102.バグダッド攻防戦(5)
再び舞台はバグダッドです。
セラフィアはティグリス川の右岸に展開していた。
(民間の航空施設といっても、ガードが堅いな)
と、プライムローズのコックピットのなかで思う。
バグダッド国際空港は完全防備の体制で、エニグマムスタング2の部隊がすでに展開していた。
上空には時折イングレスαも侵入してくる。
ビッグマンの防空圏内にAAMを打ち込んでくるが、これはけん制だろう……
ピエタ三尉のヴェガⅡは、セラフィアよりも若干先行していた。
彼は15歳と、セラフィアと同年齢だが、いつも少しもの思わし気な顔をしている。
戦場の様子を詩のようにぽつりとつぶやくことがあった。
例えば……
「ここにも赤い炎が立ち上がっている。振り返ればティグリス川の青い水がある。空も素晴らしい晴れだ……銃弾さえ飛び交っていなければ」
などと言った調子だ。
セラフィアは、無線に向かって、
「詩吟は後にしてほしい、ピエタ三尉。敵の防備が堅い。無人機を回してくれるように、後方に連絡を」
苦言を呈した。
「はい、セラフィア三将。理解しました。さっそく連絡します」
「頼む……わたしはスホーイにも指示を出さないといけない」
そういってプライムローズをエニグマムスタング2の死角へと移動させた。
120ミリ砲弾の雨が降ってくる。
腰部のミサイルでそれを撃墜。
プライムローズの直近で爆発が起こった。
(敵もこちらの死角から攻撃してくる……イラク陸軍は優秀だ)
セラフィアは思う。
幸いなことに、今回は「声」は聞こえてこなかった。
あの声に惑わされてしまう自分がいる……よくよく自分に言い聞かせてはいるのだが。
なぜ、あんな声が混じるのか?
リュシアス様ならご存じだろうか?
いや……こんな些事は閣下を煩わせてしまうだけだ、自分で処理しなくては。
と、そんなふうに、戦いながら気を引き締める。
セラフィアは、空港に隣接している高層ホテルにミサイルを撃ち込んだ。
ホテルの屋上にはアル=ナスルが設置されている。
高層ビル固定型・多点誘導対装甲ミサイル発射設備である。
それに先立って、無線で避難勧告を出す。
ビルから退避していく人間たち……
(そのなかにネオスはいるのだろうか?)
と、セラフィアは思った。
二の腕に内側にあるミサイルで、中層階を射撃。
35階あたりが爆音を上げて吹き飛ぶ。
ビルは煙を上げて崩れ落ちた。
……これで、エニグマムスタング2も隠れる場所はなくなったが、こちらとて同じだ。
(これから戦いが楽になることはないだろう)
と、セラフィアは思う。
すでにポーランドからの援軍も来ているし、アルスレーテからの援軍も間もなくだ。
そして、なによりもライジングアースがやってくる……
──あの宿命の敵と、今回も自分は戦うことになるのか、
と考える。
(ミュー……ナイト。彼女をなんとしても味方につけたい。そう思っている自分がいる。これはなぜだろうか……)
セラフィアは一瞬考えこんだ。
しかし、そんな考えはエニグマムスタング2の攻撃によってかき消される。
ジャンプすると同時に両腕を振り下ろして、そのエニグマムスタング2を叩き潰した。
操縦士は死んだだろう。
(自分とて、運命は同じなのだ)
そう、セラフィアは思う。
砂塵が、また舞った。
──
タージ基地でヴォルグラスに対峙していたのは、ガーズィー・バサン中佐である。
ヴォルグラスは、エニグマムスタング2の射撃をかいくぐって、空軍施設にロケットパンチを叩き込んでくる。
すでに、いくつかの防空設備がやられた。
エニグマムスタング2は柔軟に展開しているとは言え、損耗が大きい。
「ビッグマン1機にこれほどやられるとは……」
つぶやいた。
風が吹いている。
砂漠からの風だ。
ヴォルグラスは、第3世代のビッグマンとは言っても、ヴォルガの意向で全方位レーザー装備などの改修が施されている。
さらに、この作戦前には量子かく乱フィールド展開装置の追加もあった。
統合戦線にとっては、ビッグマンの攻撃を受けること自体が数年ぶりだったが、ことにヴォルグラスは最新鋭機と同程度の性能を誇っていた。
──
「ふんふん。戦車はアリ君。イングレスαはハエ君なんだよね~。僕にとっては。でも、油断はしないよ」
と、コックピット内のヴォルガはつぶやく。
「さて、あのライジングアースが来るのはいつごろかな~。ま、明日ってところだね」
単騎で作戦に参加しているヴォルガは、部下を指揮する必要がない。
その分戦力は不足するが、そこは自在に動き回れるほうが、ヴォルガにとっては良いのである。
まさに武人であって、軽薄な軍人ではない。
──
ガーズィー・バサン中佐は、部下のシャイ・ヴァンダル少尉にこんなふうに言う。
「お前、あのビッグマンの股の下まで言って、迫撃砲を撃たないか?」
もちろん、半分は冗談なのだが、半分は本気である。
シャイ・ヴァンダル少尉は、無線越しに必死に抵抗する。
「マジですか? 中佐! それって自殺行為ですよ。速攻で踏み潰されます」
「だよなあ……ということは戦車を持っていっても結果は同じなんだよなあ……」
「何のことを言っているんです? 中佐」
「いや。敵の索敵能力のことさ。小さい的なら見つからない、ってことでもないんだな。厄介だ」
「戦車隊の隊形を組みかえるっていうのはどうですか?」
と、シャイ・ヴァンダル少尉。
「おお、それ良いねえ。日本に車がかりの陣っていうのがあるんだ。その隊形で行こう」
「了解。詳細はモニタに送ってください」
ガーズィー・バサン中佐はほうっと息をついた。
要は、ヴォルグラスの全方位レーザーをいかに躱すかである。
いくらかの損害は出るだろう。
しかし、全体として勝てば良い。
コンソールにヴォルグラスを中心とした、円形の陣形を打ち込む。
その移動経路をインプットし終わった。
作戦開始である。
「シャイ・ヴァンダル少尉、行くぞ!」
車がかりの陣とは、渦巻状に相手を取り巻いて、徐々に間合いをつめていくという陣形である。
ガーズィー・バサンは味方のエニグマムスタング2の軌道をひとつひとつ入力して、陣形を完成させる。
もちろん、その移動経路にはわざとノイズを混ぜてある。
それで、ヴォルグラスのレーザー攻撃を躱す狙いだ。
ビッグマンとて、物理兵器である。
砲弾の雨を食らえば、座礁する。
いかに回避し、敵の隙を突くか、ということがポイントなのだ。
全方位レーザーの照射を躱しながら、エニグマムスタング2がヴォルグラスに迫っていく。
放った120ミリ砲は、ヴォルグラスの周囲で爆発した。
レーザーで防いでいるのである。
砲弾に照準があっている間は、戦車自体は無事である。
物量で攻める、ということをガーズィー・バサンはよく知っている。
(単騎で乗り込んできたのが、仇となったな!)
エニグマムスタング2のなかでそう感慨にふけった。
そしてこれは、敗者の思考ではない……
──
「むむむ、やるねえ。戦車隊だけで僕をここまで困らせるとは……」
ヴォルガは、周囲の戦況を見つめながらつぶやく。
彼が「アリ」と言った部隊は確実に彼を捕捉しようとしている。
たしかに、物量は力なのだ。
ビッグマンという異質な力も、それにだけは抗しきれない。
「イングレスαの部隊がやってきたら、厄介だ。ここはいったん引くか? 頼むよ、陸軍ちゃん……」
そう言って、全速力で離脱した。
セラフィアとヴォルガの戦況でした。




