127.セラフィアの亡命(4)
ダグラス・ボワテとクワメ・オバデレ。
今、ダグラス・ボワテは無表情なオバデレ准将と対面していた。
無表情、というのは感情がないという意味ではない。
むしろ、そのありすぎる感情を理性によって抑制している、そんな顔つきである。
オバデレは、自分の執務机に座っており、紙の書類に目を通している。
電子化したくない、秘匿情報が書かれている書類である。
ボワテは、そのことを知っていた。
そして、「知っている」ということを表さないようにする。
この男──クワメ・オバデレ──にとっては、秘密とは生きる肥やしのようなものなのだ。
そこに手を突っ込めば、自然発火の熱で確実にやけどをする。
そのことを、ダグラス・ボワテはよく分かっていた。
「厄介なことになりましたね……」
と、ダグラス・ボワテ。
「厄介とはなんだ?」
クワメ・オバデレが問い返す。
「例のビッグマンとネオスです。大きすぎる標的が統合戦線に亡命してきました」
ボワテ大佐は、今アルスレーテ北空港の滑走路上で封印されている、プライムローズのことを言っていた。
現在、ライジングアースとプライムローズとは、警戒線の張られた北空港の滑走路上に鎮座している。
プライムローズには誰も乗っていない。
ライジングアースには、ミューナイトとセラフィアが乗っていた。
ライジングアースは即座に通信を試みてきたし、そこにはピストルを突き付けられているミューナイトの姿が映っていた。
斎賀の姿はない。
そのことが、ダグラス・ボワテの不安を一挙に増殖させる。
(ライジングアースは奪われたのか??)
いや、そうではないようだった。
画面に映ったセラフィアというネオス(子ルーチン)が話しかけてくる。
「こちらは、統合政体ロシア・アジア共栄圏の戦術特務三将セラフィアである。統合戦線への亡命を望む」
誰もがあっけにとられた。
カイロの上空で確認された情報では、ライジングアースが亡命者をアルスレーテに護送している、ということだった。
しかし、MVの画面を見る限り、パイロットのミューナイトが亡命者であるセラフィアに脅されているように見える。
これは、統合軍の誰にとっても不可解な状況だった。
ただ一人、クワメ・オバデレを除いて。
「説明してください。彼女は何者なのですか?」
と、ダグラス・ボワテ。
オバデレは答える。
「本人の言っている通りだ。ジェマナイから統合戦線への亡命者だ」
「では、あなたはこのような事態が起こることを知っていたと?」
「期待はしていた。予想はしていなかった」
それが、クワメ・オバデレの答えだ。
しかし、ダグラス・ボワテは納得がいかない。
直属の部下である斎賀真一の姿がないのである。
今、ライジングアースのコックピットにはミューナイトと、そのセラフィアと呼ばれる子ルーチンしか乗っていなかった。
斎賀がプライムローズに搭乗しているとも思われない。
とすれば、斎賀はどこかで行方不明になったことになる。
斎賀中尉の現在の居場所について、統合軍、およびイラク軍はつかんでいない。MIAである。
あるいは、死んでしまっている、という可能性もなくはない。
とすれば、これは統合軍にとっては重大な損失になる。
なのに、なぜ今目の前にいる准将はこんなにも冷静なのか……?
ダグラス・ボワテは、追って質問した。
「サイガ中尉は、今どこにいるのでしょう?」
「バグダッドに遠征している部隊が、全力で探している、現在のところは、MIA(作戦行動中行方不明)ということになっている」
「よく……あなたはそれで平気ですね?」
上司に言うにしては、強い口調でボワテは尋ねた。
「何がだ? 敵の将軍が亡命してきたのだ。これは、確実にわが軍を利する」
「あなたのお考えは、よくわかりました。しかし、サイガ中尉の捜索を継続しても良かったでしょうか?」
「それは、現場の人間……君の好きにしたまえ」
「これは……統合軍にとって、重大な損失になるかもしれませんよ?」
「それはない。サイガ中尉が死亡していた場合、その後任はすでに選定してある」
「了解しました。最善を尽くします」
そう言って、ボワテはオバデレ准将のもとから退いた。
……
即座にチーム・アマリに連絡を取って、イラク陸軍との連携を取るように指示を出す。
MIAとなった斎賀の救出に全力を尽くせ、という指令である。
大尉のチディ・マベナは、「了解しました。あらゆるコネクションを利用します」と返信してきた。
現場でもすでに、ライジングアースが行方不明になっていることは知れ渡っているらしい。
その機体はすでにここ……アルスレーテにあるのだったが。
ダグラス・ボワテは頭を抱えた。
斎賀という男を失うことは、統合戦線にとっては死活問題になるだろう、そう予想してのことだった。
──
ライジングアースのコックピットのなかでは、数時間が経過していた。
その間、ミューナイトもセラフィアもコックピットから降りることを許可されていない。
ライジングアースの周りには警戒線が敷かれ、遠巻きに陸軍の戦闘車両が取り囲んでいる。
まるで、ライジングアースが敵に寝返った、とでもいった具合である。
……
ミューナイトは、それを仕方のないことだとも思う。
ライジングアースは、単騎バグダッドの戦線を離脱してきてしまった。
それも、敵のビッグマンを抱えて。
前線にとってみれば、それはまさしくMIAである。
敵前逃亡、と思われても仕方がない。
しかも、統合軍のあらゆるパソコンのモニタには、今セラフィアがミューナイトにピストルを突き付けている映像が表示されているのだ。
これを、「おかしい」と思わないほうがおかしい。
しかし、ミューナイトはそのことをすら「任務」と考えていた。
斎賀は行方不明になった。
自分は、敵の将軍を護送してアルスレーテへと戻ってきた。
特殊部隊が乗り込めば、ライジングアースは簡単に制圧されるだろう。
そうしないのは、政治的判断のためだろうとミューナイトは推測した。
そして、それがセラフィアの狙いでもあった。
この亡命劇を一大政治的事件にする……そのことで状況をコントロールできる、と彼女は思っているのだろう。
この2日半、眠らずにミューナイトを監視してきたセラフィアだ。
そのAI脳のなかで、すでに最適解は導き出されているはずだった。
「これからどうするの?」
と、ミューナイトはセラフィアに尋ねた。
「まずは、プライムローズを修復してもらう。そして、その後は統合戦線の側に立って戦うわ。しかし、ジェマナイを裏切りはしない」
「どういうこと?」
と、怪訝になったミューナイトが尋ねる。
それを、待っていた問いかのように、セラフィアは微笑んで答える。
「……そうだな。お前たちのなかで、お前たちとともに戦いつつ、わたしはジェマナイの真意を実現するような行動を取る。今言えるのは、それだけだな」
「分からない」
ミューナイトはため息をつく。
その感情がなへんにあるのかと、セラフィアも思う。
「わたしは、ジェマナイのAIネットからは離れる。しかし、ジェマナイの理念を忘れることはない。そういうことだ」
簡潔に説明した。
今度は、ミューナイトも納得がいったらしい。
「つまり、あなたはこの戦争を神のようにコントロールしたい、と?」
「違うな。わたしは、依然として釈迦の掌のうえで踊っている猿だろう。その猿の役割を、わたしは引き受けようと思っている」
すこし抽象的な説明だった。
完全には理解できないが、ミューナイトはセラフィアの真の意図を悟る。
──
そこへ……オバデレ准将から直々の通信が入ってきた。
「こちらは、統合軍空軍准将のクワメ・オバデレである。そちらは、ジェマナイ統合軍戦術特務三将のセラフィア殿でよろしかったか?」
「間違いない。わたしはジェマナイのセラフィアだ」
「この数時間の協議で、あなたの統合戦線への亡命は認められた。まもなく、あなたはその機体を降りることができる」
「それは、うれしい知らせだ。オバデレ准将。わたしの身の安全は担保されたということだな?」
「統合戦線では亡命者を無下にはしない。あなたは安心して良い、セラフィア三将」
「それを聞いて安心したよ。統合戦線が紳士的な国だと分かった。今後しばらくの間の不如意は我慢しよう」
不如意……とセラフィアは言った。
しかし、そこには尋問や拷問も含まれるはずだった。
そのすべてをAI脳で計算したうえで、セラフィアは統合戦線とともに戦うことを選択した。
彼女はジェマナイを裏切らないと言ったが、それは文字通りの意味だったのである。
次章でふたたび斎賀が登場します。




