114.バグダッド攻防戦(17)
オリヴィア博士がバグダッドを訪れます。
この2、3日、戦線は膠着している。
敵ビッグマンはヴォルグラス以下、依然として工場施設などへの攻撃を続けていた。
タージ基地にも巡航ミサイルの雨が降ってくる。
どうやら、ジェマナイは作戦を変えたようだ……
統合戦線とイラク軍が、力押しでなんとかなる相手ではないと判断したのだろう。
15体というビッグマンの数は、意外に思われるかもしれないが、バグダッド攻撃には少なすぎたのである。
そして、引くにも引けない状況になっている、というのが本当のところだったろう。
ジェマナイの演算結果にしては、どこかが片手落ちだった。
そんななか、タージ基地に意外な人物が降り立った。
オリヴィア・トゥレアール博士である。
ご足労にも、わざわざアルスレーテからヘリを乗り継いでやってきた。
「……こんなこともね、ヘリ部隊にとっては良い実践訓練になるんだよ」
などとうそぶいている。
相変わらず飛行機と自動車は嫌いである。
飛行機については、「なんであんなものが飛ぶんだい?」というのが持論だ。
しかし、味方のイングレスαやエル・グレコの実力は認めている。
さっそく、斎賀とミューナイトが出迎える。ユーランディア少尉とシエスタもいっしょである。
チディ・マベナとアマラ少尉は後から合流するということだった。
斎賀は、オリヴィア博士を問い詰めて言った。
「オリヴィア博士、なんでこんな戦場くんだりまで? やはりミューナイトのことですか?」
「……わたしはどうも、ネオスが戦争をしているっていうのが気に食わなくってねえ」
そう言いながら、14歳のユーランディア少尉を見る。
彼は、ここのところずっとライジングアースの支援攻撃を行っている。
しかし、敵のビッグマンはどうやらライジングアースと真っ向から対峙するのを避けているようだ。
アーシャ・ロウラン三尉以下、3機のビッグマンが時折攻撃をしかけてくるが、すぐに引いてしまう。
ヴォルグラスも同じだった。
どうやら、ジェマナイのほうでは損傷したビッグマンの修理が終わるまで、戦力を温存するという方針らしい。
敵の駐屯地であるパスタヤーンストヴァは、イランの領内から支援を受けている。
それだからこそ、オリヴィア博士にも今のうちに出向いてきて伝えなくてはいけないことがあったのだ。
「繰り返すよ、お前たちは戦争ばかりしているべきじゃない!」
「しかし、わたしたちは軍人です」
と、ユーランディア少尉が言う。
「君は亡命ネオスじゃないか?」と、オリヴィア博士は顔をしかめて、
「ネオス同士なら婚姻だってできるんだよ? 統合戦線ではね? 戦うだけが生き方じゃない」
「はい。そのお言葉、肝に銘じておきます……」
ユーランディア少尉は少し頭を下げながら言った。
「肝に銘じておくだけじゃ、仕方がない。実践してくれなくっちゃ。それから、アレーテ中尉?」
「はい」
シエスタが、オリヴィア博士の呼びかけに答える。
「君は、戦い方が危うすぎる。今の戦い方、いずれ味方を危険にさらすよ?」
「それは、どういった点についてでしょうか?」
意外な批判の言葉に、シエスタはやや眉をひそめながら尋ね返す。
「君は、自分自身をないがしろにしすぎる。亡霊女神っていうあだ名もそうなんだろうけれど、危険を好む人物だと、君は思われている」
「味方にそう思われるのは、仕方ありません」
と、やや嘆息しながらシエスタ。
「そうじゃない。味方にそう思わせないようにしなきゃいけないんだ。じゃないと、君にしたがう君の仲間たちが亡霊になる」
「含蓄のあるお言葉です……」
シエスタは素直に認める。
オリヴィア博士はうなずいた。
「それで、ここからは本題なんだが……ユーマナイズとユー・フォーチューンのことだ」
斎賀が襟を正す。
ミューナイトも、緊張して博士の顔を見つめた。
「我々統合軍空軍上層部では、これはライジングアースが独自に生み出した武装だと考えている」
厳粛な面持ちで言った。
「待ってください、博士は軍に復帰なさったのですか?」
と、斎賀。
「ああ、違う違う。まだわたしの立場は軍へのアドバイザーだ。わたしとアマドゥ・カセムの間でっていうことだよ?」
「博士は、長官と懇意だったのですか?」
斎賀が驚いて尋ねる。
「アマドゥとはね、ダルエスサラーム大学での同期だった。ともに人工知能を研究した仲だよ」
「それは、知りませんでした」
斎賀は顎に指をあてる。
「それで、ユーマナイズとユー・フォーチューンがライジングアースの独自の武装だということについては?」
「残念ながら、二つの武装がどういう機序で働くのかは現在のところわかってはいない。つまり、なるべく使わないほうが良い武器だね?」
「はい。おっしゃる通りです」
「しかし、ジェマナイを屈服させるためには、その使用が不可欠だ。それは君たちも分かるね?」
「十分にわかっているつもりです……」
「そこでだ、いつなら、何にたいしてなら使って良いのか、ということを考えないといけない」
「なるほど」
オリヴィア博士は、アタッシュケースからいくつかの資料を取り出して、斎賀たちに手渡した。
極秘資料らしい判が押されている。
電子化はしたくない、そういう資料なのだろう。
「その資料を読んでほしいんだが、ユーマナイズは今のところ人間に深刻な害を及ぼす武装ではない、ということが明らかになりつつある」
斎賀は考えこみながら、博士に尋ねる。
「つまり、相手に人間とは何かを考えさせることで、心を支配するのですね?」
「ああ、その通りだ。よくわかっている」
「南極戦線でも、ジェマナイの南極基地にいたすべての人間を退避させたと聞いています」
「おやおや、事情通だねえ。でも、それは表向きの情報ではない」
「と言いますと?」
「公式には、ユーマナイズが使われたことは秘密となっている。統合戦線は核でジェマナイの基地を排除した、というのが表向きのところさ」
「あえて、核攻撃でジェマナイの兵士を殺した、と言っているんですか? なぜ……」
斎賀は戸惑う。
たしかに、そこは統合戦線という国家の不思議なところだった。
日本から亡命してきて以来、斎賀は統合戦線を祖国だと考えている。
その祖国が、真実を葬り去るような方向に動こうとしていることにたいしては、首肯できない。
自分自身としても、なんらかの行動で示さなければならないのだ。
「そう。統合戦線は、人道的な武器であるはずのユーマナイズを秘匿した。それが、ネオスに対する大量破壊兵器でもあり得るからだ。官僚たちは気にしているんだよ、統合戦線の国内でジェマナイに従うような革命が起きることを。……裏で暗躍している人間も大勢いるんだよ?」
オリヴィア博士が言葉を区切りながら言う。
「博士がそこまで事情通だったとは……」
斎賀だけでなく、ユーランディア少尉やシエスタも絶句している。
博士は、統合戦線という国家のとても深い闇のなかにいる。
それは、カドリール・ヴァレンタインやアルフレッド王子がそうであるようにだ。
そして、そうでなければこのような武器を扱うことはできないのだろう……
斎賀は気持ちを引き締める。
博士は、軽く笑いながら言った。
「すべては、アマドゥからの情報さ。情報軍では、すでにライジングアースについて研究する部署も作られている。せいぜい、彼らに利用されないようにするんだね?」
「わかりました。これまで以上に慎重になることにします」
斎賀の口からは、そんな言葉がようやく出てくるだけだった。
統合軍のさらなる秘密が明らかになりました。




