115.バグダッド攻防戦(18)
決戦前の対話です。
「やはり、わたしが出なければいけないか? ヴォルガ二将」
と、MVごしにリュシアスは言った。
この日の戦闘では、ヴォルガだけが待機を命じられていたのである。
リュシアスが、その声だけでなく姿をも現すのは珍しい。
しかも、今日は仮面を取って話している。
ヴォルガ自身にとっても、リュシアスの素顔を見たのは、これで10度を上回らなかった。
「いいえ、一将。一将自らがお出になるとすれば、それはこの戦闘行為が国家的な規模のものであると、統合戦線に知らしめることになります。早計はお考え直しになったほうが、賢明かと思います」
ヴォルガはそのように答える。
「しかし、貴官らの作戦では成果が出ていないように思われる。粒子気化爆弾使用のこけおどしも、もう通用しないぞ?」
「は。わたしも不覚を取りましたが、セラフィア三将も苦戦しているようです。やはり、例の兵器がカギになるかと……」
「ユーマナイズか。敵は厄介な武装を持った、ということになるな。しかし、それは敵にとっても諸刃の剣なのではないのかな?」
「と、申しますと?」
「敵がネオスを切り捨てるとあれば、ユーマナイズは使い放題だったろうが、そうなるだろうか?」
「そういうことでしたか。わたしも、ユーマナイズは限定兵器だと考えています。量子かく乱フィールドによる防御も効果があるかもしれません」
「それは……過度に期待しないほうがいいな」
と、リュシアスは十分に考えつつ言った。
その真意がなへんにあるのかを、ヴォルガは探り得ない。
これが、あの「死神」と恐れられている女でなければ、自分も惚れてしまったかもしれない、とヴォルガは思う。
現在のリュシアスとヴォルガは、一将と二将という主従の間柄だが、この軍事行為で自分が昇進すれば、その懸隔はなくなる。
しかし……とも思う。
この氷のような女を恋人にしたところで、自分に何か益するところはあるのだろうか。と。
リュシアスは、まさに「国体」なのであって、「政治家」でも「軍人」でもない。
自分のような、戦術に特化した武人が相手にできる存在ではなかったし、手玉に取ることもできないだろう。
今後の昇進があっても、自分とリュシアスとの間の差は埋まらないままなのである。
「一将がもしお出になられるのであれば、それはあのブラックスワーンダーで、ということになりますね?」
ヴォルガもまた好奇心を露わにして言う。
「そうだが、それがどうかしたか?」
「そうであれば、機体のメンテナンスは万全にしておくのが良いかと思われます。あのユーマナイズは、ビッグマンのAIにも作用するようですから」
「ああ、わかっている。ジェマナイの研究班でも、ブラックスワーンダーの戦闘データを基にして、そのような結論が出ていたところだ」
「であれば、良いのですが……」
ヴォルガは、若干頭を低くした。
重要なことを言い出そうとしているのである。
「やはり、バグダッドごとライジングアースを葬る、という気にはなれませんか?」
「そうだな。それも考えた」
──と、リュシアスは一呼吸を置いた。
「しかし、それではわが軍も無傷では済まないだろう。セヴァストポリの時とは、すでに事情が違っている」
「それは、どういう意味においてでしょうか?」
ヴォルガは尋ねる。
「統合戦線は、今後もはやユーマナイズの使用も核の使用もためらわないだろう、ということだ。ジェマナイが国家を逸してしまっては、元も子もない」
「おっしゃる通りです。だからこそ、今しばらくの間は我々にお任せになってはくださらないかと、愚行する次第です」
唇のはしににやりとした微笑をひそませながら、それでも慇懃にヴォルガは言う。
「粒子気化爆弾は使用しない。その代わり、劣化ウラン弾の使用を許可しよう……」
リュシアスは、それだけのことを口にした。
「了解しました」
そう言うと、ヴォルガはMVを切ってヴォルグラスが待機している滑走路へと歩いていく。
──
「整備班、DU弾の配備状況はどうなっている?」
と、パスタヤーンストヴァの滑走路上でヴォルグラスに騎乗しながら、ヴォルガは尋ねた。
「はい。リュシアス様からの厳命で、許可を受けた機体以外では使用しないように、とのことです」
「そんなことはわーってるんだよ。俺の機体では使用できるの?」
「はい。ヴォルグラスでの使用は可能です」
と、慌てたようにジェマナイの整備班員が答える。
(ちっ、これだから……)
と、ヴォルガは内心で吐き捨てる。
現場はユニバーサル・デザインということを考えていない。トップは指令系統のことだけを考えている。
(俺のような武人がいなければ、武器一つまともに使いこなせないじゃないか……)
そうこうしているうちに、ヴォルグラスの機体にハンドランチャー型の武器が装備された。
──よしよし、命令さえ通ればあとはお利口だ。と、ヴォルガは思う。
DU弾の発射に際しては初速が重要だが、この武装で問題ないだろう。
これなら、ライジングアースの両腕を砕くこともできる。
ヴォルガはにやりとした。
「ヴォルグラス、発進する! 無人機の援護もつけてくれよな?!」
ヴォルガは、無線機に向かって叫んだ。
「了解しました。戦場では、セラフィア三将の援護をお願いします!」
「あいよ~」
(やれやれ、俺が援護かよ。やっぱり後方勤務はいかんな)そう、ヴォルガは思うのだった。
砂漠から離陸して、10分も経たないうちに、バグダッド市街が見えてくる。
あちこちで煙が上がっているのを、飛行形態で上空を飛行しながら、ヴォルガは悠然と見下ろす。
「さてと、ライジングアースちゃん。きちんと僕に狙いを定めてよ?」
そんなことをつぶやいた。
バグダッド市内の官庁街に向けて、劣化ウラン弾を撃ち込む。
イラク陸軍は騒然となった。
ジェマナイは核を使用したわけではない。
しかし、官庁街に向けて劣化ウラン弾を撃ち込んできた。
市街地の汚染は、これから数十年続くと言って良い。
ヴォルガの駆るヴォルグラスは、ハイファ通りにむけてさらに何発かの劣化ウラン弾を撃ち込んだ。
完全に、市民生活を犠牲にすることを見越しての攻撃である。
「これがジェマナイのやり方なのか!?」と怒る士官たちもいた。
シャダム・アルリクは、これはジェマナイにしてあり得ることだな、と考えた。
つい先だっても、クリミア半島で粒子気化爆弾の使用をほのめかしたばかりだ。
そもそも、ジェマナイを国と言って良いのかどうかさえ分からない。
必要であれば、味方ごと敵を吹き飛ばす……そういう怖さがジェマナイにはあった。
それだけに、現在のイラクをジェマナイの手に渡してはならない、とも思う。
「チャラビー少尉、敵の目的はライジングアースなんだろう? なんとかライジングアースだけを奴にぶつけられないかね?」
「無理を言わないでください、大佐。ライジングアースは統合戦線の機体です。我々とは指揮系統が違います」
「だって、向こうのパイロットは中尉と少尉なんだろう? なんとか無理が利かないかな?」
「無理ですってば。アレーテ中尉への求婚を考えた後は、指揮系統無視の作戦ですか? 勘弁してください。大佐の無謀には従います。しかし、無茶にはついていけません」
チャラビー少尉は必死になって言い募る。
もちろん、彼とてライジングアースが矢面に立ってほしいという気持ちはあるのである。
しかし、アルリク大佐の軽口は、ときどき軽口の限度を超えている。
やれやれだ、とチャラビー少尉は思った。
「だよなあ~。せめてシエスタちゃんがわが軍にいればなあ……」
「また、それですか……」
チャラビー少尉はただひたすら呆れて相槌を打った。
ジェマナイが劣化ウラン弾を使用します。




