120.砂漠の死闘(5)
ライジングアースと対峙するプライムローズです。
セラフィアは、プライムローズのイグニション・スイッチを入れた。
──自分は何よりも高く、どこよりも遠くへと飛んでいかねばならない、……そんな思いが胸に萌す。
まずは、なんとしてもライジングアースの上を取ること。
しかも、上空の小バエとの間に機体を差しはさまれてはいけない……
セラフィアは、QR‐Xに向けて威嚇のミサイルを放った。
軌道を変えさせた後は、味方のオルリヌイ・ルーチに対処をさせる。
片腕だけで飛んでいる現在のプライムローズを、彼女自身の墓標とするわけにはいかなかった。
(なんとしてでも生き残る……)
決意は固い。
しかし再び、彼女の心に「ユーマナイズ」に対する恐怖が、影を落とすのを感じる。
(例の武装はヴォルガ二将が破壊してくれたはずだ……)
それは、わずかな希望である。
オルリヌイ・ルーチはQR‐Xを捕捉して包囲しつつある。
味方のスホーイにも連絡をつけたかったが、ジャミングが邪魔をしている。
どうも、敵の機体はAIかく乱チャフを大量に撒いたらしい。
むべなるかな、だった。
味方機もいない戦場で、敵だけを相手にするのであれば、心置きなく戦うことができる。
ライジングアースのパイロットは、ヴォルガと同様単騎で戦える有能なパイロットだったし、支援は最低限で良いのである。
むしろ、この場合支援が邪魔になりさえする……
──
上空でいくつかの弾がさく裂している。
QR‐Xが急旋回して、攻撃を躱す。
セラフィアは状況を確かめた後、ハイ・フリークエンシー・ソードを抜刀した。
その時だった──。
セラフィアはまたはっきりとした声を聞いた。
その声は、こう言っていた。
(わたしは、ミューナイト……。あなたの敵ではない……)
(敵ではない? ミューナイト? お前が、あのロボットのパイロットなのだろう?)
セラフィアも色を失う。
(わたしはミューナイト、あなたの友……)
声は繰り返した。
それはAIネットを介して送られてくる声には違いなかったが、解読不能のコードが含まれている。
それは、まるでコンピューターに作用するウィルスのようなものに感じられた。
(わたしはこの声に負けてはいけない。この声に負けては……)
勝てる戦いが勝てなくなってしまう!
そこに、戦士としてのセラフィアはいた。
別の言い方をすれば、彼女はまだ「勝ち」にとらわれていた。
彼女もまた、生まれながらにして戦うことを定められた存在だったのだ。
これまでは、ジェマナイという土壌が彼女の宿命を全うさせてくれていたのだが……
が……そんなことに心をかまけさせている余裕はなかった。
ライジングアースが地面すれすれの距離から、急上昇してプライムローズを追ってくる。
威嚇の腰部ミサイルとロケットパンチが同時に飛んできた。
「敵ではないのなら、なぜわたしを攻撃する!」
セラフィアは、激高して叫んだ。
考えれば考えるほどに、答えが遠ざかっていく。
ハイ・フリークエンシー・ソードを右手に構え、ジェットでライジングアースへと突進。
刃の切っ先と切っ先が火花を散らしてぶつかりあう。
上空の雲がめまぐるしく旋回した。
いや、ライジングアースとプライムローズが旋回しているのだ。
機体を加速させた勢いで何回転もぐるぐると回る中、相手を剣で切りつけることはやめない。
魂と魂の戦いだった。
プライムローズが腰部ミサイルを発射!
ライジングアースはスーパー・アンブレラで防戦する。
機体の直近で爆発するミサイル。
上空では、さらにいくつかの閃光。
オルリヌイ・ルーチがQR‐Xの攻撃で爆散した。
1機、2機……
(くそっ、あのパイロットも優秀なネオスだったか……)
セラフィアは心のなかにささやいた。
自分がプログラムしたオルリヌイ・ルーチの軌道を予測して躱せるのは、ネオスだけである。
(もしや……アルスレーテへの空爆前に亡命した機体か?)
セラフィアの直感が、線となってつながる。
セラフィアのAI脳がまた余計な演算を始める。
……オーストラリア共和国がジェマナイに宣戦布告してきたら、どうなるか?
セラフィアの脳内に世界地図が展開され、その勢力図がめまぐるしく変わる。
だが、一点ゆらがないものがある。統合戦線アフリカ機構である。
セラフィアの演算では、オーストラリア共和国が参戦した場合、ジェマナイはかなりの確率で敗戦する、という結果が示された。
(こんなときに、わたしの思考までわたしを邪魔するのか!)
セラフィアは心のなかで毒づく。
もはや、普段の冷静さは失われていた。
その間も、プライムローズとライジングアースはハイ・フリークエンシー・ソードで斬りあっている……
(余計なことに気を取られすぎだ! もっと、集中しろ、わたし!)
セラフィアは、自分自身を叱咤して言い聞かせる。
ただでさえ、現在のプライムローズは片肺のような状態なのである。
これ以上のダメージを受ければ、機体を制動することすら危うくなってくる。
そこに制限時間はない。
しかし、ライジングアースとの戦いははっきりと時間に制限のある戦いだった。
(戦い続ければ、わたしは負ける……!)
脱出さえできれば良い。
ヴォルガ二将のように、敗れて帰還する、という方法もあっただろう。
リュシアスも、セラフィアに向かって「お前は自分の運命を全うせよ」と言った……
(わたしは生き抜いて見せる! なんとしてでも!)
しかし、それに対する圧倒的な脅威が今目の前に迫っていた。
──
そのころ、ライジングアースのコックピットでは……
(気をつけろ、ミューナイト。今片肺で飛んでいるビッグマンは、熟練のパイロットが操縦している。ヴォルガ以上の手練れかもしれない。俺の予測では、あの機体のパイロットは南極戦線で俺たちが戦ったやつだ)
ミューナイトは高速でコンソールにコマンドを入力。答えを導き出している。
(サイガの勘は正しいな。戦術データも、85%の確率であのパイロットは南極でわたしたちが戦ったパイロットだと出てくる)
(とすると、ユーマナイズは効かないな?)
と、斎賀は南極戦線でユーマナイズを浴びながら急速離脱したビッグマンのことを想起しながら伝える。
──彼、または彼女は、投降も自殺もしなかった。
斎賀は、心のどこかでそのことが引っかかっていたのだ。
だからこそ、この武器はまだ「使える」。
(いや、どうかな。もしかすると、もうユーマナイズは効いているのかもしれない……)
ミューナイトが答える。
(なんだって?)
100分の1秒ほどの間隔を置いて、ミューナイトが続けた。
(ユーマナイズというのは、ただの洗脳兵器じゃない。攻撃対象に向かって「汝人間たれ」ということを考えさせるコマンドになっている。それを音と光の干渉波によって、量子レベルで脳やシステムに作用させているんだ。だから、あのネオスが元から人間的な思考の持ち主だった場合、破滅的な結果は訪れない……。むしろ、その成長と進歩を助ける)
(驚いたな、ミューナイト? 研究班の解析でも、そんな考え方は提示されていなかった。それ、次のブリーフィングで伝えよう)
(生きて帰れれば、な。サイガ)
(だな……)
今、目の前にいる敵は、「倒さなくてはいけない敵」だった。「救うべき敵」ではなかったのだ……
ユーマナイズの秘密がまたすこし明らかになりました。




