100.バグダッド攻防戦(3)
オバデレの思惑と、ライジングアースの発進です。
アルスレーテの統合軍本部では、様々な会話が飛び交っていた。
約9時間前の巡航ミサイルによる、バグダッド爆撃。
そして、先ほどの統合政体ロシア・アジア共栄圏とアジンバル公国の宣戦布告。
いずれも、想定内の出来事だったとは言え、統合軍内の動きはあわただしい。
ジェマナイがビッグマンを投入した、という情報から、すでにポーランドからのイングレスαの部隊は発進している。
バグダッドに到着するのは、今から1時間後ほどだろう。
それで、敵勢力をある程度けん制することができる。
しかし……空母部隊を地中海に派遣するのが遅すぎた、という見解もある。
バルムンクにライジングアースを乗せて、地中海に送り出していればかなりの戦力になっただろう。
即応も可能だ。
しかし、今ライジングアースはアルスレーテにある。
ここからバグダッドまで送り出すとなると、1日では着かない。
だが、クワメ・オバデレはすべてが想定内かのようにふるまっていた。
彼の胸のうちには、一つの思惑がある。
それは……ジェマナイがバグダッドに非道を行えば行うほど、統合戦線の味方は増えるということだった。
オーストラリア共和国の参戦も間もなくだろう。
ヨーロッパの国々もジェマナイにたいして宣戦を布告するかもしれない。
現場では、
「アジンバル公国まで参戦してくるとは……」
「オーストラリア共和国はジェマナイに宣戦布告はしないのだろうか?」
そんな声が飛び交った。
(これは、ロシア・アジアとヨーロッパ・アフリカ・オーストラリアの戦いだ)
と、オバデレは思った。
文化圏同士の戦いであり、対等な戦いだ、と。
(そして、どちらかが屈するのではなく、どちらかが和解を申し出る……)
──バグダッドさえ持ちこたえてくれれば、この戦争は早くに終わる。
それが、クワメ・オバデレ准将の計算だった。
オバデレ准将は、空軍中将であるレオポルド・マリスに連絡を取る。
軍内で、作戦を円滑に進めたいのであれば、彼を通すのが一番早いのである。
「ライジングアースとイングレス部隊を、至急バグダッドに向かわせたいと思います。アレキサンドリア上空での空中給油についても、準備をお願いします……約8時間以内に、当イングレス部隊はバグダッドに到着するでしょう」
それに対する答えは、
「わかった。准将の言う通りにしよう。海軍にも連絡を取って、空母部隊を地中海に向かわせる。いささか遅すぎたが、今はイラク陸軍の奮戦に期待しよう」
クワメ・オバデレは、にやりと唇の端をゆがめた。
すべてが……自分の想定内に進んでいる。
セヴァストポリの敗戦ですら、自分の思惑の範囲内だった。
このバグダッド攻防戦にて、ジェマナイの総戦力の半分をそいでみせる……そんなことをオバデレは考えていた。
(あとは、こちら側の最終兵器をいつ使うかだ……)
テーブルの上のコーヒー・カップが、かたりと音を立てた。
──
クワメ・オバデレ准将は、ダグラス・ボワテ大佐を呼び出した。
自分専用のオフィスに、彼を招きいれる。
ダグラス・ボワテは、いささか緊張していた。
当然のことだ。
さきほど、統合政体ロシア・アジア共栄圏とアジンバル公国から宣戦布告があったのである。
ボワテは、昨日もほとんど眠っていなかった。
ここのところ、徹夜続きである。
しかし、オバデレからの呼び出しには至急応じる必要があった。
なぜなら、それは重要な作戦の訓示だからである。
「とうとう、ジェマナイからバグダッドへの攻撃があった」
と、クワメ・オバデレ。
「は。聞いております。それで、わが軍はどのような対応を?」
「うむ。ライジングアースとイングレスαを向かわせる。ライジングアースがバグダッドに到着するのは、1日後だ」
「そうなりますね」
「それまで、バグダッドは落ちまい。だから、我々は戦後のことを考える」
「バグダッドを守り切った後のことですか?」
「そうだ」
「そこまでお考えでしたら、なぜ空母部隊を地中海に向かわせなかったのですか? 都市防衛に空軍戦力は必須です」
「それは分かっている。それも踏まえたうえでのことだ。この戦争には政治がからんでいる」
「政治……ですか」
ダグラス・ボワテはやや不審になって言った。
「貴官も知っての通り、統合戦線は上が動かない。ジェマナイの空爆から18日が経って、ようやく宣戦布告をするくらいだ。論理が空回りしているのだよ。これでは、ジェマナイには勝てない」
「はっ。我々はジェマナイに勝たなくてはいけません」
「そこでだ……貴官には、ジェマナイを『負けさせる』作戦を考えてほしい」
「と、言いますと?」
「詳細はこうだ」
クワメ・オバデレは、ゆっくりと自らの構想について話し始める。
……それは、たしかにこの戦争の行方を左右する作戦だった。
──
斎賀は緊急招集にぶうたれていた。
それを、ミューナイトがいさめる。
なんだか、いつもとは逆の構図が出来上がりつつあった。
斎賀はこんなふうに言うのである。
「バグダッドが攻撃されることは、あらかじめ分かっていた。なら、なぜ俺たちを最初に前線に送らなかったんだ?」
「サイガ。イラクには陸軍もある。そう簡単にバグダッドは落ちない。それを見越してのことじゃないか?」
「だからって、遅すぎるだろう……」
「物事に遅すぎるっていうことはないんだよ、サイガ。たぶん」
ミューナイトは言った。
そのとき、彼女はネオスのマリアのことを思い出していた。
クローバー堂から、ストーンとお香を買ってきて追悼したマリアのこと。
ミューナイトは、この世に生まれたすべての存在は祝福されてあるのだと……、思い始めているのかもしれなかった。
だとすれば、今バグダッドで散っている命にも意味はあるのだ。
そう、彼女は信じるしかなかった。
斎賀は現実的だった。
「シエスタたちはエジプトかサウジアラビアの上空で空中給油を受けられるんだろう? バグダッドに着くまで7時間と言ったところか……まあ、あの狭いコックピットのなかで半日も過ごすのは地獄だが」
「ライジングアースのコックピットが快適でよかったな?」
ミューナイトは言う。
「その分、責任っていうものがあるんだよ」
斎賀は鋭く言った。
たしかに、ライジングアースのコックピットは2メートル四方ほどの広さがあって、心地よい。
自動操縦による機体の制御も可能だ。
しかし、ライジングアースはユーマナイズという恐ろしい武装を備えている。
ユー・フォーチューンという未知の兵器も発見された。
となれば、戦況を一挙に変えるような行動も可能なのだった。
それは、味方と敵の命をその手に引き受けるということである。
斎賀は悲観主義者ではなかったが、現実主義者だった。
自分が倒した敵の命をひとつひとつ数えているような……そんな男だったのだ。
「どちらでも良い……ミューナイト、今から思念通信に切り替える。ジェマナイの標的がバグダッドだけだとは限らないからな」
「了解した、サイガ。でも、その心配はないと思う……」
斎賀の言うことにたいして、ミューナイトは楽観的に答えた。
しかし、それはネオスとしての演算の結果である。
淡い期待や希望といったものが表れているのではなかった。
斎賀もそのことを知っている。
ただ、思念通信で、
(ライジングアースを発進させろ)
と、ミューナイトに伝えた。
……コックピット内には、すでに司令部からの「GO RISINGEARTH」のメッセージが流れていた。
いよいよライジングアースも北へ向けて飛び立ちますが……




