116.砂漠の死闘(1)
市街地を襲うヴォルグラス。
統合戦線の陣営でも、そのとき現場に怒号が飛び交うような事態となっていた。
ジェマナイ側が、バグダッドの市街地に対して劣化ウラン弾を使用してきた、という情報が飛び込んできたのだ。
これは明確に、「市街地に人が住めなくするような」作戦だった。
その劣化ウラン弾を放ったのは、ヴォルガ二将の操るヴォルグラスであるらしい。
姿を見せないと思っていたが、このような奥の手を用意していたのか。
統合戦線の側でも、ジェマナイに工作員は送り込んでいる。
しかし、今回の作戦のように早いペースで進行する軍事作戦では、情報部の情報が十分に現場にいきわたらないことも多い。
核という倫理的に排除されるべき兵器を使わず、ジェマナイはその目的を達した。
戦況の成り行きいかんにおいては、ジェマナイに味方する国々が出てきてもおかしくない。
ジェマナイにしてみれば、これはセヴァストポリや南極基地に攻撃を受けたことにたいする報復──正義の戦争なのである。
それだけの裏工作は、すでにジェマナイは行っているだろう。
今は現場にいないボワテ大佐も、頭を抱えていた。
(その手があったか……)という口惜しい気持ちだった。
オリヴィア博士と対話していた斎賀とミューナイトは、即座に現実に引き戻された。
ヴォルグラスが市街地に現れたというのである。
そして、現在は官庁街やマーケットに対して攻撃を行っている。
これは、どう考えても自分たちをおびき出そうとしている作戦のように思えた。
「オリヴィア博士、そろそろ現実に戻らないといけません。ライジングアースを出撃させます!」
斎賀は、時計を見やって時刻を確認しながら、彼女に伝えた。
オリヴィア・トゥレアールはむすりとした表情のままだった。
「現実って、どの現実だい?」
「戦争という現実です」
斎賀も、決然とした顔で言う。
現在、劣化ウラン弾を使用しているのはヴォルグラス1機のようだが、スホーイや無人機に搭載されれば、バグダッドの市街地全域が放射能で汚染されることになる。
これは、危機的な状況だった。
そして、打開がとても難しい危機的な状況だった。
ミューナイトは、
「オリヴィア博士。サイガを信用してください。サイガとわたしはきっとうまくやれる」
と訴えた。
シエスタも真顔でうなずいている。
「博士、すでに空軍戦力にはスクランブルがかかっています。今すぐ行かないと……」
重要だと思われる対話を、それでも打ち切らなくてはいけないということを、シエスタは博士に伝えようと思った。
アマラ少尉とチディ・マベナ大尉は、すでに滑走路に向かったのか、ここには現れなかった。
オリヴィア博士は、言い残したことがある、とでも言いたげに口をつぐんでいる。
しかし、そういう年配者に気を使っている場合では、今はない。
「博士の言葉は、戦時訓としても有用だと思います。ですが、今わたしたちは戦場にいるのです」
シエスタは、思い切ってそう口にした。
それで、オリヴィアの気もちもゆるんだ。
「行っておいで。敵の非道を許すな! アレーテ中尉、ミューナイト少尉、サイガ中尉、ユーランディア少尉」
オリヴィア・トゥレアールは、笑顔で斎賀たちを送り出した。
それが、その場にいる全員の運命の分かれ道になるということは、今の時点では誰も知る由もなかった。
──
タージ基地の滑走路上で、斎賀はミューナイトに尋ねた。
「ミューナイト、今俺たちの人間関数は何%になっている?」
「94%だ、サイガ」
「そうか。良好だな。上空のユーランディア少尉にも、そのことを知らせてくれ。ミューナイト、ユーマナイズを使うぞ!」
斎賀は、決意をこめた表情で言う。
「サイガ、あの武器は使うなって、オリヴィア博士も……」
「ああ、そうだ。しかし、博士は上層部の人間で、俺たちは現場の人間だ。俺たちには、この武装が任されている」
「言っていること、よく分かるよ。わたしも、オリヴィア博士にはなんとなく賛同できないと思った」
「賛成かどうか、ではないんだ。今、人の命がかかっている。俺たちは、そのことを気にしないといけない」
ジェマナイによる劣化ウラン弾の使用、という報を聞いて斎賀自身も焦っていた。
敵は兵士ではなく、兵器になった──そういう瞬間だった。
「そのためには、できるだけ味方から離れないと」
ミューナイトは言う。
「そうだ。ヴォルグラスを砂漠に誘導する。奴の標的も俺たちだからな」
「まるで戦士の言葉だな、サイガ」
「ありがとう。誉め言葉だと受け取っておくよ」
斎賀は、照れながらそんなふうに答えた。
(これからは、思念通信を使う。QR‐Xには、ライジングアースの1マイル圏外を飛行するように指示)
(了解した)
砂漠の炎が、彼らを待ち受けていた。
──
ライジングアースはタージ基地を離陸。
そのまま、市街地を攻撃しているヴォルグラスのもとへと向かう。
ヴォルグラスの全方位レーザーは脅威だが、ライジングアースの装甲の強度もそれなりである。
一発で撃ち落とされる、ということはないだろう。
飛行形態に変形した後、砂漠へ誘導するのが正解だろうと、斎賀は思った。
視界にヴォルグラスが映る。
2つのビルの上に仁王立ちになっている。
あたかも、「俺はここにいるぞ」とアピールしているかのようだった。
斎賀はいら立ちを隠せない。
ミューナイトにミサイルの発射を指示。
とにかく、ヴォルグラスを市街地から引き離す!
──
「おおっ、来た来た、ライジングアースちゃん。劣化ウラン弾に引き寄せられてきたね? 余裕をかましてはいられなくなったろう?」
そんな言葉を、ヴォルグラスのコックピットのヴォルガはつぶやく。
そうして、ハンドランチャーを道路にかなぐり捨てた。
轟音を立てて地面に突き刺さる武器。
それがヴォルグラスの主武装では、なかった。
全方位レーザーとともに、ロケットパンチを発射するヴォルグラス。
ライジングアースが上下左右と様々な方向に機体を移動させて躱す。
もんどりうって、一つのビルの上に落下。
「ほほう、やったねえ。バグダッドの市街を傷つけているのは、僕たちだけじゃないって」
ヴォルガは余裕の舌なめずりをする。
その通りだった。
戦闘においては、往々にして味方を傷つけることもある。
ヴォルガは、そのことをよく承知していた。
「再び、ロケット・パーーーーンチッ!」
と叫ぶと、ヴォルグラスのロケットパンチをライジングアースのどてっ腹に叩き込む。
それは分厚い装甲を貫くかと思われた……しかし!
ライジングアースが動く。
その両腕で、ヴォルグラスのロケットパンチをしっかりと受け止める。
いつかも見た構図である。
「僕としたことが、またこんな手にやられるなんて!」
と、ヴォルガ。
が、それだけではなかった。
それまで突っ込んでいたビルから上体を起こすと、ライジングアースは瞬時に飛行形態へと変形し、ヴォルグラスを市街地のなかを全力で引きずっていく。
「うおおおおっ!」
ヴォルガは叫んだ。
ネオスとて、激しい物理的な衝撃には耐えられない。
ヴォルグラスのコックピットは可動式ではないため、上下さかさまになったヴォルガが天井に頭を打ち付ける。
「おのれっ!!!」
それを見ていた者がある。
セラフィアである。
片腕のまま戦車隊と格闘していたセラフィアは、一瞬でヴォルグラスの惨事に気が付いた。
飛行形態のライジングアースが、ヴォルグラスのロケットパンチをつかんだまま街を引きずっていく。
あちこちで上がる爆音と爆炎。
「ヴォルガ二将!」
そう叫ぶと、即座にヴォルグラスのその後を追った。
ライジングアースの反撃開始です。




