103.バグダッド攻防戦(6)
シエスタがバグダッドに到着します。
シエスタたちイングレスαの部隊はバグダッド上空に到着した。
バグダッド市街にビッグマンが現れてから、6時間後のことである。
「くそっ、街が丸焼けじゃないか! 統合戦線は何をしてたんだ……」
つぶやくシエスタに対して、チーム・アマリのリーダーであるチディ・マベナは穏健に答える。
シエスタは、無線をオンにしていたことを一瞬呪った。
「アレーテ中尉。戦争は全体で決まる。部分の消滅を敗北ととらえてはならない」
「わかってはいますが、この光景は悲惨です……」
「悲惨だが、まだ希望は十分に残っている。そういう悲惨だ」
「わかりました。オーバー」
シエスタは通信を切る。
それは、リーダーらしい言葉だった。
自分がもし、チーム・アマリのリーダーになったならば、そんな言葉が話せるのだろうか、とシエスタは思った。
しかし、今はそんな思考すら余計な雑念である。
アルスレーテからバグダッドに送られてきたのは、アルスレーテ北空港を発したチーム・アマリ、チーム・ンデゲ、アルスレーテ南空港を発したチーム・キアリ、チーム・ムルワの合計87機である。
あとは、エル・グレコ101機だ。
しかし……バグダッド市内からはビッグマンはほとんど撤退しており、今はジェマナイ陸軍とスホーイが展開していた。
バグダッド市内に現在展開しているビッグマンの部隊は、アマレス、シズマ=ローク、マーシャ・ツヴァルのアジンバルお子様部隊と、セラフィア、ピエタのディストリクトFの部隊のみである。
シエスタたちチーム・アマリのイングレスαは、ディストリクトAのアジンバルお子様部隊に向けて進路を取った。
チーム・アマリのイングレスαは20機、対するアジンバルのお子様部隊はビッグマン3体である。
戦いは互角であるように思われた。
が、シエスタは舌打ちする。
「ちぇっ、これではまるで、事務仕事の残務処理だ」
それが、生まれながらの戦士としてのシエスタの直感を物語っていた。
──
子ルーチンのアマレス貴下のアジンバル部隊は、バグダッドの市街地を破壊していた。
ミサイル弾頭でビルを破壊する。
逃げ惑う市民たちを踏み潰す。
迫りくる戦車群をパンチで叩きつぶす。
まさに第4世代のビッグマンである、タルタロスの性能を十分に発揮していたのである。
ジェマナイにとっても、市民に恐怖を与える、ということは理に適うことだった。
アジンバル部隊は、この戦争の肝を握っていたと言っても良い。
ヴォルガたちジェマナイ直属の部隊が戦争の倫理を握るとすれば、アジンバル部隊は戦争の暴虐を握っていた。
そして、その暴虐はこの戦争にとって必要なことだった。
少なくとも、統合意識体であるジェマナイはそう判断していた。
彼らは、理想的な子ルーチンであったのである。
タルタロスのコックピットで、マーシャ・ツヴァルは狂気的に叫ぶ。
「いやっほー。イングレスαがやってきたよ。あたしたちの的だよ? 的?」
それをいさめるようにアマレスが言う。
「油断するな? 俺たちが的になるかもしれないよ?」
「ないって。ないって。ありえない。あたしの触手がうずうずしてる」
「そういう気もち悪いことを言うなよ、戦闘中に」
シズマ=ロークがつっこみを入れる。
しかし、マーシャ・ツヴァルには効果がなかった。
「あのさあ、あたしたちがそれぞれ何機ずつ撃墜できるか、競争しない?」
「そうだなあ、その競争には乗った」
一番冷静であるはずのアマレスが答える。
その内心では、それ以上いさめてもマーシャ・ツヴァルには効果がないだろうということもあったが、彼自身の高揚感もあった。
彼は、誰にも知られずにタルタロスのコックピット内で舌なめずりする。
そして、また市民の一人を踏み潰した。
彼の残虐性は、今姿を現そうとしていた……
──
イングレス部隊は、アジンバル部隊を取り巻くように布陣する。
それから、旋回してらせん状に彼らを取り囲むような位置を取った。
このときのリーダーは、チディ・マベナである。シエスタはリーダーではない。
だが、彼は優秀だった。
まず、全機にAAMの射出を指示。
そして、ランダムな方向にSTSMを発射するように指示した。
要するに当てずっぽう……なのだが、これが今回は有利に働いた。
AAMを避けようとするビッグマン。
当然の行動だ。
しかし、そのビッグマンを時間差でSTSMが追尾する。
STSMはスピードもAAMより遅いし、破壊力も劣っているが、細かな誘導において優れている。
そのSTSMのいくつかが、敵ビッグマンに命中した。
装甲が軽くはじけ飛ぶ。
そして、いくつかの弾頭は敵のミサイル発射機構を粉砕した。
──
「くそっ!」
と、コックピットのなかで吐き捨てるアマレス。
彼のタルタロスは、ミサイル発射機構の一部を破壊されたのである。
シズマ=ロークも同様だった。
量子かく乱フィールド発生装置を破壊されて、防御力に不安が出る。
これでは、ビッグマン無双というわけにはいかなかった。
イングレスαは、想定以上に手ごわい敵なのである。
「イングレスα、強いっすねえ、伊達じゃないっす」
そんな素っ頓狂な声を出した。
アマレスは、またいさめなければならない。
「だから、注意しろと言ったろう? 相手は航空戦力とは言っても、最新鋭なのだ」
「油断していました。これからは気を付けるっす」
シズマ=ロークは舌を出す。
「これからじゃない! 今からだ!」
「了解」
「上空のスホーイ部隊に連絡。支援を要請する!」
「了解!」
──
チディ・マベナはまず敵パイロットを分析することから始めた。
第一のパイロットは「誠実、だが型破り」。第二のパイロットは「軽薄、だが実直」。第三のパイロットは「混沌」だ。
そんな敵を相手にするにはどうすれば良いか……
チディ・マベナの空軍兵士としての15年の勘が、こう伝えている。
──敵をできるだけ馬鹿にせよ。激高させよ。
と。
チディ・マベナはコックピット内でふむんとうなった。
それから無線に告げる。
「無線はまだ通じているな? どうやら敵は油断しているらしい。こちらが航空戦力だけだと思ってな」
「どうするのですか?」
と、サブ・リーダーのイーヴリン・ケイン。
こちらもいずれ劣らぬ実力派である。
「うむ、敵に『錯覚』を見せてやるんだ。同一の軌道を取ると見せかけて、微妙にずらした旋回軌道を取る。それから、リードル・ワイヤで敵の脳をクラックする……それで行動不能に追い込めるだろう。まあ、一時的にはな?」
「なるほど、良い作戦です。相手はきっと若造でしょう。こちらに勝機がありますね」
「そういうことだ」
作戦は決まった。シエスタもそれに従う。
(あ~、リードル・ワイヤを使っての攻撃は命がけなんだよな。でもまあ、この際仕方がないか……)
シエスタは心のなかでつぶやく。
リーダーに反旗を翻すのはチームの一員として厳禁である。
シエスタであれば、STSM中心の攻撃を考えたが、ここはリーダーの長年の勘に頼るしかない。
ゆるい旋回軌道を取りつつ、シエスタは敵ビッグマンに狙いを定めた。
味方機も同様の行動をとっている。
唯一、チディ・マベナだけが陽動のSTSMを放った。
(やっぱり)と、シエスタは思うのだった。
次章に続きます。




