脳検査で日本人がだいたい引っかかるヤツ
「ようこそ田中さん、二つの項目で要審査です」
「えぇぇ?」
「まずは反社会傾向。性犯罪リスクが中程度。君、異常性癖に関する知識が多すぎますね」
「あぁいや……詳細に脳見てもらってもいいんですが、消費者です。ただの消費者」
「あっ君、日本人か。それなら大丈夫です」名前とパスポートを確認した検査員がそう言う。
「え、それだけで大丈夫なんですか?」
「日本人はだいたいココ引っかかりますから」
知らなかった。じゃあ国内の脳審査システムは、この辺りの審査を緩くしているのか? 「次。暴力犯罪リスクが中程度。軍人でもないのに、実在する兵器に関する知識が多すぎます」
「ただのゲームですって! これこそよくあるでしょ!」
「それでは片づけられない知識量です」
「考察厨だから!」
「それでは片づけられない実戦経験です」
「フルダイブ型のゲーム!」
「自律兵器の操作」
「そういうゲーム! あと職業的にもそう! いや自律兵器の操作が職業じゃなくて。職業はノイド操作員なんですけどね。普通に。いたって平和な企業です」
「エイリアンの内臓を貪った経験」
「それもそういうゲーム! いや、そんなんあったっけ……? てかそこまで詳細にスキャンするのって違法じゃない?」
「最後は冗談です」
「はぁ、ありがとう」
思わぬ障害を超え、搭乗準備エリアに着く。多言語で案内がされるらしい。
「宇宙エレベータ『スカイブリッジ』では、この場所から高度三万六千kmの静止衛星まで、約八時間で到着します。最高時速五千kmに到達するために、出発から約十五分は徐々に加速を行います。加速時は下向きに約〇・一五Gの負荷がかかりますが、これは高速道路で車を飛ばすときよりずっと小さい負荷となります」
なるほど……時速五千kmというと、飛行機よりちょっと早いくらいか。いやでも飛行機より早いのはすごいな。
「また、機内の気圧は地上と合わせておりますので、問題ございません」
それから細かい説明があったが、聞かなくて良さそうなので待機エリアに移動。少し緊張するが、そんな暇もなく搭乗が始まる。搭乗券をスキャンし、エレベータに乗り込む。
どうやらマンションのワンルームのように区画分けがされているようだ。すぐ見える範囲では着席ゾーン、展望ゾーン、リラックスゾーン、スタッフゾーン。
「皆様、まずは着席ゾーンの決められた位置にお座りください。出発三十分後から到着三十分前までは、展望ゾーンおよびリラックスゾーンをお使いいただけます」
着席。
「それでは、スカイブリッジが出発いたします。良い空の旅をお過ごしください」
プシューーー、フィィィィィィ
まだ何もこないな。
フィィィィィィ
おわ、ちょっと体が重い。
フィィィィィィ
上がってる。外は見えないけど絶対上がってる! そりゃそうか、そういう目的だから。
フィィィィィィ
耳は痛くないな。ただ、体が重い。
目を閉じよう。なんかネット開く気にならないな……。
十五分後。
「皆様、加速が終わりました。高度は約六二五kmで、既に大気圏は超えております。安全のため、もう十五分はご着席ください。」
十五分後。
「皆様、これより展望ゾーンおよびリラックスゾーンをお使いいただけます」
ざわざわと人が移動し始める。展望ゾーンに行く人が多い。が、一部のエリートっぽい人達はリラックスゾーンに一直線だ。何回も乗っているんだろうな。僕はもちろん初めてなので展望ゾーンへ。近づくにつれ、ガヤガヤとした声が大きくなる。
うっ……うぉぉぉぉあ?
丸い、本当に丸いぞ。
直下に見えるのは一面の黒。海か。
そしてもわもわとした白。雲だ。
さらに煌々と輝く光。都市だ。形的にアメリカ大陸か? まぁ展望デッキは普通そっち向きにするだろうな。日本が見えないのは残念だけど。
六二五kmってどのくらいだ? 低軌道の通信衛星よりは上にあるよな多分。窓から斜め上を見上げると、こちらも一面の黒。それ以外にない。宇宙空間だ。たくさん写真を撮っておこう。それで寝る。
七時間後。減速のアナウンスがあり、体が上にあがりそうなのを椅子のベルトで耐える。そしてついに……。
フィィィィィィ……。ガチャン。
「皆様。当機は高度三万六千kmの静止衛星に到着いたしました。これより、宇宙ステーションに移動するシャトルにご搭乗いただきますが、移動のため靴とベストをお配りします」
靴とベスト?
「いずれも、よりスムーズな移動を実現するためのものです。靴は粘着靴となっており、地上と同じように歩くことが可能です。また、自動伸縮性がありますので、一度履いていただくと、すぐにフィットします。ベストは磁力ベストで、壁の磁気と連動して疑似重力を発生させるためのものです。これを着ることにより、下方向に〇・二Gほど発生します」
英語の説明と合わせて、ホログラムで装着と歩行の映像が映し出される。同時に、座席の合間をぬって靴とベストが提供される。靴を履いて、ためしにその場で足を上げ下げしてみた。どういうナノ構造をしているのか分からないが、ほぼ地上と同じように歩ける。ベストを着ると、軽~く重力を感じる。これは……原理が良く分からないが、上の壁から磁気斥力、下の地面から磁気引力が働いている感じか?
「それではこれから、移動を開始します。一列目の皆様は、前に見えます手すりを掴んで席を立ち、出口に向かってください」
うわ、怖そう。案の定、慣れてそうなビジネスマンはすっと手すりを持つが、周りをキョロキョロして手を伸ばせない人もいる。そんなこんなで全員が席を立ち出口に到達すると、席が動き出した。そして、二列目だった席が一列目になる。自分が座っていた四列目も最前になった。前の人を見ていたので問題なくできそうだ。
ベルトを外して、手すりを持ちながら立つ。気をつけろ、あまり力をいれてはいけない。0.2Gであれば、いつもよりだいぶ小さい力で立ち上がれるはずだし、むしろ力をいれすぎたら浮いてしまう可能性がある。
そぉぉっと手と足に力を入れて立つ。そぉぉっと手を伸ばしてリュックを持ち、背負う。靴はさっきためしたので、問題なく歩き始められた。どうやら手すりは、ドッキング部分を含めて静止衛星と連結されているようで、ずっと手すりにつかまりながら移動できる。
ドッキング部分を抜け静止衛星に入る。窓はなく、動く歩道がある。前の人に合わせて動く歩道に乗る。ここでも磁気による疑似重力は感じる。シャトルの入り口に近づくと動く歩道がなくなり、シャトルに搭乗。
座席構成は飛行機と似ていて、中央通路を挟んでそれぞれ三席ずつある。座席番号は窓側のA13。地球を見ながらのフライトになるはずだ。
「それではこれより出発します。シャトルは約四時間で、宇宙ステーションに到着いたします」
フィィィィィンという小さな音が聞こえる。それと同時に、後ろ側に少しGがかかり、背もたれに引っ付けられる。おそらくもう進んでいるはずだ。
よし、青い惑星が……見えない。黒い虚空だ。首を伸ばして逆側の窓を見ると、窓の外にほんのり青が見える。そっちか。ミスった。逆側だこれ。まてよ。じゃあこっち側で運がよければ月が見えるかも。
窓に顔を最大限近づけて、嘗め回すように全方位を見るが何も見えない。あぁそうか、火星行き輸送船に影響がでないように、月は裏側にあるんだ。圧倒的ハズレだ。仕方ない。寝よう。
「皆様、まもなく宇宙ステーションに到着いたします。ドッキング部分からは、ステーション内、月行きシャトル、火星行き輸送船の三種類に道が分岐いたします。案内看板を見てお間違えの無いよう移動してください」
中央通路にある手すりにつかまりながら、先ほどと同じように出口に向かう。前の人を見ていると、だいたい半分が月行きシャトルに向かっている。ステーション内にも同じくらい向かっていて、火星行きに向かう人はほんの少しだ。
動く歩道に乗り、火星行き輸送船の搭乗ロビーに着く。既にけっこうの人数が待機している。それもそうか。たしか輸送船の運行間隔は二日。宇宙開発最盛期には一日一便だったはずだけど。
手すりがそこら中にあるので移動には困らない。チェックインを済ませて、席に座る。風俗にいく時間は……ないな。くそ、あの広告のせいで不要な後悔が。
そうして座って一時間ほど、ゲームをして待つ。その間にも、ステーション内からかぞろぞろと人が集まる。パッと見だと三十人程度。性別や年代に統一性はない。
「火星行き輸送船の搭乗を開始します。まずは案内通り安全座席に座ってください」
珍しく人の肉声アナウンス。あまり立ちたくないので、他の人がほぼ搭乗してから席をたつ。生体認証と荷物チェックをパスして、輸送船に乗り込んだ。