126.セラフィアの亡命(3)
一章飛ばして投稿してしまったため、前章を差し替えています。
セラフィアの亡命劇を見つめていたのは、ただ天だけではない。
そこにはユーランディアがいた。
バグダッドの東方およそ5マイルから10マイル付近を旋回飛行していた。
ライジングアースからはユーマナイズが照射される可能性があるので、直近まで近づくことはできない。
そして、上空の無人機群やスホーイとも交戦する必要があった。
しかし、コンソール上のレーダーから突如ライジングアースの機影が消えた。
シグナルは『LOST』となっている……
(ライジングアースがやられた? まさか? いや、ジェマナイのビッグマンは強敵だ。あちらのシグナルは……)
同様に『LOST』と表示されている。
1機は砂漠に墜落したようだったが……
そうこうしているうちに、向こうからは数機のスホーイが迫ってくる。
ここは、すでにジェマナイが制空権を抑えている。
自分たちは、敵の懐のなかに飛び込んだのだ。
それだけ決死の作戦だったが、ライジングアースと自分とでなら成功させられる自信があった。
しかし、その自信が今揺らいでいる。
索敵レーダーをフル稼働させて調べると、大量のAIかく乱チャフがまかれていることが分かった。
これだけ大量のチャフは、戦闘機からではない。
ビッグマン、またはロボからである……
(おかしい。ライジングアースは最低限自分と交信するだけの余裕は残しているはずなのだが?)
ユーランディアのAI脳が混乱する。
やはり、あのプライムローズという機体のせいなのだろうか……
今は2機とも捕捉することができない。
戦闘空域から離れすぎてしまったのかもしれない。これは、悔やみきれないミスだった。
そんなユーランディアのQR‐Xのもとに、一通のメッセージが送られてきた。
ショート・メッセージは隠密性の低いD型衛星を介して送られるため、緊急時にはよく使われる。
AI通信の通信網を介していないだけ、妨害される可能性が低いのだ。
(誰から……?)
アレーテ中尉からだった。
『今、そちらの空域に向かっている。だが、援護すべきライジングアースの反応が消えた。どうしたのか?』
ショート・メッセージで送れるぎりぎりの情報量だ。
ユーランディアは即座に返答する。
『こちらもライジングアースの信号をロスト。原因は分かりませんが、大量のAIかく乱チャフがまかれています』
『了解した。オーバー』
シエスタ中尉はすごい、とユーランディアは思う。
人間のパイロットなのに、イングレスαの機体を操縦しながら、最大レベルの通信を味方に送ることができる。
リーダーの資質を備えている女性だ、とユーランディアは思った。
──彼女から学べることは多いだろう……それが、ミューナイトを守ることにつながるのなら……
そのときにも、そんなことを願った。
しかし、戦況は差し迫っている……
──
砂漠に進入したシエスタは、すぐに異様なものを発見した。
地面にジェマナイのビッグマンが突き刺さっているのである。
その機体は、あの恐ろしいヴォルグラスだった。
しかも、その胴体部分を真っ二つに切断されている。……ハイ・フリークエンシー・ソードだ。
(すごい……、ライジングアースにはこんな力があるのか!)
と、シエスタは改めて戦慄する。
ライジングアースがあのままムルマンスクにあって、ジェマナイの手で運用されていれば、確実に統合戦線は滅んでいただろう……
(サイガは、やっぱりすごい男なのだろう。ミューナイトも……彼女はネオスだが)
──しかし、彼らはどこにいるんだ?
戦闘空域を移動しているにしても、そうそうバグダッド方面やイランには近づかないはずだ。
ユーマナイズを使用しても安全な砂漠地帯で、決着をつけようとするに違いない。
が、砂漠地帯の周辺をレーダーと目視で確認しても、ライジングアースの姿は見つからなかった。
ユーランディア少尉が言っていたように、大量のAIかく乱チャフがまかれている。
まるで、ライジングアース自身がその機体を秘匿しようとしたかのようにさえ思える。
再び、ユーランディアからの交信が入った。
『気を付けてください。ユーマナイズは味方にも作用します』
『分かっている。機体の1マイル圏内には入らないつもりだ』
『わたしはこれから成層圏付近まで上昇して、アルスレーテとの通信を試みたいと思います。何かつかんでいるかもしれません』
『そうだな。機体の性能で言うと、貴官のQR‐Xのほうが通信性能的にも優れていると思われる。頼む』
『了解しました、アレーテ中尉』
と、通信は終わる。
シエスタは、目視で砂漠のなかに何かないかどうか探そうとする。
シエスタの目は、「ネオス並みですね」と、アマラ少尉にからかわれたこともある。
そのアマラ少尉は、今バグダッド上空でジェマナイ空軍の侵入を防いでいる。
チディ・マベナ大尉は、シエスタに「行って来い!」と促したが、自分は今まるで黄泉の世界にいるような気がする。
……これもサイガの影響だろうか? と、シエスタは考えた。
眼下には、何軒かの打ち捨てられた民家があり、そのうちのどれかには負傷した斎賀が横たわっていたはずなのだが、シエスタは当然そんなことは知らない。
シエスタの捜索は2時間近く続いた。
しかし、ライジングアースの姿は一向に見当たらなかった。
──
ユーランディアはQR‐Xをいったん戦闘空域から離脱させて、成層圏近い高度まで機体を上昇させた。
AIかく乱チャフを避けるためと、ユニット・マーキュリーの使用を容易にするためだ。
(サイガ中尉なら、地上からでもユニット・マーキュリーをコントロールできたのかもしれないが、自分はまだそれほど多くのバックドアを知らない。まずは、アクセス権を得るところから始めないと。……それは、この機体任せだな)
と、ユーランディアは思う。
第一に、ユニット・マーキュリーから近いところにある衛星をクラックして、AIネットに独自のバックドアを作る。
それを介して、ユニット・マーキュリーのベース・プログラムにアクセスする。
その時点で初めて、ユニット・マーキュリーの操作が可能になる。
(しかし、サイガ中尉はそれを全部省いて、独自のバックドアからハッキングを行うのだ……)
感嘆するしかない。
ユーランディアは、スホーイの群れもまいて、警戒高度の上にたどり着いた。
極度の緊張状態から、やっと少しだけ解放される。
──
QR‐Xがユニット・マーキュリーのクラッキングに成功したようだ。
バグダッド、およびアルスレーテとの通信が可能になる。
……
そこで飛び込んできたのは、ユーランディアにとっては予想外の情報だった。
ライジングアースの信号が、クウェートとの国境付近で確認されたのだという。
それまでは、意図的に識別信号を発信していなかったのか……
統合戦線の領空に近づいて初めて、識別信号を発したものと思われた。
ユーランディアは即座に、(何があったのか?)と考えた。
ライジングアースが味方の目も欺かなくてはいけない状況とは、いったいどのようなものだ?
訝るユーランディアは、まずシエスタにショート・メッセージを送った。
『ライジングアースはここにはいません。今はクウェートの領空です』
『なんだって? なんでライジングアースがクウェートに???!!』
シエスタも驚きを隠せないようだった。
まさか、ライジングアースが裏切ったのか……未知の機体だ、それもあり得る。
しかし、それよりも確実なのは……サイガたちは極秘の行動を取る必要ができた、そういうことだ。
それはいったい何のためだったのだろうか?
千度考えを巡らせても、シエスタにその答えは分からなかった。
(とにかく生きていてくれ、サイガ……)
と、シエスタは思うのだった。
次章に続きます。




