頭が物理的にデカすぎる青年
三節:火星
まずは指示通り席に座り、出発を待つ。ほどなくして艦内アナウンスが入る。
「当機は、六時間の重点加速を二回行います。一回目は今から、二回目は今からちょうど二十四時間後となります。重点加速期間中はトイレのみ可能ですが、下向きに約一Gがかかる状態です。地球と同じような重力体験ですが、お気をつけてください。なお、重点加速が終わったのち、約〇・一Gの加速度で定期加速を行います。部屋でのご生活にはあまり支障がでないとは思いますが、十分お気をつけてお過ごしください。なお、出発から六〇時間後に当機は最高速度である秒速五百kmに到達し、そこから二十四時間ほどの慣性航行を行います。その後、減速を始めますが、加速時と同様に六時間の重点減速を二回行います。二回目の重点減速は火星軌道上ステーションへのドッキングも兼ねており、約七時間のご着席をお願いいたします。なお減速時は座席が反転しており、加速時とおなじように下向き約一Gがかかります」
説明が長い長い。とりあえず今から六時間は着席だな。
全員が着席したようだ。
「それでは、まずこの空間を回転いたします」
扉が閉まった後、ゴゴゴという音とともに部屋が動きだす。
「ヘイ、なんで部屋回転してんの」
「元々の席ですと、加速による引力が体の下向きではなく後ろ向きにかかります。それを下向きに変えるための回転ですね」
「OK」
ガシャン。回転が終わる。
「それでは今から出発いたします。最大加速時は、地球と同じように下向き約1Gがかかります。ご注意ください」
ゴゴゴゴ。機体が振動する。ん、なんか進んだ感じがしないな?
ゴゴゴゴ。
「ヘイ、なんで出発が遅いんだ」
「核融合エンジンは、実際に機体が移動しはじめる前に、エンジンの起動にやや時間をかけます」
なるほどね。
ズン。
来た。ちょっとだけ。
ズン。
無理やり太ももにつけていた手が、何もしなくても勝手に太ももにつくようになる。
徐々にくる。少しずつ。
もう〇・三Gくらいはあるな。寝よう。
六時間後。座席の回転を感じて目が覚める。背もたれに少し引っ張られる感覚。
「皆様、これより定期加速に入ります。ご自由にお部屋等でおくつろぎください。また、十八時間後に二回目の重点加速を行いますので、三十分前にはご着席をお願いいたします」
よし、ひとまずスーツケースを置くために部屋に移動するか。エコノミー室は二人相部屋。非常に重要なガチャだ。ワンチャン異性もありうる。やばい、ワクワクしてきた。そういえば座席にいたぞ、ブロンドの巨乳の女性が。これは……ある。いや、期待値を上げすぎるな。逆に下げとこう。めちゃくちゃ体臭のキツイ五十歳のおじさん。いや、それはそれで何で火星に行くか気になるな。やっぱりもう誰でもいいな。
部屋に着いた。もういる。誰だ。男だ。僕より若いな。二十歳くらいか? 浅黒い肌……インド系だな。ん、なんか頭が異常にでかいぞ?
ってか何してんだ? 椅子に座って虚空で手を動かしているが、グラスはかけてない。身長は見たところ一六〇センチくらい。短く刈り上げた銀髪は綺麗だが、服は上下とも濃い紫でアンバランス。
一旦ここは……
「どうも! 相部屋の田中だ。よろしくね」
こっちを見てくる。なんだ? 謎の威圧感。そうか眼だ。左眼が緑、右眼が青のオッドアイ。
「あぁ」
からの沈黙。これは、想定外だ。そうか、コミュニケーション嫌系か。でも、優秀な匂いがプンプンするぞ。お近づきになって損はないはずだ。
「ちょっとだけ聞いても良いかな? 僕はノイド操作員だ。仕事でハルモニアに行くんだけど、君もそうだったりする?」
はぁ、というため息が聞こえる。アウトか?
「仕事って意味では一緒。僕はカドモスだけど。じゃ、僕は忙しいから」
カドモス、火星軌道上ステーションか。この輸送船が着く場所であり、ハルモニアへのトランジットはそこで行う。
「OKありがとう。あんまり邪魔しないようにする。あっ、名前だけでも」
「アナント」
「あと、なんか……頭おっきくない?」
「アルファベットでTISO、中央アジアって調べたら分かる。もういい?」
「OK、ありがとう」
一旦退散だ。攻略難易度が高い。とりあえずインド系のアナント君だな。荷物を置いて、ひとまずベッドへ。二段になっており、下は既にアナントの私物が置いてある。上しかない。
「ヘイ、頭でっかい人がいて、アルファベットでTISO、中央アジアで調べたら分かるっていってたんだけど」
「なるほど。それはおそらく『TISO』という共同体ですね。カザフスタンを中心に中央アジアに存在する非国家共同体です。TISOは、THE ISOLATED、つまり孤立したものが語源となっています。頭が大きいことに関して公開されている情報は少ないですが、近年遺伝子組み換え人間の実験が行われている、というのは多数の記事で散見されます」
遺伝子組み換え人間か……マジでいるんだな。
「頭が、僕の一・五倍くらいはありそうなんだけど、もしかしてメチャクチャ賢いのかな」
「その可能性は高いです。一般的な人間の脳細胞の数は約九百億個ですが、単純計算だと一・五倍、つまり約千三百五十億個と推定されます。ただし、知能は脳細胞の数だけでなく、脳細胞同士の結合にも大きな影響を受けます。加えて遺伝子組み換えであるならば、頭部にある他の器官を小さくすることで、さらに脳細胞を増やすことも考えられます」
要するにメチャクチャ賢い可能性があるってことだな。
「ちなみに」
「あっ」
「一日中ブレイン・リアリティにのめりこめる! 脳を劇的に回復させる新時代のエナジードリンク、一本三千円!」
思ったより安いな。
「そしてなんと、期間限定で十本で三万円のところ、一万円でご提供! お見逃しなく!」
欲しい、普通に欲しい。でも場所が悪すぎる。
「ここじゃ買えないと思いましたね?! ご安心ください、あります」
「あるの?」
「あります、三十本限りで」
「OK。事前購入いける?」
「お任せください。三十本いっちゃいます?」
「いや、さすがに十本」
「ツれませんねぇ」
「うるさい」
画面に取引認証ボタンが表示され、タップ。
「どこに置いてる?」
「バーにあります」
「OK。明日いく」そう言ってデバイスを切り、就寝した。