう健全な判断が、未だシエスタにはあった。それが、彼女をこの戦争において生き残らせる条件となったのだろう……
──
ブリーフィングが終わった後、アマラ少尉はシエスタに近づいてきて、こう言った。
それは、シエスタの脳天を撃つような言葉だった。
「ライジングアース、裏切りませんかね……」
「なぜだ?!」
即座にシエスタは叫んだ。そして、そのことを悔やんだ。
小さな声で、こう付け加える。
「サイガが裏切るというのか……」
「いえ、あのミューナイトがです。敵にクラッキングされて」
アマラ少尉は言う。
そうだ。シエスタはそのことを忘れていた。
ネオスには、常にクラッキングの危険性が伴う。常時AIネットにその思考が接続されているためだ。
それを考えていない自分はうかつだった。
だが、
「……いや、今はミューナイトを信じよう」
そんな言葉だけを絞り出した。
そうである。斎賀のそばにはミューナイトがいる。そして、ミューナイトのそばには斎賀がいる。
その関係性が崩れない以上、そう簡単に敵に負けることはない──そう、シエスタは信じていた。
ミューナイトを信じる、とシエスタは言いました。やがてそれは不信に変わるかもしれないのですが……




