123.MIA(2)
ミューナイトにたいするセラフィアのかけひき。
「戯言は止せ!」
セラフィアはそう叫ぶと、ミューナイトに向かって一発の銃弾を放った。
しかし、それはミューナイトには当たらず、背後の全周囲モニタの画面に弾痕が開いた。
この距離から……ネオスが射撃を外すなどということはありえない。
セラフィアはわざと外したのだ。
じりじりするような気もちに、セラフィアは焼かれそうだった。
(このネオス……自分を何様だと思っているんだ!)
だが、ミューナイトのほうでは自分を何様だとも思っていなかった。
そこにあったのは、ただ任務である。
斎賀というパートナーといっしょに出撃し、敵のいくばくかを葬り去り、無事に帰還するという任務。
ミューナイトは完全にその一貫した任務のなかにいた。
思えば……ムルマンスクに侵入したときから、斎賀というのは不思議な男だった。
わざと光学迷彩を外して敵の基地に潜入したり、敵の兵士をためらいもなく撃ったり。
ミューナイトは、斎賀が非情な男だということを知っている。
そして、今目の前にいるこのネオス(子ルーチン)も、非情な女だろう。
(だから、わたしは彼女を止められないだろう)
と、ミューナイトは思う。
しかし、彼女が斎賀を殺すことだけは、避けさせなければならなかった。
それを「なぜ?」と、問われても、ミューナイトには分からない。
「この機体をトムスクまで飛ばせ。わたしと、それからわたしのビッグマンをけん引してだ!」
命令のように、セラフィアが叫んだ。
しかし、それは叫びと言うにはあまりにも小さな声だったろう。
それは、つぶやきのようにも、祈りのようにも聞こえた。
「あなたは、負けたのよ?」
と、ミューナイトは両腕を上げたままで言う。
セラフィアがもう1発撃った。
その弾丸は、ミューナイトの頬をかすめた。
しかし、彼女はやはり動かない。
(命の重さを背負っている顔だ。リュシアス様と同じように……)
そう、セラフィアは思った。
「トムスクへは行かない。おとなしく投降したほうがいいわ、セラフィア……」
と、ミューナイト。
「トムスクでないのなら、わたしをどこへ連れていくというんだ? バグダッドへか? ワルシャワへか? アルスレーテへか?」
嘲笑のような口調で、セラフィアが言う。
「ええ、アルスレーテへなら、連れていくわ。斎賀といっしょに。あなたの機体の左腕は、すでに統合戦線が回収している。トムスクへ行っても、あの機体の左腕は待っていないのよ」
(まるでビッグマンを生き物のように言う)……と、セラフィアは思った。
なにもかもが忌々しい。
悟りすましたような、諦観したような、無表情なミューナイトの顔。
子ルーチンとは違う過酷さが、たしかにここにはある……
──このネオスとならばいっしょに戦いたい。そう自分に思わせたような強さ、したたかさ、そして自由さ。
なにもかもがまぶしい光景のように、その時のセラフィアの瞳には映った。
「ああ、アルスレーテへなら行ってもいいな。お前にピストルを突き付けたままなら、わたしの立場も保証されるだろう」
苦々しい気もちで、セラフィアは言った。
その打算は、今の彼女にあってはとても真っ当なものだった。嘘ではない。
しかし、それがミューナイトから発した考えであるとすれば、それは途端に嘘になる。
まるで、自分が今まで生きてきたことがすべて虚構になってしまうかのような……。
セラフィアは、厳しくミューナイトの目を見つめ返した。
彼女とミューナイトたちとの戦いは、まだ続いていたのである。
「これはあくまでも投降ではない、亡命だ。お前たちは、わたしの命と立場を保証しなければならない」
そう、セラフィアは言う。
しかし、ミューナイトは……
「戦場で秩序が守られたことが、今まである? ないわ。あなたはわたしたちの包囲網のなかにいる。あなたはすでに虜囚なの。いくら銃をつかんでいてもね?」
そう言われて、セラフィアは言い返すことができなかった。
ビッグマン同士での戦闘でも負けたが、今この瞬間にも彼女はミューナイトに負けている……
「分かった。良いだろう。わたしはお前たちの虜囚ということだな? しかし、この男は連れていけない」
と、視線だけでセラフィアは斎賀を指し示した。
途端に、ミューナイトの顔が青ざめる。
明らかに動揺している徴だ。
(うまく行った……)
と、セラフィアは思う。これで、会話の主導権をこちらに握ることができる。
「彼を……サイガを、どうするの?」
「この砂漠に置いていく。一人でな。統合戦線の兵士なんだろう? サバイバルでも生き残れるさ……」
セラフィアは冷酷に言い放った。
ミューナイトはしばらくの間考え込んだ。
斎賀をライジングアースから降ろして、セラフィアをアルスレーテまで連行する。
このような大物を確保することは、統合戦線にとっても十分に益することだ。
交渉の材料としても使えるし、情報を引き出す役にも立つ。
必要であれば、尋問官が拷問なり、自白剤の使用なりをしてくれるだろう。
その「戦果」の大きさを、ミューナイトは演算した。
しかし……と、彼女のなかの何かが拒絶する──サイガを置いてはいけない。
これはもう一つの戦い、心理戦である。
今セラフィアからピストルを突き付けられている、ということは、ミューナイトの心に何らの影響も与えていなかった。
ただ、事実だけを彼女は演算している。真のネオスとして。
その結果出てきたのは、こんな言葉だった。
「サイガは置いてはいけないわ。彼はライジングアースのコパイロットよ。彼がいなければ、ライジングアースは動かない」
「ライジングアースの仕様のことは少し聞いている……」
とは、セラフィア。
「そう。ライジングアースはネオスと人間が協働することで、真に動作する。それまでは、ただの泥人形ね」
この窮地を受けてのことなのか、ミューナイトの口調はいつもより饒舌で辛辣だった。
「泥人形」などという侮蔑的な言葉が出てくる。
それは、いつものミューナイトにはないことだった。
「ふふ。心配ない。わたしは人間の行動と心理をエミュレートする訓練も受けている。この機体にわたしが人間だと思わせるくらいは、わけのないことだ」
セラフィア自身も饒舌だった。
何かが、彼女の存在を大きなものに見せかけなくてはいけないように、彼女を後ろから押している。
ミューナイトの瞳は曇った。
「あなたが……わたしのコパイロットになると言うの?」
「そうだ」
セラフィアはピストルを撃った。その銃弾は、ミューナイトの左足に当たった。
そして……ミューナイトの意識は遠のく。
……気が付いたときには、すべてが終わっていた。
コックピット内に斎賀の姿がない。
ミューナイトは動揺した。
自分は今、セラフィアというこの敵の将校と対面するようにシートに座っている。
彼女からは、依然としてピストルを突き付けられていた。
虜囚。虜囚のなかの虜囚。何重もの構図が、ミューナイトの演算結果を曇らせる。
(わたしの今のパートナーは誰? サイガ・シンイチ中尉だ。今彼はここにはいない……ならばどうする?)
「サイガを、どうしたの?」
と、ミューナイトはセラフィアを問い詰めた。
セラフィアは、いくぶん余裕を取り戻したような表情で、こう答えた。
「近くの民家の軒先に横たえてきたよ。と言っても、このあたりの民家はすでに空き家のようだったけれどね」
「彼は……死んでしまうかもしれない」
「それもあり得るな。MIA(作戦行動中行方不明)だ。運が良ければ生き残れる。わたしと同じにね……」
その瞬間、ライジングアースがその主電源を取り戻して、コックピット内のLEDライトが明滅し始めた。
それはひとつの宇宙の鼓動のように、セラフィアには感じられた。
あくまでもネオスの論理です。




