119.砂漠の死闘(4)
ヴォルグラスを倒したライジングアースはプライムローズと対峙します。
セラフィアは絶句した。
自分の目の前で、ヴォルガ二将の操るビッグマン、ヴォルグラスが一刀両断にされたのである。
あの武人であるヴォルガ二将が、敵の前に膝を屈するなど、あって良いことではなかった。
セラフィアは、即座に通信を試みる。
ザザッ、というノイズが通信の間に入る。
なかなかつながらない。
上空にいる小バエから、なんらかのクラッキングがなされているのかもしれなかった。
「ヴォルガ二将、応答してください。繰り返します、二将は無事なのでしょうか?」
この時には、任務も何もかもを忘れて、ネオス(子ルーチン)としてセラフィアは話しかけていた。
メッセンジャーでも、「ブジデスカ? オクレ」と送信する。
返答があったのは、数秒後だった。
「あーあ。やられちゃったよ、僕としたことが……」
「無事だったのですね、ほっとしました」
「ああ。ビッグマンのボディは頑丈だからな。僕はたぶん、骨折とかはしただろう」
「しかし、無事で何よりです。今後の作戦の指示をお願いします」
「君は三将だろ? 好きにやればいいのさ……」
ヴォルガがそう言って、通信は切れた。
セラフィアは安堵の息をつくとともに、憎きライジングアースの姿を見つめる。
その肢体は、空中に静止するかのようにホバリングしていた。
まるで、セラフィアの駆るプライムローズを挑発しているかのようである。
セラフィアは、脳裏を一つの思いがかすめるのを感じた。
──
(ミューナイト、どうだ? ヴォルグラスは完全に行動停止したか?)
(見ればわかる、サイガ。胴体を真っ二つに切られて、動けるビッグマンはいない)
(でも、上半身だけ動き出したりとか、あり得るだろう?)
(いや、ないな。コアのカーネルが完全破壊している。もう、あの機体は廃棄確定だろう)
(そうか)
斎賀はただ同意した。
なんだか頭が痛かった。
さきほど、ヴォルグラスからのロケットパンチをまともに食らったせいで、頭痛がしているのかもしれなかった。
しかし、そんな負担をミューナイトに押し付けてはならないと思う。
なんと言っても、ミューナイトはまだ15歳の少女なのだ。
いや……実際には、ネオスの15歳はすでに成人の年齢であるのだが。
斎賀は、この時も、15歳で死んだ自分の妹のことを思い出していた。
あの時、なぜ妹は死ななければならなかったのか……
その思いが、ここまで斎賀を引っ張ってきた。
自分が戦う理由は、復讐のためかもしれない、といったことも斎賀は思う。
その復讐の一端がなった今にあって、高揚感や満足感はみじんもなかった。
(この気持ちは、いつまで、どこまで道をたどれば癒されるのだろうか?)
──そんなことを思う。
しかし、そんな考えはすぐに斎賀の脳裏から去った。
今、自分が負けることは許されない。
(ミューナイト、まだ1体残っている。あの機体と戦うのは3度目だが、今回は分がありそうだ。左腕を破損したままだからな……)
(油断は禁物だ、サイガ。データによれば、あの機体のパイロットはセラフィア。15歳の子ルーチンで、ジェマナイの戦術特務三将だ)
(また15歳か……)
(なにか言ったか?)
斎賀のつぶやきの意味が分からずに、ミューナイトは問い返す。
(いや、なんでもない。今、何秒ロスした?)
(3秒もかかっていないよ、サイガ)
(なら良いんだ、ミューナイト。作戦を継続する)
と、気を取り直す斎賀。
(ところで、ミューナイト。ヴォルグラスの攻撃を受けて、ユーマナイズはまだ使えるのか?)
(分からない。胸の照射ユニットが破損してしまっている。起動に時間がかかるか、動かないか。やってみないと分からない)
(そんなことを試している時間はないな……)
(なら、どうする?)
(このまま通常の武装でプライムローズと戦おう)
(了解だ)
ミューナイトが明るいトーンで返してきた。
斎賀は、なぜかそのときほっとするのを感じた。
──
ユーランディアは、ライジングアースのおよそ1000フィート上空を旋回飛行しながら、2人の戦況を見つめていた。
ライジングアースはユーマナイズを発動しなかった。
なんらかの思惑があったのかと一瞬迷ったが、モニタの拡大映像で胸部のW字型のユニットが破損しているのが見てとれた。
とすれば、ライジングアースはヴォルグラスを倒したと言っても、相討ちに近い形だったのだろう。
敵はもう1体残っているが……こちらはヴォルグラスに比べれば難敵のようには見えない。
(左腕を破損した状態で出てくるとは、良い度胸だ)
と、ユーランディアは思う。
その機体に乗っているのが、自分より年上のネオスなのか、年下のネオスなのかも知らなかったのだが……
ユーランディアは、ライジングアースに通信を試みようとしたが『Access Denied』と拒否された。
何らかの者が通信妨害を行っている?
いや? ──それは、あの機体からだ……と、ユーランディアはプライムローズを見つめる。
そのとき、ユーランディアは悟った。
プライムローズは難敵ではないどころではなく、ヴォルグラス以上の強敵かもしれないのだ!
自分の機体、QR‐Xがクラッキングされていることを知って、ユーランディアは即座にそのことを理解する。
(あの機体に乗っているのは……恐ろしいネオスだ!)
──
セラフィアは、憎しみに燃える目でライジングアースを見つめていた。
アルスレーテで、南極で、この砂漠で、3度苦杯を舐めさせられたのが、あの機体だ。
あの機体には……ミューナイトというネオスの少女が乗っている。
この戦闘の前に、調べられるだけのことはセラフィアは調べた。
統合戦線の15歳のネオス。自分と同じ年齢だ。
ライジングアースに搭乗する前は、イングレスαの飛行士だった。
ジェマナイとのダマスカスでの戦いで、何機もの味方機を撃墜している。
生まれながらにして戦士として生まれた少女……と、セラフィアは思う。
統合戦線という国で、平和を目指す道もあったのかもしれない。
だが、その一人のネオスが自分の前に強敵として立ちはだかっている。
(あの機体を倒さなければいけない)
と、セラフィアは思う。
いや、そうではなかった。
(あの機体を手に入れなければならない……)
それが、自分の今の心理に対する正解のようだった。
生かすか殺すか、という価値観では測れないようなものが、あの機体とパイロットにはあった。
それを、宿命──とセラフィアは思う。
モスクワに潜入してきたことを知ったときから、あのネオスと自分とはどこかで結び付けられている。
セラフィアの心には、南極での屈辱のときに脳裏に響いてきた言葉も思い浮かんでいた。
(戦うな。我々は敵ではない……)
──敵でなければ、いったいなんだというのだ?
このままおめおめと引き下がって、リュシアス様の前に拝謁できるのか、わたしは?
セラフィアは戦闘的な性格ではなかったが、プライドというものはあった。
15歳にしてジェマナイの戦術特務三将となった、それなりの理由が彼女にはある。
それは、アジアの各都市での軍事的な制圧の功があってのことだ。
ジェマナイは、数年ぶりにして、ようやく統合戦線と本格的に戦うことに決めた。
それを率いているのが、リュシアス一将だ。
彼女の信頼に、わたしは応えなければならない……
(どこに隙がある? どこだ?)
しかし、考えれば考えるほど、求める最適解は遠のいていくかのようだった。
セラフィアの迷いが現れました。




