122.MIA(1)
ライジングアースのコックピット内でのセラフィアとミューナイトとの対決。
セラフィアは、この期に及んでも自分が何をしようとしているのか、はっきりしなかった。
ただ、コックピットの奥の二つの瞳を見つめている。
ミューナイトだ。
自分は以前からこのネオスのことを知っているような気がする。
それは、セラフィアがトムスクの医療ブースのなかで目覚めたとき……その時よりもずっと以前からだ。
そして、男のほうは気絶していた。
この男が、「サイガ」というコパイロットだろう。
こいつのクラッキング能力にはわたしも手こずらされた……と、セラフィアは思う。
一思いに殺してしまえれば良かったが、ハイ・フリークエンシー・ソードがコックピットの直上を貫いたことで、それよりも苦しい思いをしただろう。
首と左腕の二の腕の部分から血が流れているが、コックピットがスパークしたときに負った傷らしい。
(悪いことをした)とも考える。
だが、(哀れだ)とは思わなかった。
この戦いは、自分が負けていたのである。
その敗北感は、セラフィアのなかで拭い去ることのできないものだった。
セラフィアは、ピストルの照準をミューナイトの額に定める。
さすがだ。一切動じない。
「両手をあげろ……言葉は通じるな?」
ピストルの先でミューナイトの動作を促す。
ミューナイトは、ゆっくりと手を挙げた。
男のほうは、依然として気を失ったままである。
「あなたは誰?」
とミューナイトが尋ねる。
その口調ははっきりとしていて、おびえている様子は一切なかった。
自分をこれほど苦戦させた敵だ、そうでなければ困る、とセラフィアは思う。
(しかし、自分の勝ちはまだ確定していない……なんのための、「勝ち」だ??)
セラフィアは、頭がじんじんと痛むのを感じた。
落下の衝撃かもしれない。
ショック・アブソーバーは正常に機能したようだったが……腰のあたりと左足も少し痛む。
セラフィアは、今さらのようにパイロット・スーツが破れていることに気が付いた。
(この勝負、たしかに自分が負けていた……)しかし、その相手にマウントを取らせたくはなかった。
「わたしはセラフィア。統合政体ロシア・アジア共栄圏の戦術特務三将だ……」
「あなたが……。データでは知っているわ」
「実際になんども剣を交わしているだろう。もう、見知った間柄だ」
「そう、敵としてね?」
そんな言葉が交わされる。
今この瞬間、ピストルを相手に突き付けているのは自分だが、戦況的には圧倒的に不利な状況にある。
ミューナイトというこのネオスと、この男の生殺与奪は自分が握っている。
しかし、統合軍かイラク陸軍がここまでたどり着けば、自分は虜囚となるだろう。
そういう自覚があった。
(もし、ここで自分が統合戦線に亡命してしまえば……?)という思考が、ふいにそのときのセラフィアの心をかすめた。
投降ではない。亡命である。
リュシアス一将が、自分に生き延びるようにと言ったことには、なんらかの意味があるのだ。
わたし自身には把握しきれない、ジェマナイ全体での世界の演算結果のような、遠大なものが。
セラフィア自身はうぬぼれ屋ではなかったが、誰よりも世界と深く関わり、感覚していた。
その答えが……ここ、ミューナイトというネオスの心のなかにあるような気がしていたのだ。
「彼の……傷の手当てをさせてくれない?」
と、徐にミューナイトが切り出した。
右手の人差し指で、斎賀の傷を指している。
セラフィアはうなずいた。
ミューナイトはゆっくりと立ち上がると、救急パックから包帯を取り出して、斎賀の二の腕と首に巻き付ける。
それから、たんぱく質生成オイルを塗布した。
手慣れた手つきだった。
統合戦線のネオスは優秀だと聞いていたが、緊急時の行動もそつなくこなすようだ。
その間、セラフィアはミューナイトにピストルを突き付けたままである。
そして、男が目を覚まさないかと油断なく見張っている。
男──斎賀からはかすかな息が漏れてくるものの、微動だにしなかった。
(これは、一時的な気絶ということでは済まないかもしれないな……)
セラフィアは思った。
それにしても、目の前にいるネオスが自分と同じ15歳だということが信じられない。
その容姿はあまりにも若く、まるで人間の少女のように見える。
ただしその感覚は、これまでにも一度ならず持ってきたものだった。
それは、リュシアスと会うときに感じる感覚である。
リュシアスは、子ルーチンとしては古参の20歳だったが、その外見年齢もほぼ人間で例えれば20歳くらい……
つまり、子ルーチンとしての「老い」がないのである。
そのことを、セラフィアは引け目にも負い目にも思ったことがあった。
しかし、今はすべてから解き放たれたような感覚でいる。
自分は、リュシアスの理想を体現するために、この世に生きている……。
それは、「忠誠」とは少し違う信念の形だった。
「彼は、サイガ・シンイチ。今のわたしのパートナーだ」
ミューナイトが言う。
それを受けて、セラフィアも答える。
「知っている。統合戦線では皆バディで戦うのだったな。しかし、ジェマナイでは一人で戦う……」
コンマ何秒かのためらいの後、セラフィアは続けた。
「しかし、そのことに言い知れない違和感を感じることもある。ちょうど今のように──」
「それを、孤独って言うのよ、セラフィア」
きっぱりとした声音で、ミューナイトが指摘した。
その目は、まっすぐにセラフィアの目をのぞき込んでくる。
ピストルを突き付けているこちらのほうが、威圧されてしまいそうな眼差しである。
「子ルーチンは、名前を呼ばれることもあまり多くない。任務のときくらいだ。すべてがジェマナイのAIネットに接続されていて、思考はそこから湧き上がってくる。まるで、泉のように……」
そして、ふたたび数秒黙った。
「しかし、お前はわたしの名前を呼ぶんだな?」
ミューナイトは、その問いには答えなかった。
その代わりに、こうつぶやいた。
「セラフィアは、ずっと耐えてきたのね……今まで」
それは、雷に打たれたような瞬間だった。
セラフィアは完全に息を飲んでいた。
(この目の前に横たわっている傷ついた男と、そんなにも強い信頼関係で結ばれているのか、このネオスは?)
と、思う。
(わたしとリュシアス様との関係は、いったいどうなのだろうか? 生死を超えてつながれる間柄なのだろうか?)
セラフィアは、このミューナイトの瞳に統合戦線という国家の強さを垣間見たような気がした。
それは、人間の心の強さでもあっただろう。
(このネオスは……人間ではないはずなのに!)
ふたたび、ミューナイトがゆっくりと話し始めた。
「わたし、モスクワで自分の名前を刻んだの。瓦礫の破片に……自分を残したいって思ってね」
『M・U・E・N・I・T・E』
と、その時の文字を、ミューナイトはコックピットの虚空内に指で描いてみせた。
それが、なぜだか温かいような感覚をセラフィアにもたらす。
ジェマナイには、コードネームでしか呼ばれないような子ルーチンも大勢いる。
自分のように、意味のある名前を与えられている者は幸運なのだ。
セラフィアは、ジェマナイの子ルーチンに対する支配体制というものに、即座に違和感を感じた。
それは、取り消しようもなく、後戻りも彼女に許さないような、強い違和感だった。
第七部、いよいよ始まりました。物語はこの章でまた大きく動きます。




