101.バグダッド攻防戦(4)
斎賀たちは亡命ネオスであるユーランディアと合流します。
ライジングアースの飛行は順調だった。
と……スーダンの上空に差しかかったときだった。
突如、ボワテ大佐からの通信が入った。
ここまでは当然、サテライト群はクラッキングされていない。
はっきりとした声音でボワテ大佐が言う。
「ライジングアース、順調か?」
「はい。問題ありません。現在、当機はスーダンの上空。飛行形態にて飛行しています」
と、斎賀は答える。
──いったい何の通信だろう? と、胸に一抹の不安がよぎる。
(まさか、ここからアルスレーテに引き返せっていうことじゃ?)
その思念は、ミューナイトにも伝わった。
(サイガ、引き返しちゃだめだ。バグダッドの戦いにはライジングアースが必要になる!)
(わかってる。俺も無茶な命令には従わないつもりだ……)
(なら、良いんだが)
高速の思念通信は、ボワテ大佐には伝わらない。
しかし、そんな心配は無用のようだった。
「うむ。通信はまだ健在のようだな。では、伝える……貴官たちには、今回ある機体の補佐をしてもらいたい。いや、実際にはその機体が貴官らの補佐をするのだが、統合戦線にとって失いたくない機体なのだ。その機体は、アレキサンドリアに控えている」
「アレキサンドリアですって?」
機体に指示された進路が直線でなかったことをいぶかっていた斎賀は、あらためて驚いた。
その機体とは、いったいなんのことだろうか?
「その機体とは、オーストラリア共和国から亡命してきたQR‐X。コードネームはクオンティティーだ。搭乗員はネオスのユーランディア少尉。空軍所属扱いとなっている」
「クオンティティー……?」
斎賀は聞き返した。
搭乗員がユーランディアということは、例の亡命してきたオーストラリア共和国の士官か。
ということは、統合軍は彼の参戦を認めたのだ。
それも、乗機をそのままとした上で。
そこにはなんらかの意図がある……と、斎賀は想像せざるを得なかった。
「その機体は……安全なのですか?」
「何度もテスト飛行はさせている。パイロットの状態は良好だ」
と、ボワテ大佐。
「それなら良いのですが……ユーランディア少尉でしたか?」
「そうだ。アルスレーテ空爆の直前に統合戦線に亡命してきた。どうやら、彼の亡命が戦端を開くきっかけになったらしい」
「そんなに重要な人物なのですか、彼は? それでは……」
斎賀は言いよどむ。
「いや。彼はジェマナイに『理由』を与えただけだ。彼自身はごく普通の一士官だと言ってよい。だからこそ、統合戦線は彼の亡命を認めた」
「なるほど。わかってきたような気がします。その機体……この戦争にとって有利に働くのですね?」
「その通りだ。ライジングアースとの連携を上は考えているのだ」
「了解しました。アレキサンドリアの上空に達したら、また通信します」
「そうだ。よろしく頼む。彼の実力は……いずれわかる」
そう言って、ボワテ大佐は通信を切った。
どうやら、ジェマナイの攻撃の矛先もバグダッドだけではないらしい、と斎賀は予感していた……
──
機体がエジプト上空にさしかかる。
斎賀は、無意識のうちに身構えていた。
ユーランディア少尉、クオンティティー……不穏なことにならなければ良いが。
そんな斎賀に、ミューナイトが思念通信を送ってくる。
(こんなときに何なんだが、サイガ……)
(なんだ?)
(わたし、そのユーランディア少尉に2度会っている。1度目は尋問のとき、2度目は病院でだ)
(あの尋問のときか。俺も、あれには良い思い出はないよ)
斎賀が伝える。
(そういうことじゃないんだ。彼はなんだか……悲しそうだった)
(悲しそう? ネオスが悲しむことがあるのか?)
(ネオスにも一応の感情はある。しかし、彼の悲しみは、ただごとじゃない感じが、わたしはしたんだ)
(そう思って、お前はどうした?)
斎賀が思念で尋ねる。
(どうもしなかった。ただ挨拶を交わして、通り過ぎた。そのことが、今気にかかっている……)
(気に病むな、ミューナイト。気に病んだら負けだ。上は俺たちとユーランディアを結び付けたがっている。今はそれに従うんだ)
(そうだな。わかった)
そう言って、ミューナイトは思念通信を切った。
再び、機体制御に精神を集中する。
その──吸い込まれていくような感覚を、斎賀は(いつものミューナイトだ)と思った。
彼らの精神は、まさにシンクロしていたのである。
そこに介入してくる異質の存在──ユーランディアのことを、斎賀は今は信頼し始めていた。
──
ライジングアースがカイロ上空にさしかかったころ、一つの通信が入った。
入念に、サテライト群のバックドアを介して送られてくる。
「こちら、QR‐X、コードネーム・クオンティティ。そちらはサイガ中尉でしょうか?」
即座に斎賀は反応した。
「こちらはライジングアースだ。貴官はユーランディア少尉だな?」
「そうです。わたしは、ユーランディア。あなたたちのサポートをせよ、との命令を受けています」
「無線通信は危ないが……貴官の機体は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。現在あなたたちの2マイル横につけています」
「了解した。それで、今回は合流の報告だけか?」
「それが……アレキサンドリアに敵のスホーイの編隊が迫っているようです」
「やっぱりか。そうだと思ったよ。敵はこちらの後方基地をかく乱するつもりだ」
「アレキサンドリアは重要な拠点です、守らなければ」
と、ユーランディア。
「そうだ。というか、当たり前だ。当機は引き続きアレキサンドリアへの進路を取る。貴官はそこで合流されたい」
「了解しました」
「ところでだ……」
と、サイガ。
「クオンティティの航続距離はどれくらいなんだ?」
「オーストラリアからアフリカまでなら余裕で飛べますよ」
言って、ユーランディアが笑った。
どうやら、ミューナイトの言った通り感情豊かなネオスらしい。
斎賀はますます信頼の度を深める。
ミューナイトも同じだった。
「そうだったな、では向こうで会おう」
「了解。オーバー」
──
クオンティティー、というのは巨大な機体だった。
ライジングアースと肩を並べるべく全長で30メートルはあるだろうか?
箱形の胴体の上部に主翼がついていて、尾翼にむかって細長い尾部が続いている。
箱形の胴部は、電子戦機器を搭載するためだろう。
異様な風格、という言葉が似あう。
それが、ゆっくりとライジングアースの隣に並んで飛行を始める。
斎賀は、思わず息を飲んだ。
噂には聞いていたし写真も見ていたが、実際に並行して飛行するとなると、QR‐Xが異様な機体だということがよくわかる。
まるで空の要塞のようなのだ。
(これは、ライジングアースの強力な味方になりそうだ……)
と、斎賀は直感で思った。
その考えは、またしてもミューナイトに伝わった。
(本当だよ、サイガ。クオンティティーは、たぶん統合戦線の切り札になる)
(ん? こんなことまで伝わるのか? これじゃあ、エッチなことは考えられないな)
斎賀が冗談を思いついて思念で送った。
(バカ、サイガ! 作戦前にそんなこと考えていてどうするんだ)
(これは人間の冗談ってやつだよ、可愛いネオス君)
(わたしはもう大人だ)
ミューナイトがぶうたれた。
QR‐Xがライジングアースの強力なサポート機となります。




