廃課金ARゴルフプレイヤー『親分GOGO』
リニアの自由席はガヤガヤしている。五列ほど前の席の人が席を立つ。欧米人の若い男性達だ。
「よし、ここから打ってフジヤマに近いほうが勝ち!」
通路に立った彼ら3人は、うつむいて両手を握りしめ、腕を前後させた。
「ちょっと、リニア早すぎ!」
「弾は普通でいくぜ」
ゴルフだ。ARゴルフだ。彼らは椅子に当たらないようにやや小ぶりに腕を前後させつつ、一人が腕を振りぬいた。
「レッツゴー!」
「お前、成層圏超えてんじゃん」
「高めに打ったからな。お前らも三〇秒以内には打てよ」
そのARゲームのオーバーレイチャンネルに合わせないと見れないな。
「ヘイ、あのARゴルフゲームの名前は何? パブリックレイあれば入りたいんだけど」
「スーパーゴルフ、通称スパゴルですね。パブリックレイはログイン不要なので、今入りますか?」
「OK」
パブリックレイに入る。すると、彼らの手にゴルフクラブが、そしてリニアの床にゴルフボールが現れた。その直後。
ヴーーーヴーーー
「災害警報、災害警報。太平洋方向から、直径一〇〇kmのメテオボールが飛来中。一分後に着弾します」
「デカすぎ……どうする?」
「さすがに打ち返せないな」
「しかも今どこだ? オーサカとナゴヤの間、多分田舎だ。範囲内のオンラインプレイヤーは俺らを含めて十三人。無理だ」
「待て。一人、このリニアに乗ってないか……?」
その時、黒一色に身を包んだ日本人のお爺さんが通路に立ち、ゴルフフォームに入った。田中も思わず身を乗り出す。
「爺さん、さすがに無理だって!」
「お前さんら、最近始めたな?」
「あ、あぁ。まぁ二ヶ月くらい。エンジョイ勢だけど」
「まぁ見ておれ」
ギュン! ギュン! ギュン!
その効果音に合わせて、お爺さんの周りを禍々しい龍が浮遊し始めた。ゴルフクラブは漆黒の瘴気を纏い、ボールはその大きさのまま虹色に輝き始め視界を光が覆いつくす。
「なんだこのエフェクト?!」
「分からない、でも絶対課金アイテムだ」
爺は、隕石の方向に目を向ける。
刻一刻と変化する位置関係。
小さく、立ち位置をずらす。
長い深呼吸。
「やばい、あと二十秒!」
「おい、静かにしとけって!」
深呼吸ののち、立ち位置はずらさずに振りかぶる。爺は、深呼吸の時間を計算に入れていたのだ。
カァァァァァン。ドリュリュリュリュ!!!
「おぉぉぉ、いけぇぇぇぇ!」若者3人が歓声を送る。
虹色のボールは、打たれた瞬間から大きさを増し、轟音を響かせて隕石へと向かう。
ガァァァァァァン!
衝突。
ガンガン、ボキュッボキュ……
「いけるか……?」若者達が息をのむ。
バァァァァン!
隕石が爆散し、虹色のボールは遥か彼方まで飛んで行った。
「じいさん……ナニモンだ……」
「ただの廃課金勢じゃよ」
「おいお前ら、プレイヤー名『親分GOGO』、この人アジアランキング一位だぞ!」
「えぇ?! マジ?」
「まぁ、老後の暇つぶしよ」そういって爺は静かに座席に座った。
若者三人も呆然として、富士山ゲームのことは忘れて席に座り直した。いいものを見たなぁ、と満足した田中はスパゴルのオーバーレイから退出した。
車内の他の人間が、田中のように自主的に観戦することはない。彼らもまた、静かにそれぞれの世界を楽しんでいる。
一息ついた田中。その直後、連結ドアが開き、身長一二〇cmほどの小型人型ロボットが現れる。田中はグラス越しの視界にそのロボットを収める。
「ヘイ、ボックエであれ登録してたっけ」
「照合します……いえ、初ですね。登録しますか?」
ボックエとは、ヒューマノイドのスタンプラリー的なアプリ「ボットクエスト」の略である。なお、人型ロボットであるヒューマノイドを含めた様々なAI搭載機械が日常生活に普及した結果、二一〇〇年においては「ノイド」という略称が一般的である。ちなみに人型はノイドと呼ばれ、犬型なら「ドッグノイド」のように呼ばれる。
「おう」
すると、隣の中東系らしい若い女性も、グラスをロボットに向け、つぶやいていた。
「お姉さん、グッドロボット、ヒアー」
「オゥルソーエクセレント」
「ィグザクトリ」
全世界共通ボックエ民の合言葉。ボックエ民確定だ。
「フレ登録しましょ。ちなみにどこ出身?」
「OK。サウジよ。来た事ある?」
「無いな~。サウジとか中東しかないロボットは一つも持ってない」
「いいわ、あげる。とっておきのがあるわよ」
ボックエはリアルで会った人に限り、自分がこれまで登録したロボットを一日一機種まで共有できる。
ピピッ。
フレンド登録申請と共に、一件の写真が送られてくる。
「ラマダン断食監視ロボよ」
写真の中には、巨大な人型ロボットがいた。腹部にデジタルカウンターがあり、カウントダウンしている。
「このロボ、断食を監視するのよ。ちょっとでも食べると、ブブブブッて警戒音が鳴る」
「きっつ」
「そのあとコーランを大音量で朗読し始めるのよ。しかも、二時間ノンストップ」
「罰重すぎるだろ」
「しかもこのロボ、夜になると『イフタール・ダンス』を踊るのよ」
「何それ」
「インフルエンサーが改造したらしくて。コーランを朗読した後、突然DJモードになって『イフタール・ディスコタイム!』って叫びながら、LEDがピカピカ光るの」
「文化破壊してない?」
「でも人気なのよ。ネオムシティで大流行」
「マジかよ……」
「あなたも何かある?」
「日本限定機種で、十年前に製造中止になったのならあるよ」
「ワオ、最高ね。それ頂戴」
田中は、満を持して日本の伝説的ロボットのデータを送った。
「えぇと……『おばあちゃん過保護ロボ』?」
「そう。高齢者見守り用ロボなんだけど、設計思想がやばすぎて絶滅した」
「どうヤバいの?」
「人間を守るためなら、物理的な介入も厭わない」
「え?」
「例えばおばあちゃんが転びそうになったら、後ろからロケットブースターで突撃して、おばあちゃんを抱え上げる」
「え?」
「で、そのまま抱えて、十キロ先の病院に全力疾走する」
「おばあちゃん無事じゃないでしょ」
「もちろん。 しかも病院に着いた瞬間、緊急ボタンを押して、『助けてください!!! おばあちゃんが危険です!!!』って叫ぶ」
「最悪」
「あと、過保護すぎるせいで、おばあちゃんが夕方五時以降に外を歩くと『夜は危険です! 速やかに帰宅してください!!!』って、強制的に家に連れ戻す」
「牢獄じゃん」
「しかも、ずっとついてくる」
「ずっと?」
「ずっと」
「ジャパニーズクレイジーだわ」
「あ、あと今から火星にいくから、火星限定のロボも撮ってくるよ」
「え、嬉しい。行ったことないわ」
「三か月後に戻る予定だから、それまで日本にいるなら連絡するよ」
「えぇ、今はトーキョーに住んでるから、また連絡ちょうだいね」
ピロリロリン。
「東京駅です。成田国際空港にお越しの方は、三……」
一便でも乗り遅れたらチケットが無駄になる田中は、急いで成田空港直通の電車に乗る。四~五割ほどが外国人なのを傍目に、半目で休憩。成田空港につき、何事もなく飛行機に搭乗、出発した。