106.バグダッド攻防戦(9)
シエスタの不安。そして、ライジングアースがユーマナイズを使います。
シエスタは悪夢を見て飛び起きた。
がばっとベッドの上で体を起こすシエスタ。
タージ基地の女性兵士用の仮眠室でのことだった。
空の上から巨大な何かが降ってくる、そんな夢だった……
一瞬の沈黙。
シエスタは、取りつかれたようにあたりを見回す。
シエスタのほかには、数名の女性士官が休息をとっているだけだ。
「なんだったんだろう、あの夢は……」
シエスタはぽつりとつぶやいた。
それは、ライジングアースのような巨大な塊だった。
しかし、ライジングアースと断定はできない。
まさか、ライジングアースが味方に被害を及ぼすとは思えないからだ。
しかし、それとよく似た何らかの存在……それを、今のシエスタは特定できなかった。
しかも、それは夢の話なのである。
夢が予兆を告げる、といった話はよくある。
しかし、それは深層心理においてなんらかの秩序が附合した、ということにすぎない。
シエスタもそのことはよくわかっていた。
だが、今見た夢は現実そのもののような迫力をもってシエスタに迫っていた。
いわゆる、明晰夢というものである。
それだけにいっそう不気味だった。
仮眠をとってからどれくらい時間が経ったのだろうか? と、シエスタは思った。
時計を見ると、まだ45分ほどしか経っていなかった。
これほど短い間に、こんなにも衝撃的な夢を見るのか、とシエスタは訝った。
こんなどうでも良いようなことは、上に報告もできないし、仲間にも話せない。
ただ、シエスタは不吉な夢の残滓を振り払うかのように、首を左右に振るのだった。
それは……黒い巨体。何かは分からないが。
シエスタは、それは自分の恐れが具現化したものだろう、と自分自身を納得させて、ふたたび休息についた。
いつ、呼び出しがあるか分からない。
そして、呼び出しがあった後はいつ休めるか分からない。
今のうちに、少しでも体を休めておかなくてはいけなかった。
かすかな寝息が、シエスタの体を包む。
──
斎賀とミューナイトとは、ユーマナイズを照射できる態勢に入る。
敵はほぼライジングアースから2マイルの圏内につけている。
ユーマナイズがどれほどの範囲に及ぶものなのかは、整備班の調査が入っても分かっていない。
でたとこ勝負、ぶっつけ本番、と斎賀は思う。
幸いなことに、その思念はミューナイトには伝わらなかった。
HUDの画面に表示される、人間関数の数値を読む。92%。
その数値は先ほどよりは低くなっているのだったが、斎賀は気づかなかった。
戦闘中に、細かな数値に注視していられるほど、空戦は甘くない。
出てくる数字の平均値で、戦況を読むのである。
(俺たちはいったい何をやっているんだ?!)
と、斎賀は思う。
いや、しかしこれはバグダッドを守るための戦いだ。
あそこに住んでいる数百万の人口を、斎賀たち統合戦線は守らなければならない。
しかし……ここはバグダッドではない。
ジェマナイがこれ以上の分散攻撃をしかけてきたら、統合戦線は対抗し得るのだろうか、と斎賀は訝った。
(ミューナイト、QR‐Xが俺たちを標的として設定してくれた。あとは敵が近づいてくるのを待つ。スーパー・アンブレラを作動させつつ、ユーマナイズの照射準備)
(わかってる。ユーマナイズは胸のW型のユニットから照射される。人型形態でいるのが、今は正解だろう)
(ああ、その分俺たちが敵の攻撃を避けられる確率は減る)
(だが、敵を救える可能性も上がるんだよな?)
(その通りだ)
南極戦線での問答を、斎賀とミューナイトとは繰り返していた。
ユーマナイズとは、敵を殺す武装なのか。あるいは敵を救う武装なのか。
その答えは、斎賀にもまだ出ていなかった。
さらに、ライジングアースにはユー・フォーチューンという武装もあるのである。
ひとつひとつを解明していかなければならない。
斎賀は、自分たちがジェマナイから危険な玩具を託されたのだ、ということを思った。
(俺たちは救世主でも預言者でもないって!!!)
斎賀は、思念通信でありったけの思いをぶちまけた。
きいいいん、とミューナイトは耳鳴りがする。
(サイガ、思念通信で叫ばないでくれ。あなたの思想は尊重するが、今は戦闘中だ)
(そうだな。悪かった。慎むよ……それで、敵との距離は?)
(直近の機体が0.5マイル。もっとも遠い機体で3マイルだ)
(ユーマナイズが届くかな?)
(分からない。でも、やってみるしかない。ユーランディアはすでに上空に退避済みだ)
(なるほどね。よし、ミューナイト、今この瞬間でユーマナイズを照射!)
(了解した!)
ライジングアースの胸部ユニットから、虹色の光と音とが放たれる。
それは、瞬く間に敵のスホーイ部隊を包み込んだ。
1マイル? いや5マイルには達している。
人間関数92%というのはこれほどの威力を持つものなのか──と、斎賀は思った。
ミューナイトは唇をかんで無言でいる。
敵のスホーイから次々と通信が入ってくる。
『我々は味方だ。攻撃を即座に中止されたい』
『我々は統合戦線の敵ではない。即座に攻撃中止を……』
そういった通信だ。
斎賀は、いちいちそれを分類してファイリングしていく。
敵対行動を取る敵と、それを収束させた敵。
いくつかの機体は、アレキサンドリアの上空で旋回してジェマナイの領土へと戻っていく。
いくつかの機体は、攻撃態勢を整えたままライジングアースをロックオンしている。
(ユーマナイズの第2次攻撃を行くか?)
と、斎賀は考えた。
ユーマナイズとは、敵の思考ルーチンに強制的に人間性を上書きする洗脳兵器だ。
それにさらされた人間は、即座に投降する。
しかし、ネオスは違う。
ネオスはAI脳の防御機構によって、ユーマナイズを受け付けない場合がある。
そうした場合、そのネオスにもたらされるのは、一般的には死だ。自死である。
しかし、そうした条件をクリアして、なおもネオスが抵抗してくるとしたら……
(それは捨て身の攻撃になるんじゃないのかな?)
と、斎賀は思った。
戦場でのふとした直感である。
その通りだった。
ジェマナイのSu‐77の何機かは、ライジングアースに特攻をかけてくる。
ライジングアースは、スーパー・アンブレラでそれを防いだ。
空中で爆散する機体。バランスを失って、地面へと落下していく機体。
それはまさに、空中の地獄絵図だった。
ライジングアースの周りに、混沌が作り出されたのだ。
斎賀は、後悔はなかったが眉根を寄せた。
ミューナイトが今何を思っているのかは、図りようもない。
ミューナイトも斎賀も、意図的に思念通信を抑えているのだった。
しかし、その数分後だった……
アレキサンドリア市内の各所で爆発が起きる。
それは、アレキサンドリアの市民たちが起こしたテロルに違いなかった。
斎賀とミューナイトとは唖然とする。
ユーマナイズが、アレキサンドリアの市街にも作用したのだ。
そして、それは「敵を味方につける」といったお行儀の良いものではない。
まさしく、混沌をもたらすトリガーだった。
ジェマナイのスホーイのうち、何機かはアレキサンドリアの市街地に墜落した。
そこを同心円状の中心として、テロルが広がっていく。
恐慌にゆれる市民。
はけ口のない怒りと暴力。
響く悲鳴。
それらが解放された瞬間だった。
斎賀は恐れた。
しかし、今は思った(バグダッドへ行かなければいけない)と。
あくまでも軍人として冷徹な斎賀です。




