105.バグダッド攻防戦(8)
再びシエスタ視点とライジングアース視点です。
タージ基地に降り立ったシエスタは、滑走路に飛び降りながら、(これは援軍が必要だぞ?)と思った。
上空のスホーイは、チーム・アマリほかの空軍があらかた追い払った。
ビッグマンもほとんどが撤退している。
イラク陸軍は強敵だったのだ。
とくに、高層ビルの屋上に設置されているアル=ナスルとエニグマムスタング2の活躍がすさまじかった。
ビッグマンがいくら巨体だとは言っても、機動性の良い兵器に狙われれば良い的である。
シエスタは、イラク陸軍に喝采を送りたいと思う。
しかし、今はそれよりも優先事項があった。
味方が本当に無事かどうかを確かめないといけない。
シエスタは、休憩室に急ぎ赴いて、アマラ少尉やフィオリヒト少尉の無事を確認した。
心の底からほっとする。
今回は自分がリーダーではないが、チーム・アマリとして、なるべく損耗は防ぎたかった。
そのためにも横の連携は必須である。
「アレーテ中尉、無事でしたね? それは確かなことだと思っていましたが」
と、フィオリヒト少尉がややぎこちない言葉で尋ねる。
AI脳は情報処理を優先するため、出力にぶれが出ることがあるのだ。
「ああ、無事だ。少尉たちも……」
「バグダッドは火の海でしたね」
アマラ少尉が言う。
「それを言うな。戦場はどこでも同じだ」
「たしかに……。ですが、俺たちの到着はぎりぎりの線でした」
「そうだな。アルスレーテとポーランドからの援軍があって、敵ビッグマンは撤退した。今市街地に残っているのは、単なるバカだ」
「あっは。その通りですね。エニグマムスタング2のあの実力を見れば、誰でもビビりますって」
「そうだ。イラク陸軍に拍手を送らないとな」
「です」
アマラ少尉もコーヒーを片手に頷いた。
これから……何分の休憩が許されるだろうか?
ジェマナイ陸軍はビッグマンと入れ替わりにバグダッドに攻撃をしかけてきている。
武装を空対地ミサイルに換装して、飛び立つのも間もなくかもしれない。
とにかく、イラク空軍には旧式のエル・グレコがあるのみなのだ。
「ライジングアース……いつ来るかな?」
シエスタはつぶやいた。
──
ライジングアースはアレキサンドリアの上空で仁王立ちしていた。
そこへ、敵のスホーイの編隊が迫ってくる。
まず発射されるのはAAMだろう。
スホーイはイングレスαよりは年式が早いから、装備品のヴァリエーションも限られている。
統合戦線が使っているようなリードル・ワイヤはない。
ライジングアースは物理兵装に対抗すれば良いのだった。
斎賀は、ユーランディア少尉に無線通信する。
「少尉。これからは、無線はジャミングされる可能性が高い。ショートメッセージで指令を伝達するが、簡単な言葉からも適切に命令を受け取ってほしい」
「了解しました。できるだけ、あなた方の思考に沿うように心がけます」
「ネオスなんだから、頼むよ」
「ミューナイト少尉もネオスです。少尉はサイガ中尉とうまくやっています。自分もです」
ユーランディアは告げた。
斎賀は、心のなかで軽くうなずく。
こんな連携がなければ、敵の大軍とは対峙できない。
スホーイがいかに旧式だからと言って、ロボや戦術機が大量のミサイルをくらったら終わりなのである。
まず、ユーランディアは数を限って敵のスホーイをライジングアースの2マイル圏内まで誘導した。
2マイルと言えば、ロケットパンチの届く距離である。
ロボのロケットパンチはミサイルよりもよほど強力である。
そして、一度に何発も叩き込むことができる。
これほどの兵装は、この時代にはないと言って良かった。
『いいぞ、少尉。敵を誘導してくれ。罠にはめる』
と、斎賀はショートメッセージで少尉に指示を送った。
『了解。ダミーの標的を何か所かに設定し、スホーイをそこに誘導します』
斎賀は、こめかみがじんじんと痛むのを感じた。
これまで、これほどの危機に陥ったことは、実際なかった。
スホーイ……と、軽く言うが敵さんにしてみれば最新鋭戦闘機なのである。
ライジングアースの関節部分にミサイルでも撃ち込まれれば、たちまちお陀仏である。
そんな戦場に、自分はライジングアースとQR‐Xの2機だけで臨んでいる。
(やってくれるね、統合軍の上層部さんよ。俺だって万能じゃないって!)
そんなことを考えてた。
それを、ミューナイトも感じ取る。
こう伝えてよこした。
(サイガ、あなたは十分に万能だ。だから、自信を持って)
(はいはい、どうも)
斎賀はおざなりに返した。
それが、ミューナイトにとってはちょっと不満。
……
ユーランディア少尉が設定した、偽の誘導地点に向けて、敵のスホーイがAAMを発射。
ジェマナイの空軍パイロットも、目標がなぜずれたのか、と驚いている。
そこが、QR‐Xの威力である。
斎賀は感心した。
しかし、感心してばかりもいられない。
こちらからも攻撃しなければ、命はないのである。
何よりも、敵がアレキサンドリアの市街地に墜落すれば、市民に多大な犠牲が出る。
旋回行動を取りながら、なるべく敵の機体も市街地から離れるように誘導する。
ユーランディアの駆るQR‐Xも、今のところライジングアースの行動に歩調を合わせてくれている。
(良いコンビになりそうだ)と、斎賀は思った。
ライジングアースの2マイル圏内に5機のスホーイが滑り込んでくる。
(今だ、ミューナイト。人型形態を保ったまま、ロケットパンチを射出!)
(了解! ジェマナイのスホーイを撃墜する!)
良い返答だった。
斎賀たちは知らなかったが、今人間関数は95%を記録していた。
ライジングアースのロケットパンチに打たれて、次々に翼や胴部を破壊されていく、ジェマナイ空軍のスホーイたち。
ある機体は市街地のど真ん中へと、ある機体は畑地へと落下した。
アレキサンドリアの市民にも、多少の犠牲は出たに違いなかった。
(さあ、それからどうする? さらに敵のスホーイを誘い込むか……)
(サイガ。今のはこちらの仕掛けた罠が功を奏したんだ。次は効かないと思う)
(そうだな。作戦を変えよう。ミューナイト、ユーマナイズを使う。安全圏で使用できそうか?)
(今、僚機はQR‐Xだけだ。QR‐Xに離脱を要請すれば、可能だろう)
(そうだな、ユーランディア少尉に離脱を要請してくれ。無線は通じるか? こちらの意図を正確に伝えたい)
(無線は無理だな。ショートメッセージで送る)
(わかった、了解。そうしてくれ)
斎賀とミューナイトとの高速通信が終わった。
思念のみで取り交わされる会話は、外部からハッキングされる恐れもない。
ライジングアースが複座であるということの意味は、パイロットの意志を外部に読み取らせないという点にもある。
今のような心理戦にあっては、ライジングアースは最強の武器なのである。
しかし……
斎賀とミューナイトとの思考はこの後次第にずれ始める。
その終わりの始まりを経験していることを、彼らは知らなかった。
斎賀は思念通信でミューナイトに伝える。
(ミューナイト、3秒後にユーマナイズを発動。一気にアレキサンドリアの上空を飛行する)
(了解した! サイガ、あなたは良いパートナーだ!)
2人は、そのときはアレキサンドリアに起きる静かな惨劇のことを知らなかった。
イラク陸軍はけっこう強いようです。




