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広告で無重力風俗が流れてきた

太陽が照りつける砂浜。地味に痛い石をズンっと踏みつけながら、一人歩いていた。

見渡す限り、なぜか水着の女性しかいない。ビーチにレディースデーとかあったっけ?

赤ちゃんから婆さんまで、全員がシンプルな水着だ。

ん?

赤ちゃん、胸大きくね? 明らかにおかしい。Cカップはあるぞ?

まてまて、婆さんもそのくらいある。

A、Bカップが全くいない?

逆に大きすぎる人もいない。全員それなりに大きい。

なんだ?

「衝撃のニュースです」

どでかいアナウンスが響き渡る。僕はビクッとしたが、他の人はどうも反応しない。

「日本人女性のカップ数中央値が、ついにDカップになりました」

「マジで?!」


 ヴヴゥゥン、ヴヴゥゥン。左腕に振動。田中の目が覚めた。

「夢かぁ……でもマジかぁ……」

 毎日目が覚める衝撃的なニュースを、起床直前に夢に自動統合させている田中。そのニュースがどんな像を結び体験を創り出すかは、田中のその時の脳状態に委ねられる。ちなみに今日のニュースは、悪い意味で格段に彼の目を覚ます。Bカップ信者の田中にとっては嘆かわしい事態であり、東南アジアへの移住確率が二十%から四十%に引き上がった。

 布団にくるまったままウォッチを見る。睡眠時間は七時間、しっかり寝ている。今は朝六時。ギリギリだ。僕は布団から飛び出た。

 二一〇〇年三月二十一日、日曜日。今日は僕の二十五年の人生で初めての宇宙となる。人類の次へ行く、そう思い立ってから半年。一番期待値が高いのは宇宙だ。違う違うそんなこと考えている場合じゃない、と僕は思い直す。

「D……か」

違う。そっちでもない。

急いでスマートグラスをかける。

「やばい、リニアに間に合うかな……ヘイ」

グラスの骨伝導から、AIアシスタントの声が田中の頭に響く。

「六時半に、新大阪駅から東京駅行きのリニアを予約しています。十分後に車をこちらに手配しますがよろしいですか?」

「OK。機種もルートも環境負荷気にしない最速のやつ、あとホーム直接乗り入れで」

「承知しました。通常の一・七倍の料金ですが、よろしいですか?」

「高いな。内訳は?」雑に着替えながら聞く田中。

「ピークタイムで二十%、環境負荷考慮無しで三十%、いてこます賦課金で二十%」

「いてこます賦課金?」

「治安維持に貢献する事業者への賦課金ですね」

「仕方ないな。名前は痛いけど」

一七五センチの細身な体に、無地の黒い短袖Tシャツ・無地の白い薄手アウターを通す。ナチュラルショートな黒髪の寝癖はそのまま、家を出た。


________________________________________


動物より高度な知能をもつ人工物を、人類は長らく夢想してきた。


ギリシア神話の青銅の巨人タロス、ユダヤ教のゴーレム。


まずそれは、表面的に実現される。ルネサンス期の自動人形は、宮廷の人々を魅了した。


そして次に、深層が実現される。一九五六年ダートマス会議にて、「人工知能」つまりAIという概念が誕生した。紆余曲折を経てディープラーニング技術が確立され、むしろ「人間にもできない知的作業」ができるようになる。


そして二〇二〇年代、文章生成においてAIが大半の人類を上回る。


その後、AI推論能力および入出力の形式・量・柔軟性は向上を続ける。その後、人間が実行可能なデジタル活動形式の九十%以上を超えたAIはAGI(人工汎用知能)と呼称された。既にAGIは二〇二〇年代でASI(人工超知能)と呼ばれていた推論能力に達していたが、呼称が変わることは無かった。その後AGIは医療用・軍事用・企業活動用・政治行政用など様々な用途で開発がすすめられ、特に政治行政用のAGIはGAI(ガバメントAI)と呼ばれるようになった。


二〇三八年、エルサルバドル政府はGAIの導入計画を発表。二〇四〇年から部分的な導入を開始し、二〇四二年には最も根幹的な政策決定をGAIに委任した。


二〇四五年、エストニアがEUからの反対を半ば押し切る形でGAIを導入し始める。国内技術者がオープンソースモデルを微調整し、安全性を確保。ただし、二〇四〇年代では主な役割は政策立案に留まっていた。


二〇五〇年代は、GAIの幻滅期となる。先駆者であるエルサルバドルとエストニアの経済は上振れず、各国は大々的な導入を見送り都市単位での実験に終始した。しかしこの時期に人型ロボットが、先進国・中進国のほとんどあらゆる産業レイヤーに浸透。それらを広域最適に制御する手段として、GAIが再評価される。そして人口減少が顕著な韓国と台湾が、相次いで国産GAIを政府に導入。


二〇六〇年代、GAIのプラス効果が顕著に出始める。GAIの導入度が高い韓国・台湾・エストニアのGDP成長率は十%以上を叩き出し、他国も導入計画を進めた。高度にデジタル化された権威主義国家である中国とルワンダも、独自の方法でGAIを運用する。


二〇七〇年代、営利企業の資本力・権力増大に伴い、非権威主義各国で「委託都市」が増加。委託都市の管理企業は行政効率化のため積極的にGAIを導入し、世界中でボトムアップ的にGAIが普及する。


二〇八〇年代、宇宙開発の減退を受け、地球圏の限りある資源の中で競争を強いられることになった各国。トップダウン式にGAI導入を進める国も増加する。


そして二一〇〇年現在、権限の差はあれど、超国家単位・国家単位・自治体単位のほとんどでGAIは導入済。二〇四〇年代の政策立案だけでなく、行政の人事や指示、さらには市井における細かなダイナミックプライシングまでこなす。なお大阪市では、「市」と「市内企業連合」と「市内有識者連合」が共同でGAIを開発・運用している。


________________________________________


 前日に準備していたスーツケースとリュックを携え、マンションを出る田中。近くに止まっている一人用自律自動車のドアに近づき、左人差し指にはめたリングを近づける。

 内部からカチャという乾いた音。トランクにスーツケースとリュックを入れ、座席に座る。

「出発。最短ルート」

「承知しました」

 クルマは小路を抜け、御堂筋を走りだす。田中が左右を見ると、ビルはほぼ全てが鈍い灰色であり、ところどころ橙色の光が漏れている。朝六時の薄い青空とあわせてパステルのような淡い光景だ。田中は右手を前にだし、視界右側のボタンをいじってレイヤーを切り替える。すると眼前には、ネオンパープルを基調としたサイバーパンク風の光景が広がった。十階建てのビルから看板やモンスターが道路までせりだし、せわしなく動いている。

 田中のグラス越し視界の右上に表示された通信レートは下り二百Mbps。田中のローカルデバイス性能と比較すると余裕がある。一方で一秒間の演算回数を表すFLOPSは三百TFLOPSを超え、田中のデバイスが少し熱を帯びる。

「ヘイ、こんなにFLOPS使うっけ」

「最近モバイル端末の性能向上を受けて、オーバーレイにおけるクラウド側での演算割合が二十%ほど下がったそうです」

「そのしわ寄せかぁ」

「そんなあなたに!?」

「うん?」

「準新型のM9チップ採用! サイバーパンクの8Kオーバーレイも楽々ノンストレス! mac mini 2098の中古品が今なら七十万円!」

「いやええって」

 田中のAIエージェントとの会話では、五回に一回ほど広告が入る。

 体内ナノマシンとの連携を含むほとんどのリアルタイム生体情報との連携、デジタルツインのオーバーレイ認識を含む視覚・聴覚情報との連携、その膨大なデータ量にも関わらず通常会話レベルのレスポンス速度。そして常時脱獄モード。常時、下り二百Mbps・上り百Mbpsほどのデータ通信を行うこの高機能AIエージェントは、「完全無料」ではない。広告無しなら月三十万円、広告有りでも月十万円ほどのサブスク利用料がかかる。

 まぁいいや、サイバーパンク風景は落ち着くなぁ……と田中は反芻する。

「ヘイ、宇宙エレベータからの交通費」シンプルなツッコミで広告を退けた田中は金を気にしだす。

「合計で約五万ドル、日本円で約二千五百万円ですね。内訳はスカイブリッジが約一万ドル、静止衛星からトランジット用の地球軌道ステーションが約五千ドル、火星行の輸送船が最安エコノミー席で三万五千ドルです」

「いいねぇ。人生最大の経費」というのも契約先である火星の企業が、宇宙エレベータ以降の交通費を負担してくれたのである。

「素晴らしい金額です。かなり節約できましたね。ちなみに地球軌道ステーション内の『Still Young』、こちらステーション内唯一の風俗施設となっておりまし」

「えっ」

「て、なんと無重力での性行為ができるアンビリーバボーな体験。しかもこの広告を聞いた方限定!通常四十分三千ドル、六十分四千ドルのところ、各種仮想通貨なら最大五十%オフの低レートでご購入可能! 予約はこちらから」

 今日、広告の頻度多くないか? 火星行くなら思い切って課金しちゃうか? というかなんだその風俗、普通に行きたいな。

 すると、三種類のアハンな3D映像が勝手に眼前で動き出す。左では、巨大な泡に顔以外をつっこんだ男女がイチャイチャしている。真ん中では壁全面がクッションの空間で、男女が本番行為中。行為中にボムッボムッとクッションに当たり、縦横無尽に空間を駆け巡っている。いや楽しいのかこれは? 右では男性1・女性3のハーレムもの。見たら分かる、絶対すごいやつだ。まず、無重力×裸体は圧倒的な解放感。そこに……だめだクソ、素晴らしい広告だ。

 田中は無意識に腕組みをして十秒ほど映像を凝視し、念のためホームページをブックマークしてから、静かにブラウザを閉じた。

「まもなく目的地です。ホームに直接入場します」

自動音声とともに、車が直接乗り入れ用のゲートに入場する。

ピピッ。

「リニア乗車券が認証されました。ホームに入ります」

ガチャ。

 荷物を出す。リニアは飲食OKなので、コンビニに入ってパンを物色。最近高いなぁ……と僕は思う。千円以下のパンがほとんどない。九五〇円のシンプルな米粉パンでいいや。

 二一〇〇年は二〇〇〇年比でインフレ率世界平均が約八百%。つまり二〇〇〇年の百円が、二一〇〇年では八百円とほぼ同等。加えてドル円は四百円を超えている。

 人生初リニアに搭乗する田中。

「まもなく出発です。本便は、名古屋を経由して東京駅に四〇分後に到着します」

フィィィィンという音を立てて、リニアが走り出した。


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