108.バグダッド攻防戦(11)
発進するライジングアースです。
ジェマナイは、バグダッドから東20マイルのところに拠点を置いていた。
気候変動のせいもあり、バグダッドの市街地のすぐ外側からは荒廃した土地が広がっている。
しかし、ところどころに緑化に成功した集落もある。
そんな町のひとつを、ジェマナイはまず制圧したのである。
この侵攻は、アゼルバイジャンからイラン経由で行われた。
こうすれば、キルクークなどイラク北部の拠点を通過せずに済む。
アジンバルのお子様部隊が、パキスタン、アフガニスタンを威力で横断したことが、イランに圧力をかけたのだ。
イランの革命防衛隊は空軍の通過を許したほか、ジェマナイ陸軍の護衛すら行った。
西部の都市ケルマーンシャーには、宗教指導層の一部と軍事評議会の黙認のもと、ジェマナイの補給拠点が密かに設けられた。
これはイランという国にあっても、リスキーな決断だっただろう。
最高指導者はいったい何を思っただろうか……
ジェマナイという圧倒的な力にたいして、イランを始めとした諸国はあまりにも無力だった。
──
午前10時よりも少し前……
ライジングアースに搭乗している斎賀の元へ、アルスレーテにとどまっているボワテ大佐から直々の通信が入った。
もう、ライジングアースは滑走路上でスタンバイしている。
斎賀とミューナイトは思念通信で作戦の打ち合わせをしているところだった。
そんなときに、急にヴィデオ通話がオンになる。
斎賀のHUDに、ボワテ大佐の顔が映し出された。
ミューナイトも、同じ画面を見ていた。
「サイガ中尉、それからミューナイト。君たちには危険な任務を今回負ってもらうことになる。わが統合戦線の空軍およびイラク空軍は、ジェマナイの空軍戦力のうちスホーイとミグ59への対処を最優先するように、指令を出している。そこでだ、敵のビッグマンのうちどの程度の機体が参加するかは分からないが、君たち自身を囮としたうえで、敵のビッグマンの部隊と対峙してほしい。そこで……例のユーマナイズを発動してくれ。上層部の思惑では、そのうち何体かのビッグマンを鹵獲できればと思っている」
厳粛な面持ちで言う。決意を伝えるときの表情だ。
「無茶な指令ですね。俺たちだけで15体のビッグマンを相手にするのですか?」
斎賀は現実的な判断を伝えた。
「たぶん、そのようなことにはならない。ジェマナイの側でも、ライジングアースの奪還を考えているのだが……たぶん、君たちに対峙するのは精鋭だろう。そこから漏れたビッグマンについては、こちらのイングレスαが対処する。つまり……言いにくいのだが、君たちにはスケープゴートを演じてほしいのだ」
直属の上司とは思えない、遠慮がちな言葉である。
それが苦渋の決断のゆえであることを、斎賀も感じ取った。
「わかりました。つまり、俺たちは敵の餌となって、敵を釣る準備をしてほしい。最終的な決断はイラク陸軍が下す、ということですね?」
ややショートカットした答えを、斎賀はボワテ大佐につきつける。
「その通りだ。ビッグマンの鹵獲はイラク陸軍が行う。君たちのユーマナイズは無双だが、味方にも損害が出る。アレキサンドリアでの状況も、こちらは確認している。君たちはまさに、爆弾である機体に乗っているのだ……」
と、ボワテ大佐。
「で……ユーランディア少尉のQR‐Xが我々の護衛につくということでしたか?」
と、斎賀。
「そうだ。彼には、ライジングアースの周辺環境を整える役割を担ってもらう。つまり、余計な攻撃はすべてシャットダウンしたうえで、ビッグマンと一対一の戦闘をしてほしいのだ。いや、一対多だな。できるかね?」
「やれると思います。というか、やらなければ俺たちが死ぬんでしょう? 死ぬ気でやりますよ」
その斎賀の言葉は、やや投げやりだったかもしれない。
ボワテ大佐は表情を変えなかったが、内心では眉根を寄せていた。
「健闘を祈る。敵の一番手は、たぶん例のヴォルグラスだ」
「了解。一番の強敵が真っ先に来ますよね、この場合……」
斎賀は、コンソール画面に向かって吐き捨てるように言った。
その口調が強すぎるものにならないか、斎賀は気を使った。
しかし、それはすでに分析官としての言葉ではなく、戦士としての言葉に変わっていたのだ。
ボワテ大佐は、鷹揚にうなずく。
それを確認して、斎賀は通信を切る。
一瞬の沈黙。
ミューナイトが斎賀の思いを忖度して瞬きをする。
斎賀はなかなか話しださない。
「ミューナイト。どうやら俺たちはまず最初にヴォルグラスと戦わないといけないようだ。負けないような戦術、お前も考えているよな?」
ようやく出てきた言葉は、そんなものだった。
「ああ。戦闘のシミュレーションはすでに済ませている」
「俺一人だけじゃ、戦術のすべては考えられない。サポートはユーランディアに任せるとしても、お前はお前でフルに戦闘の状況を確認しておいてほしい、ミューナイト。俺はクラッキングに全力を尽くす」
「了解した、サイガ。これは命がけの戦いなんだな?」
ミューナイトが確認する。
「その通りだ」
ライジングアースのコックピット内が、急に緊張の空気に包まれた。
ミューナイトは息を飲む。
この緊張は、サポート機であるQR‐Xのユーランディアにも伝わっているに違いなかった。
ライジングアースが発進した。
この先の戦場は砂漠である。
ついで、ユーランディアの駆るQR‐Xが離陸する。
敵のビッグマンの部隊を、バグダッド市内に入る前に抑えたかった。
ジェマナイの拠点からの動きは、今のところ戦車部隊の移動以外報告されていない。
砂漠が……ライジングアースと敵ビッグマンとの戦場になるに違いなかった。
──
ユーランディア少尉からの通信が入る。
「敵の存在はいまだ確認されていません。AIかく乱チャフが巻かれている可能性も考えられます。我々を罠に落とそうとしているのかも……」
「その判断は正しいな。俺たちは遊撃部隊だが、敵も遊撃部隊をぶつけてくるだろう」
「ヴォルグラスですね?」
「ああ、そうだ。あの敵と俺は2度交戦した。ただ者じゃない。それと、プライムローズという機体についても不安がある」
「AIネットをハッキングして一応のデータは取ってありますが、そちらに送信しますか?」
「頼む」
そんな会話が、斎賀とユーランディアの間で交わされた。
戦闘空域に到達するまでは、数分である。
その時間内に、できるだけ多く敵のデータを収集しておきたかった。
ヴォルグラス、そしてプライムローズ。
ユーマナイズを発動すれば、そのパイロットたちは投降するのだろうか、それとも死を選ぶのだろうか?
斎賀もまた息を飲んだ。
ここから先は、失敗の許されない戦いなのである。
ライジングアースとQR‐Xが砂漠の上空に到達する。
そこで確認できた敵の機体は──ヴォルグラス、プライムローズ、そしてヴェガⅡである。
斎賀たちの勘が当たったのだ。
(とうとうここからが戦場だ。ミューナイト、気を抜くな!)
(わたしが気を抜く、ということはない。あなたこそ、コパイロットしての役目をはたしてほしい)
(そうだな。俺はハッキングとクラッキングが専門だが、ユーランディアのお荷物にならないように踏ん張るよ)
(あなたはそうはならない、サイガ。それどころか、あなたは強力な戦士だ)
(そう言ってくれてうれしいよ。俺は情報軍出身だがね……)
そんな軽口を交わす余裕も、まだ斎賀とミューナイトの間にはあった。
しかし、それはすぐにでも死線に変わる。
砂漠を吹き抜ける風が、ライジングアースの巨体を揺らした。
次章に続きます。




