縁
翌朝、顔が痛くて起きた。塗っていた軟膏は、すでに干からびてしまって、からからに乾いている。傷はプックリと膨れている。僕は痛いと感じて当たり前だと感じているのに擦った。
―――痛い。当たり前に、痛い。
僕はそんなことを考えながら、動き出す。朝の尿意だ。
僕は、ベッドから降りる。一歩踏み出す。―――当たり前だ。
僕はトイレのドアノブをひねる。―――当たり前だ開けようとしているのだから。
昨日から晴れないこのモヤモヤは何なのだろう。
僕は用を済ませ、一っ階へと降りる。
「陽おはよ~」
母さんは今日も早くから起きて朝の支度をしている。キッチンはすでに料理のにおいと、開けられたカーテンから差す、太陽の日差しで、薄暗く、縁取られている。
僕は時計を見た。5時…まだ、朝の5時か。
昨日とは違う、時間の流れが遅く感じる。―――そんなことはないのだけれど。僕がそう感じているだけだ。今日も一秒の間隔は変わりはしない。ただそう思いこんでいるだけ。そう思い込んでいるだけ。
まだ、早いが僕は制服に着替えた。まだ薄暗い空を無表情のまま、見上げる。
僕はベランダへと出た。いくら薄暗くても起きたばかり。世界の明るさにまだ、瞼を大きく開けるのは少し眼が痛い。痛い。
何時も見ているはずの太陽なのに、この「人間」という、魂の器はたった少しの時間の間でその慣れを壊してしまう。
笑える。
僕は久しぶりに笑った。本当に久しぶりだ。―――くだらない。
くだらない―――こう、思うことが時間の無駄だ。
「陽~ご飯。」
「あぁ、今行くよ」
飽きた。この日常。同じことを繰り返す。昨日も聞いた「陽~ご飯。」一昨日言った。「あぁ、今行くよ」同じことの繰り返し。――繰り返し。
そこで、一つ僕の頭…いや身体。……いいや心から疑問が浮上する。
―――何時から、そう、思うようになった?―――
分からない、分からない…分からない。
そう考えたところで…どうせ僕はこうしか思わない。「どうでもいい。」
ご飯は、目玉焼きとハムと、パンだ。まぁ、うまい。―――どうでもいい。
そんなことはどうでもいいんだ。どうでも…。
また、いつものように僕は、食器を片づける。
僕は、バックをとりに行き、玄関で靴ひもを固く縛って、僕は今日も学校へと向かう。―――どうでもいい。
「あ、ハルハルおはよー!」
誰だっけかコイツは…。誰だか分かっている。そう、分かっているからこそ誰だか分からないふりをしてみる。―――どうでもいい。
「おまえ…誰だっけ?」
「うわっ、ハルハルひでぇよ…幼馴染しかも女子!に向かってその態度わないでしょ~!?」
―――どうでもいい。
「…あぁ分かってるよ。奈穂。……ただ、知らない人だと思えば…ナニカ変わると思ったんだ。」
僕は自分でも可笑しいと感じたの、だんだん声の大きさを落としていく。
「ハルハル…今日は特別面白いことを言うね?何かあったの?………顔傷だらけだし。…も、もしかして…またやったの?」
図星過ぎて何も言えない。けど僕は言葉を紡ごうと必死に口を開いてみる。
「あははは…」
駄目だ。笑うしかできない。―――無意味だ。
「陽。……陽にはあたしが居るからね…困ったらあたしが居るから。」
菜穂…菜穂…どうしてお前はいつも…優しいんだ―――救われる。
「…うん。」
菜穂は僕の制服の裾先をキュと掴む。
「陽…あのさ。」
「…なんだ?」
「腕…組んでもいいかな?」
「あぁ。」
「『………』」
僕らは黙り合う。菜穂は僕の左腕に、自分の腕を入れて、さらに胸部を押しつける。―――柔らかい。―――いいにおい。―――嬉しい。―――いやされる。
「なぁ、菜穂」
「う?」
菜穂は15センチほど低いところから僕を見る。―――いやされる。この上目づかい。生意気な口調。―――ムカつく。
「いいや、お前は本当にムカつく。ただそれだけだ。」
「な、なにそれ…意味わかんないんだけど!!?」
声は大きく張っているが、全く菜穂の声に怒りと言う感情は無かった。―――優しい。―――僕を包む声音が。―――反面、ムカつく。その声が。
―――お前は本当にムカつく。―――どうでも…いい。
チキキキ、ザク……チキキ…キキ…パタ……パタタタ。
―――僕は何故こうも醜いのだろう。なぜ僕を醜い器に入れた?僕が何をしたんだ?―――僕は醜い。
僕は自分の腕を見る何本も何本も赤い線が残っている。でも血は流れていない。拭いたのか?いや、傷口どころか、傷だったところは完全に塞がっている。じゃぁ…誰の?
―――分からない。
僕の目の前には涙を流す少女が一人。「****…痛いよぅ…。」
****?誰だ?それは?
****お前が誰だよ。
****なぁ、答えろよ。
なぁ…答えろよ。**。
記憶から削り取れた。深い闇に覆われる感覚が僕を襲う。―――これで何度め?
こ れ で 何度め?
な、ん、ど、め、?
誰がこんなことしたんだよ…。*れだよ。だ*だよ。
――分からない。
脳によぎるのはその一文だけだ。それだけだ。