112.バグダッド攻防戦(15)
イラク陸軍、ジェマナイ、シエスタそれぞれの視点です。
また同時刻。
「妙だな?」
「何が妙なんですか?」
バグダッドの仮設指揮所でシャダム・アルリク大佐が言うのに対して、イザート・チャラビー少尉は質問を返した。
バグダッド市街はすでに戦闘状況に入っている。
しかし、ビッグマンの数が昨日よりも少ない。
「俺たちが、昨日統合戦線と一緒にダメージを与えた敵ビッグマンは、計6体だと確認している」
「はい」
「だが、今現在バグダッドの市街地に展開しているビッグマンは、6体だ」
「ですね」
「6体のビッグマンは補修中だとして、残り3体のビッグマンはどこにいる?」
「6体のビッグマンが陽動なのではないでしょうか? 残り3体は主目標にむけて移動していると……」
「いや、違う」
チャラビー少尉が答えるのに対して、アルリクは断定する。
イラク陸軍は、統合戦線と完全に連携が取れているわけではない。
ライジングアースが敵ビッグマンの部隊を迎撃に向かった、ということは知らされていない。
「6体のビッグマンは一般的な市街地に攻勢をかけている。これは、我々軍にとってはありがたい。ありがたいというのは不謹慎だが……」
「おっしゃる通りです、何重もの意味で」
「そうだ。軍の損耗は抑えたいが、なぜジェマナイは市街地を攻撃する?」
そんな疑問をアルリクは提示した。
チャラビー少尉はしばらく考え込んでいたあと、答える。
「恐怖を、与えたいからでしょうか?」
それは、斎賀がジェマナイのアルスレーテ空爆において出した答えと同じだった。
ジェマナイは人間を「管理」しようとしている。
ひとつひとつの戦闘が重要なのではない。
要するに、人間のふるまいというものが自身の演算結果に沿うようにしたいのである。
そのことを、人類側で知っているものはまだ多くはない。
「恐怖? 恐怖というものは支配によって生まれるものだ。だが、今だジェマナイは我々を支配していない」
「ですが……それが我々の思い込みだったらどうでしょうか?」
と、チャラビー少尉は核心を突いたことを言う。
「ジェマナイは、すでに我々を支配している気になっているのでは?」
アルリクはしばらく考え込んでいたあと、言った。
「なるほどな。少尉のその考えは当たっているかもしれない。我々はすでに、ジェマナイの手中にあると……」
「そうなってはいません」
「そうだな。そうさせないために、我々がいる」
「そうです。大佐、作戦の指示をお願いします」
「うむ」
沈黙の時間が流れた。
しかし、その沈黙の時間は長くはなかった。
──
「僕たちが出撃停止だっていうのはさあ、この程度の損傷でも統合戦線に負けるっていうこと?」
パスタヤーンストヴァの仮のブリーフィング・ルームで、シズマ=ロークが愚痴をこぼした。
戦いたくてうずうずしている、というのはアジンバルのビッグマン部隊3人に共通している。
しかし、シズマ=ロークの裏腹な性格は、即座にそんな愚痴を口に出させる。
「ぼやくなよ、シズマ三佐」
と、なだめたのはアマレスである。
シズマ=ロークと同様、唇をにやつかせている。
「俺たちが出なくっても……なんだっけ? 人間の……アーシャ・ボーリン三尉が活躍してくれるって!」
言って、爆笑する。
「アーシャ・ボーリン(退屈)かっ! これはイケてる。アマレス、あんた最高の子ルーチンだよ!」
「ま、俺以外にもジョークのわかる子ルーチンはいるがな」
「謙遜、謙遜。あんた、コメディアンになれるって。俺が保証する」
シズマ=ロークも笑い転げた。
それを見ていたのは、レファイン=ヴァルデス三将である。
なにぶん狭い駐屯地であるから、普段は顔を合わせないような格上の人間もいっしょくたになって過ごしている。
「お前たち、統合戦線を甘く見ていると、恐ろしいことになるぞ? 死だ」
「死ですかあ? なあるほど、では俺は死んで神にでもなりますか……」
アマレスはおどけて言った。
レファイン=ヴァルデスは不快になる。
「神とは、すべての退屈、すべての惨劇、すべての悲惨を経験する存在だ。貴官にそれが耐えられるかな?」
アマレスは口をつぐんだ。
さすがに「ネオス界の哲学者」と呼ばれているだけのことはある。
含蓄のある言葉だった。
言い返すことができずに、ただ下を向いた。
そんなレファイン=ヴァルデスも、昨日の戦闘でビッグマンを損傷させている。
若輩者をたしなめると、レファイン=ヴァルデスは向こうへと去っていった。
アマレスの代わりに、シズマ=ロークが舌を出す。
人間でもネオスでも、相手を軽蔑するしぐさは同じである。
「それにしてもさ?」
と、シズマ=ローク。
「俺たち、案外な損害だったよな?」
「ああ。統合戦線はセヴァストポリ戦の時よりも強くなっている」
「でも、学習したのはAIだろ?」
「どうかな。人間が進歩したのかもしれない……スモールマンが」
アマレスは、苦々しく唇をかんだ。
──
タージ基地を発信したシエスタは、即座に問題にぶつかった。
敵のビッグマンが今日は市街地に展開しているのである。
攻撃しようとすれば、誤爆の危険性がある。
AI照準は適格だが、クラッキングされれば容易に的を外す、というリスクがある。
この混戦のなかでAAMを発射すれば、バグダッドの民間のビルに誤爆する可能性も高いだろう。
その場合、手照準で狙いを定めれば良いのだが、敵ビッグマンは巧妙にビルの陰に隠れている。
──敵も市街戦になれてきた。と、シエスタは思った。
シエスタがその時対峙していたのは、アーシャ・ロウラン以下ジェマナイの精鋭部隊である。
階級は決して高くないが、たしかな実力がある。
そのことは、セヴァストポリ攻略戦でも証明済みだ。
シエスタは間合いを取ってクラッキング・キーウィを作動させようとするのだが、なかなかタイミングが取れない。
装甲の固いビッグマンは、ビッグマン自身の武装で自爆させるのが一番良い。
しかし、敵のジェマナイの側でも十分に戦術を練ってきていることは、シエスタにも感じ取れた。
そんな敵のなかでも、不可解な動きをする機体が1体いた。
アーシャ・ロウラン三尉の搭乗するノルニールである。
ネオスの操縦する機体というのは、どこかのっぺりとした平面的な動きをするという特徴がある。
しかし、その機体は完全にランダムなのである。
ということは、操縦しているのはネオスではない。人間である。
「強敵」ということをシエスタは感じた。
手持ちの武装だけで、その敵が倒せるとは思えない。援軍が必要だ。
シエスタは、アマラ少尉に通信を送る。
「敵の突出している機体。今、AIネットの情報で『ノルニール』という機体名だとわかったが、そちらで捕捉できるか?」
「聞こえています。理解できています、アレーテ中尉。セヴァストポリの戦いでは23機撃墜しています。強敵ですよ?」
「分かっている。だからこそ、なんとしても抑えたい。貴官のアイディアを乞う」
「そうですねえ……やはり視界を奪うのが一番の良策なんですが、ジェマナイでも対抗手段は講じているでしょう」
「以前と同じ手は使えないか……」
「しかし、退却に追い込む手はあります」
と、アマラ少尉。
「それはどんな手だ?」
「やはり、敵のメインカメラを破壊するんです」
「それは、以前にもやった手だろう?」
「今回は違います。AAMを時間差で、10連弾から20連弾、敵のメインカメラにむけて打ち込みます。これなら、敵のほうでも防空装備では対処しきれずに、損害を受ける計算になります」
「なるほど。チームでの対処が有効というわけだな? マベナ大尉に進言してみよう!」
シエスタは、無線を切って即座にチディ・マベナ大尉にメッセンジャーで通信。
『了解』の返答が返ってくる。
チーム・アマリの全機がノルニールを目標にすることに定めた。
次章以降に続きます。




